神聖ローマ7-ドイツのお江聖女妃マティルデ
2017.10.20 08:20
奥様は魔女ではなく聖女。ハインリヒ1世の王妃マティルデは、ヘルフォート修道院で育てられ、その美貌と徳性がハインリヒの父に伝わり、909年に嫁となった。ハインリヒは実は再婚だったが、マティルデにベタ惚れで、趣味の狩猟にことかけて覗きに行ったそうだ。信仰心は非常に篤く、夫が熟睡したあとも教会に通ったという伝説がある。
彼女はめでたく3男2女を産み、長男がオットー大帝となり、3男がケルン大司教にして皇帝摂政の聖人ケルンの聖ブルーノとなった。しかし徳川二代将軍秀忠の奥のお江の方ではないが、長男オットーより次男ハインリヒを溺愛し、オットー1世の国王即位に「弟のほうがお似合いよ」と公然と異議を唱えたという。
そして936年大帝が即位した2年後、母の愛した次男が反乱。それが失敗すると41年に暗殺を策て、母のとりなしで一命をとりとめた。その後弟はバイエルン公となって兄の片腕となり、お江の愛した家光の弟のハメにはならずにすんだ。
母マティルデは、クヴェドエインブルクに女子修道院を創設し、ここに夫の菩提を弔うなど多くの慈善事業を行ったが、一時讒言により修道院に幽閉、今度は息子の妻のとりなしで解放されたことがある。そして968年73歳の生涯を終えた。
下はマティルデとハインリヒの出会い