途切れた記憶
霊の類かどうかは判らないけど、俺が10年前に体験した不思議な話をひとつ
とある地方に、仕事で出張していた時の話・・・
仕事柄、現場で打合せをして、その製作品を下請けの工場で作らせて再度現場に持っていくので、初めての土地に行く事が殆どだった。
そして今回も、初めての現場に打合せに行くことになった。
その現場は、とある山にあるラブホテル街の1つだった。
当時まだ若かったので、泊まっている車を横目に見ては、
人が仕事しているのに昼間っから・・・と悪態をつき、現場に到着した。
当初、打合せなんて半日で終わるだろう、帰り際に市内で美味しいご飯でも食べて帰るか・・・
と安易に考えていた。
しかし、それは大きな間違いで、今回の現場は大幅に時間がかかってしまった。
夜7時を回って、一旦食事を取りに行こうと休憩になった。
各々別々に食事をとる形になり、車でコンビニか飲食店を探しに出ようと思い、車に乗ろうと向かった。
車に乗る際、ふとホテルの裏の山肌を見ると、小高い場所の向こうに、民家が数件立ち並んでいるのが見える。
普段なら気にも留めないのだが、その時は何となく気になって、下から眼を凝らしてその民家を遠目に見据えた。
すると、裏手に見えた民家(正確には屋根)は、スッと消えてしまった。
いや、更に闇が濃くなって見えなくなった。と言った方がいいだろうか。
ちょっと驚いたけど、別に見に行く用事も無いし、必要性も感じられないから、
車を走らせてお店探しに向かった。
向かう途中に、深い森の向こうに鳥居が見えた。
闇が濃くなって見えなくなった家屋に、夜闇に紛れてもはっきり見える鳥居。
既にその時、俺はもうおかしかったのだろうか。
不思議な感覚に陥りながらも、市街地へ向けて走り出したのだった。
気が付くと、俺は病院のベッドに寝ていた。
何が何だかワケが判らなかったのだが、休憩に車を走らせてから既に2日経っていた。
その間、俺は何をしていたのだろうか。
記憶を辿るが、当然出てこない。
一緒に打合せに参加したお客さん(仮にTさん)に後で聞いたのだが、
Tさんが食事を取りに下山しようと車に乗り込むと、駐車場で山肌を見ている俺が居たそうだ。
何か様子が変だったので、「一緒に食べに行かないか?」と声を掛けてくれたそうだ。
すると、俺はまっすぐ岩肌を向いたまま、
「おお×△■×、もすもうす!!」と大声で言い放ち、
車に乗って、山を降りる方向とは違う方向へ向かってしまったそうだ。
これはヤバイ!!と感じたTさん、
1人で追いかける事をせずに、一旦職人の集まる現場へ戻り、数人で俺の走り去った方向へ探しに出たそうだ。
そして車で数分行ったところに民家があり、そこの入り口に、俺の乗っていた社用車が止まっていたそうだ。
結局、俺はその民家の軒先にうつ伏せに倒れていて、
そのままTさん達に運ばれて病院に連れて行かれた・・・
Tさんが言うには、その時の俺は右手に髪の毛を握り締めていて、
俺の後ろ髪の下のほうがごっそり抜き取られており、血が滴っていたそうだ。
今では俺は何とも無く仕事をしているが、
あの場所が何だったのか知りたくも無いし、確かめに行きたくも無いので考えない事にしている。
ただ、俺の頭は今でも坊主刈りだ。