バースデーケーキ
俺が高校の頃に見た、かなり鮮明で怖かった夢。
その頃かなりの反抗期で、親、いや、家族全員が俺にとって邪魔者という感じだったのだ。
母はいつもおせっかいがうるさくて、何よりしつこい。弟も弟でウザい。
父はまだ何も言わない方なのだが、母がいる時だけに限って厳しくなる。
そんな家族に俺はだんだん嫌気がさしてきたのだ。
学校から帰宅する。
「おかえりなさい。ご飯できてるわよ」
「いらねーよ」
そう言って俺は部屋にこもった。いつもの事だ。イライラし過ぎて腹も減らない。
俺はベッドに入り、一人憂鬱になっていた。
そして寝ようとした時、俺の部屋のドアが開いた。
何故か家族全員いる。しかも、みんな俺を見て、いかにも作り笑いという感じでニヤニヤしている。
…もうイヤだ、本当にウザい。俺の眠りまでを妨げる気なのか?…もう…イヤだ…。
すると母が言った。
「ねぇ、ねぇ、明日…」
「ウゼーんだよ!毎日毎日…!お前等の顔なんて、二度と見たくねえんだよ!早くドア閉めろ!」
俺はついにキレた。家族は悲しそうな顔をして、ゆっくりドアを閉めた。
「はぁ…」
再びベッドに潜り、眠りにつく…。
気付くと朝になっていた。
どんなに家族の顔を見たくなくても、やっぱりメシは食わなければ死ぬ。
俺はしぶしぶ居間へ行った。
母は台所で朝メシの準備をしている。父は新聞を広げて読んでいる。
弟は朝からテレビに向かってアニメか何かを見ている。
「メシは?」
母が振り返った。
……母の顔が無い。
まるでツルツルの、のっぺらぼうの様な…。
「もう少しでできるわ」
「うわあああ!」
俺は叫んだ。それに驚いたのか、父も弟も振り返って俺を見てきた。
しかし、二人ともやはりのっぺらぼうだ!
「どうした?」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
俺は怖くて急いで家を出て、なりふり構わず走り続けた。
「ハァ、ハァ…」
息を切らすと共に、心臓は驚きの為かバクバクと鳴っている。
「あいつら化け物だ…!何で顔が無いんだ…!?街行く人たちはみんな普通の顔なのに…!」
怖い!あんなの人間じゃない!あんなのとこれから一緒に暮らせるわけがない!あの化け物たちに何されるか分からない!
俺の心はだんだん黒く染まっていくのがわかる。
「殺らなきゃ殺られる!」
そう思った時、俺の手元にはいつの間に鋭い出刃包丁があった。
「殺らなきゃ、殺られる。」
俺の頭の中にはその言葉だけが渦巻いていた。
そっと、家に忍び込む。
後ろに出刃包丁を隠して、まず父の後ろに忍び寄り…。
その時、弟の声がした。
「お兄ちゃん!何持ってるの…!?」
しまった!バレた!俺はあせり、とっさに父をメッタ刺しにしたのだ。
「ギャアアアア!」
父はのっぺらぼうの顔のまま背中から大量の血を流し、死んだ。
のっぺらぼうだから、死んだ時の表情は見えないので苦痛は少し軽減した。
俺は少し恐怖心もあったが、殺ってしまったプレッシャーに勝てず、続いて弟もグチャグチャに刺して殺した。
弟は少し足をジタバタして、それから息絶えた。
そして俺は、一番憎たらしい母がいる台所へ向かう。
母は背を向けてまた何か作っている。
俺は憎しみを込めて、母の背中を「ザクッ」と刺した。
母は声をあげず、震えながらゆっくり振り向いた。
……のっぺらぼうじゃない…母の顔だ。
母は苦しそうにして、俺にただ一言残して息絶えた。
「ごめん…ね…」
その台所には大きなケーキが一つ。
真ん中に乗ってるプレートには『たんじょうび おめでとう』と、母らしい乱雑なつなげ字で…。
俺は急いで父たちの所へ行った。
父も弟ものっぺらぼうなどでは無く、何が起きたのかよく分からないような表情で、
何か悲しそうに口から血を流して死んでいた。
弟の手には、まだスイッチが入ったままのゲームボーイが、電子音を鳴らしながら動いている。
「うわあああ!」
俺は叫んで泣き崩れた。
俺はただ一つの大事な家族を…俺の手で…みんな…!
俺は頭を抱え、顔を手で覆った。涙が止まらなかった。
俺が見ていた顔は幻覚だったのか?本当はみんな…こんなに俺を思ってくれてたんじゃないか!
俺は気付くのが遅すぎたんだ…。
ハッとそこで目が覚める。現実でも泣いていた。
一瞬あせってすぐ居間に行ったら、いつも通り家族全員いる。
よかった。俺は何て夢を見てしまったんだ。
それから反抗期も去り、家族を嫌う事は無くなったが、その2年後。
母は急に発作で亡くなった。
何とその日は、偶然にも俺の誕生日だった。
『たんじょうび おめでとう』
母が死ぬ寸前まで作っていたバースデーケーキは、あの夢に出てきたものと完璧と言っていいほど同じものだった。
何か分からないがものすごい寒気がした。
ちなみに、父も弟もまだ生きている。