勇者アッシュの冒険譚〜プロローグ
そこは、タマゴから生まれた世界。
空のように限り無く、風のように自由で、海のように穏やかな-ナギの世界-と呼ばれています。
■ 誕生 ■
数多の動物が生活するウサギの国は、二つの兎の王国があります。
その一つである『白兎王国』の宮殿前の広場は、今か今かと待ちわびた民衆達に埋め尽くされていました。
先日生まれたばかりの、彼等の敬愛する王と王妃の第一子が、今日お披露目されるのです。
『どんなお子だろう。やっぱり王様に似た凛々しい白い毛色をされているのだろうか。』
『いやいや、王妃様にそっくりな白く優しい毛色をされているに違いない。』
この国のウサギ達は、大半が白うさぎなのですが、彼等だけに分かるその毛色の違いが、とても重要な事でした。
リンゴーン。
リンゴーン。
やがてお日様が天頂を横切ると同時に、鐘の音が鳴り響き、お城の中から王と王妃が姿を現しました。
王妃のたおやかな両腕に抱かれたおくるみの中には、次代の王が眠っています。
王は、愛しい我が子を受け取ると、そっと抱え上げ、親愛なる白兎の民達に、その姿を示しました。
『我が愛する息子である。皆のもの、よろしく頼む。』
広場にどよめきが沸き起こります。
その姿。
王に抱え上げられても、悠々と深い眠りの中にいる小さな仔兎の姿に、民衆の目と耳が釘付けになりました。
『な、なんと…!』
『この毛色は…!』
凛々しい白でもなく、優しい白でもなく。
驚いた事に、白と黒が混ざった、見た事もない珍しい色をしていたのです。
『我が愛しい息子は、見ての通り、皆とは違う毛色をしている。だが、紛れも無く、私と后の子であり、また、この稀有な毛色には、おそらくこの国、いやこの世界全体に関わる大いなる意味が託されているのだろう。』
王は、側に控える神官達に視線を送り、小さく頷きました。
『私は、息子を、大地を支える世界樹のように、【アッシュ】と名付けた。必ずや、皆の力となる事を誓おう。』
王の力強い言葉と笑顔に、民衆のどよめきが歓声に変わりました。
元々、王には絶対の信頼を置いている民達です。
毛色が違うからなんだというのだ。
遠い異国の『黒兎王国』の民は、みんな黒く美しい毛色をしていると聞くぞ。
これは、きっと吉兆に違いない。
『王子様、ばんざーい!ご生誕おめでとうございます!』
『今日は祝いのお祭りだ!』
民衆の忌憚無い祝福の言葉に、王と王妃は互いに顔を見合わせて、にっこりと微笑み合いました。
そして、腕の中で眠っている幼子もまた、幸せそうな天使の微笑みを浮かべているのでした。