居る。
名古屋のとある地下鉄の26段目から後ろを振り向くと、見てはいけないものが見える。
絶対に振り返ってはいけない。
そんな噂があった。
俺は東京の大学で友達からその話を聞き、社会人になって名古屋に転勤した際にもう一度聞いた。
「あぁ、そんな話東京でも聞いたわ」
暇だしな。そう思い、帰りにやってみた。
夜9時過ぎ、沢山の人混みにまぎれつつ階段を数える。
正直結構人がいたので、変なものが見えても怖さ半減するだろう。
1、2、3、4、…
…24、25、26!
今だ!
パッと振り向く。
突如として人が居なくなった。
さっきまで確かに、人に当たりながら歩いていたというのに。
シンと静まる地下鉄。
ふと、遠くの方で誰かが居る。
黒い人だ。黒くて人型以外に何もわからない。
膝が震える。
あ、ダメな奴だぁ。
そう危機を察知すると同時にそいつは目の前に来ていた。
まさに目、鼻、口の先。
顔と顔が当たりそう。
そんな近さにも関らず、黒以外に何もわからない。
腰から鳩尾にかけて湧き上がる恐怖に気が狂いそうになった時、何かが肩に当たった。
ハッとして周りを見渡すといつも通りの風景。
人が居て、立ち止まっている俺を邪魔そうな目で見ながら歩いている。
さっきの黒い奴はいない。
白昼夢のような体験だった。
後日、その話を俺にしてきた奴に聞いてみると「?そんな話したっけ?」という。
あれ?聞き間違いか?
ほかのその時一緒に話していた人に聞いても同じ反応。
急いで大学でその話をした友人Aに電話を掛ける。
A「おお、久しぶりー。…え?名古屋俺行った事ないし、怖い話苦手なんだけど…」
A「てかその話したの本当に俺?」
ふと、その時話をしていた奴を思い出そうとすると、顔が真っ黒だった気がしてきた。
というか姿も全て真っ黒。
ずっとAだと思っていたが、思い出せば出すほど違う。
真っ黒だ。
後日、そいつが居た駅に行った。
しかしその駅は存在こそしていたが名前が違った。はず。
もはやその時話していた内容も黒いもやがかった思い出になり、よく思い出せない。
それ以来、俺が何かを思い出そうとするたびにその黒い人影が頭の中をうろつく様になった。