蜜蜂と遠雷の話
最近毎回のことになってるんですけど更新が遅れてすみません。
最近ちょっと部屋の片付けとかとかありまして...と言い訳はここまでにします。
ほんと来週は頑張ります。
さて、今回は最近読んだ『蜜蜂と遠雷』の話をしようかと思います。
この本のちょっとした情報をまず書いていこうと思います。この本は恩田陸氏の本です。どうやら昨年に出版された本です。確か昨年の本屋大賞に選ばれていたと思います。
私も知ってはいたんですけれどなんとなく手にはとってなくてこの夏に購入しました。ちなみにこの著者の本は『夜のピクニック』に引き続き二冊目です。
この本は基本的にピアノのコンサートの話です。メインになるキャラは何人か存在しているのですが場面によって視点が変わっている感じです。
さてここからは少しネタバレになるのでご注意を...
さて私が今回話したいポイントは二つです。
一つ目は先ほども書きましたが、テーマがピアノのコンサートということで非常に読み応えがあるということです。
これは私が芸術に非常に広いというわけではありません。音楽というのはまず楽譜がありますよね。しかしそれだけではないです。その演奏には奏者の感情などすべての要素が色濃く反映されます。
これは素人考えということもありますし、この本の中でもそうでした。
なので内容は非常に濃密なものになっていました。演奏を通して奏者のバックグラウンドや心情などの変化が非常に読み取りやすいようになっていました。
なのでこの本は非常に長いものとなっていたのですが飽きることなく楽しむことができました。
もう一つは主人公の一人である風間塵という存在です。
彼はピアノの演奏で音楽をコンサートホールという狭いものの中に押し込めておくのではなく、自然に返そうとしていました。これは作曲者の意志よりもそれをどう表現するかということに比重を置くということでした。
これは現代の音楽における固定概念を壊そうとするものと捉えることができます。なので今回のコンクールの審査員もその音楽を受け入れるかそれを拒否するかできっぱりと別れました。
これは本文にもありましたが、審査員が風間塵の心に従った音楽をどうするかを試されているということになります。
という話なんですが、これは音楽の世界に限定した話ではなく一般的は社会の中に話を拡張することができると思います。
この社会の中にこれまでのものを鑑みない新しいものが出現したとしましょう。そうなるとそれを認める人と認めない人がどうしても現れるでしょう。
そうなった場合、新しいものを生み出した人が相手にするものはなんでしょうか。それはその認めない人でもありますが、その認めない理由を生み出している固定概念であったり社会システムでしょう。
それらと戦っていくことは非常に困難である、もっと言ってしまえば不可能の領域なのではないかと思います。それでも戦っていかないといけないし、その結果としての判断を試されているということです。言ってしまえば神のような人ではない存在から。
例えば最近はAIが飛躍的な進歩を続けています。これは脳科学の進展などによるのですが、最近はディープラーニングなどの影響でもう人と同じようなものを作れるのではないかと個人的には考えています。その辺の話もまたしようかと思っていますが。
話は逸れましたが、要するにAIを人間はどう扱うのかっていう話です。AIの進歩によって人間の仕事の中でも非常に事務的な作業はAIに取って代わられるといいます。この現実の中で私たちがAIをどうするかということです。
このような社会の中で繰り返し昔から行われているこの現実が今回の話の根底に存在しているように感じました。さらにそれを音楽という芸術の世界で非常に精巧に表現しているなと感じました。
また、本の最後にそのコンクールの結果が当然でたわけですけれど1位に選ばれたのは風間塵とその風間塵と同じような演奏をする女の子ではなく王道な演奏をした人でした。なんというか皮肉を感じてそれはそれで面白い結末だと思います。
とまあこんな話でした。稚拙な文章で申し訳ない気持ちでいっぱいですが非常に面白い本でした。機会があればぜひ読んでみてください。
次回は今日受けたTOEICの所感などをサクッといこうと思います。