公共放送が公然と「通信の秘密」を侵害する国
韓国は、「通信の秘密」とか「検閲の禁止」といった近代的な概念、民主主義の基本となる規範は持ち合わせていないようだ。よくもまあ、それでG7に加入するだとか、世界10大経済強国などと恥ずかしげもなく言えたものだと思う。
大統領選の野党公認候補の妻が、取材と偽って近づいてきた男と交わした電話のやりとりが半年間にわたって勝手に録音され、しかも7時間分もの録音データが、こともあろうに半国営の公営テレビ局MBCに持ち込まれ、この録音内容を材料におおっぴらに番組が作られ、鳴り物入りの前宣伝とともに大々的に放送されるという事態にまでなった。
野党「国民の力」の公認候補・尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏の49歳の妻・金建希(キム・ゴニ)氏については、彼女が大学の非常勤講師の採用募集に応じて提出した履歴書に事実と異なる既述があったことが問題となり、謝罪会見に追い込まれるなど、去年12月初めごろから、この話題で持ちきりとなっていた。
電話での通話記録がMBCに持ち込まれて、番組で公表されることは、事前に情報が洩れて野党側が放送中止を求めてMBCに抗議したり、放送差し止めを求める訴えが出されるなどしたため、放送前から大騒ぎとなり、大統領選の候補者本人の選挙活動など影がかすむほどだった。テレビのニュースチャンネルでは、連日、毎時間ごとに、金建希氏の謝罪会見の様子やカメラを避けて逃げ回る姿などを映し出し、まるで犯罪者扱いだった。整形美人とはいえ、冷たい表情が魅惑的な美貌の持ち主なので、その姿を映し出すだけである程度の視聴者がつくと見込んでいるのだろう。
問題の番組は予定通り16日に放送され、通話の中身にそれほどびっくりすることや政治的に問題になる内容はなかったのだが、金建希氏関連のニュースはその後も続いている。まるで、美女をいたぶって喜ぶ悪趣味の「魔女狩り」のようだ。
MBC(文化放送)といえば、東京オリンピックの開会式の中継で各国を中傷するコメントとともに入場行進する各国選手団を紹介したことで、大顰蹙をかったテレビ局として、日本でも有名だが、左派政権を擁護する報道姿勢でしばしば物議を醸しているほか、反日のためなら平気でウソをばらまく謀略工作機関としても知られる。
<過去ブログ「もはや『反日謀略工作機関』と化した韓国テレビ」21/8/17 参照)
日本でだったら、電話でも対面の取材でも、取材相手の了解なしに会話を録音したことが曝露されただけで、大問題となり、隠し録りした録音内容を公開しようものなら、取材倫理が厳しく問われ、袋だたきとなるだろう。
日本国憲法21条第2項には「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」とある。そして憲法21条第1項には「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」とあり、言論・表現の自由と検閲の禁止や通信の秘密は同列に置かれている。
通話内容を録音すること自体は違法ではなく、銀行や企業などが迷惑電話の軽減やサービス向上を目的に通話録音することも増えている。しかし、その場合は、必ず「通話を録音さえていただきます」などとことわりをいれるほか、個人情報保護法によって、通話録音には「利用目的の通知、明示」が求められている。
米国では通話録音という行為自体が禁止されているので、iPhoneはアプリでも通話録音ソフトはないが、Androidでは「通話レコーダー」というアプリをインストールすることでメモ代わりに通話を録音できる。
しかし、今回の事態で初めて知って、びっくり仰天したのだが、自分が持っている韓国のサムスン電子製スマートフォンには、「自動録音」という機能が標準装備となっていたのである。自動録音の機能をオンにすると、録音する対象を「全ての番号」か「未登録の番号」か「選択した番号のみ」かを設定できるほか、通話中に「録音」ボタンを押すだけで、相手の同意がなくても気づかれずに録音できる。つまり、スマートフォン・メーカーからして「自動録音」、つまり通話の隠し録りを可能にし、「通信の秘密」の侵害を公然と奨励しているのである。
米グーグルは、通話録音が許可されている国に限り、自社のスマートフォンに録音機能アプリを提供しているが、録音ボタンを押すと「通話を録音します」という警告音が出て、録音を停止すると「これ以上は録音されない」と通知されるという。サムスン電子のスマホには、そんな配慮は何もない。
実は韓国では、野党公認候補尹錫悦氏の妻の電話録音問題だけでなく、与党公認候補の李在明氏が実兄の妻に対して汚い言葉で激しく罵倒したというその音声記録の存在もかねてから知られていて、尹候補の妻の通話録音がMBCで放送されたことで、この李候補の暴言テープもMBCは放送しろという声が上がっているほか、実際にこの暴言記録がYouTubeで流されるという事態も発生している。
韓国では、つねにスマートフォンの録音機能をオンにして職場や日常生活で会話を録音する行為が蔓延しているという。職場のハラスメントや暴言から自分の身を守ろうという意図もある反面、いつ誰が自分の発言を隠し録りし、それを第三者にばらしたり、公にしたりするか分からず、冗談さえ口にできない、という人間不信を生み出す原因にもなっている。
MBCが今回、隠し録りの音声記録を放送に使ったことで、「通信の秘密」を公営放送が自ら破ることで、そうした人間不信を助長させただけでなく、公営放送の中立性、不偏不党という報道の原則をかなぐり捨てて、大統領選挙の野党候補にマイナス材料を与え、公然と左派政権と与党候補に有利ななるように謀略工作に加担したのである。仮に野党保守政権が誕生した暁には、いまのMBCの幹部全員の首が飛ばされ、社員に対しては徹底的な粛正・報復人事が行われることは目に見えている。別に驚くことではなく、そうしたことは政権交代ごとにKBSやMBCで毎回行われる慣例の行事なのだ。
ところで、韓国では「通信の秘密」だけでなく「検閲の禁止」も完全に破られている。去年、文在寅大統領が主導して創設された新しい捜査機関「高位公職者捜査処」は、野党議員や野党議員を取材した記者の通信記録を電話会社に照会し、大量の通信記録を入手していた。照会された記者には朝日新聞や東京新聞など日本の新聞・テレビ5社以上のソウル支局の韓国人スタッフも含まれていた。
「高位公職者捜査処」とは、政府の高官や判事、検事、国会議員など公職者の犯罪捜査を専門に行う独立機関で、権力に牙を向ける検察の力を削ぐために、高位公職者に関する捜査権を検察から奪いとり、そのトップを大統領自身が任命することで、大統領退任後に自身に捜査が及ぶのを避けることが目的とされる。今回、通信記録の照会が野党議員に集中し、野党議員と接触があった記者も対象にしていたことが明らかになったことで、この高位公職者捜査処が、極めて政権寄りの恣意的な捜査を行っていることが改めて明らかになった。
それにしても、こんな国がなぜ民主主義の先進国家だとか、報道の自由、司法の独立が進んだ国だなどと評価されているのだろうか。最近、KBSが報じた腐敗の少なさや透明性の高さを評価する欧州腐敗防止・国家建設研究センター(ERCAS)の公共清廉性指数(IPI)のランキングで、韓国がアジア1位、世界18位になったという記事には、「冗談でしょ?」と腹を抱えて笑った。