ハタチの頃。
1993年。私はハタチになりました。
当時は今のように、気軽に行ける洒落たカフェやギャラリーもなく、私が行く場所はレコード屋、映画館、美術館、本屋、レンタルビデオ屋。たまにビリヤード場とボーリング(笑)
Amazonも楽天もTSUTAYAも無いから、面白そうな場所やモノをひたすら歩いて探しました。
一番お世話になったレコード屋は中洲小&甲南高校近くの「IMF」。生駒兄弟はそれぞれがクラシック、フォーク、JAZZなどに詳しくて訊けば教えてくれたし、わからなければ一緒に探してくれました。閉店する時「さくらちゃんみたいな人がココを引き継いでくれるのが理想なんだけどなあ」と言ってくださったのは、今でも嬉しいです。
映画館は毎週。レディースデイの水曜日は2本観てました。今のようにひとつの場所でたくさん観られなかったから、上映時間に遅れまいと天文館のアーケードをどれだけ走ったか(笑)それに加え試写会も見つける度に応募。1本につきハガキ2枚(100円)と決めていて。多いときは週に3本の試写会へ。要領がわかってくると、協賛を調べて、知人親戚関係だと「1枚ください」作戦をやったものです。
すぐ近所に小さなレンタルビデオ屋さんがありました。そこは5本1000円で1週間。必ず毎週5本。もちろんVHS。観たい映画を伝えると取り寄せて置いてくれる店で、とても助かってました。
本屋は、金海堂、春苑堂、吉田書店。当時は丸善もジュンク堂もTSUTAYAもまだなくて。レコード屋も本屋も、店ごとに特徴があって、それを解説するのが大好きでしたね(笑)
新聞も隅から隅まで。テレビっ子であらゆる番組を観てました。ニュースもスポーツから政治までハシゴして。ラジオもずっと聴いてました。「そこらの政治家くらい論破出来る」って本気で思ってましたし(今はやろうとも思いませんけど笑)
だから、ハタチになった時、一番嬉しかったのは「選挙に参加出来ること」だったんです。我が家は家族みんなが政治にそれぞれの持論を持っていて、特に父とはよく議論しました。政治について、影響を一番与えられたのは紛れもなく父からだけど、それは「人それぞれ考え方が違うんだ」というものも含めての考え方。マスコミを鵜呑みにしない、というのもそう。メディアリテラシー、って今でこそよく聞く単語だけれど、うちの父は最初からそうだったので、私もラジオ聴いたりテレビ見ながら「メディアが言ってることへツッコミする」のが当たり前でした(笑)
私は、選挙投票100パーセント。
投票に行かなかったことがありません。
友人の結婚式で福岡へ行った時、投票日だったことがありました。その時私は「選挙があるから」と二次会へ行かず帰りまして(笑)ちなみに当時は新幹線じゃありません。
当時の不在者投票は、候補者を記入した用紙を封筒に入れ、さらにその封筒を別の封筒に入れて自分の名前を書いていたので、すごく面倒。当日の投票も、夕方5時で〆切。そりゃあ帰ります(笑)
だから逆に「行ったことない」って人の気持ちがさっぱりわかりません(笑)私には当たり前のことなので。
本日(10月22日)は衆議院議員選挙投票日です。