カペー朝9-ハンガリーの聖王とドラキュラ
2017.11.01 12:10
ハインリヒ2世の時代にハンガリーにキリスト教王国が成立する。聖イシュトヴァーン1世は、マジャール人の大首長の息子だったが洗礼を受け、997年に王位を継ぎ、聖帝ハインリヒ2世の妹聖ギーゼラを妻にし、めでたく聖人カップル第2号となった。
その後の親族との戦いでは、ハインリヒ2世が援軍を送って勝利。帝国承認のもとで1000年にローマ教皇より国王を戴冠した。王はキリスト教の力を借りて中央集権国家づくりを開始した。そのおかげでハンガリーは部族社会を脱皮し始めた
しかし従来の部族宗教は逆転して「異教」と呼ばれることとなった。当然反発する勢力が出てくる。トランシルヴァニアなどは、ビザンツの支援のもとに反乱を起こす。この平定にはかなりてこずり、ようやく国土の統一を成し遂げたのは1028年だった。だがこの地方は独立も同然で、依然として民間信仰が残っていたおかげで「ドラキュラ」の物語が生まれることとなった。
イシュトヴァーンとギーゼラは息子のイムレを敬虔に育てたが、1031年に死去してしまった。息子は列聖されたが、王は悲嘆にくれ1038年に崩御、その後継者をめぐって国は内乱となり、ギーゼラも国外に逃れた。その後国を統一したラースロー一世も列聖される。
下は聖イシュトバーン1世の戴冠