神聖ローマ11-ケルンの秀長聖ブルーノ
2017.10.25 02:42
ケルンを最初に造ったのは、あのネロの母として有名な悪女アグリッピナ、彼女の別荘だったそうだ。それからローマ皇帝コンスタンティヌスの命で、最初の司教マティルヌスがケルンに聖堂を建てた。面白いことに伝説では宣教を命じたのはあの使徒ペトロ、まあそのほうが箔がつく。
そしてオットー大帝の時代、政権ナンバー2の弟がケルンの大司教聖ブルーノとなった。それだけでなくブルーノは、一時期西フランクの後見役となり、カペー朝成立までの動乱期を見守った。オットー大帝がイタリア遠征のときはドイツの統治を代行、なんでも政権はナンバー2で決まるもんだ。
大帝は、ブルーノに貨幣鋳造、税金などの特権を与え、ブルーノの時期に、ケルンの繁栄は確定し、今日までの基礎を築いた。ケルンには文化人が揃い、知的、芸術的中心地となった。この時期を「オットー・ルネサンス」と言われる。
そしてブルーノは、ケルン大聖堂を拡張、なんと当時のサンピエトロ大聖堂に匹敵するまでにしたという。残念ながらこの大聖堂は1248年の火災で焼失し、そのあとに建てられたのが現在の大聖堂である。
下は赤く映える聖ブルーノが建立した聖マルティネス修道院と現在のケルン大聖堂