城田実さんコラム第17回「 ゴルカルと政治の季節」 (メルマガvol.33より転載)
代表的な日刊紙であるコンパス紙で「ゴルカル党の支持率、7.1%に低下」という記事を読んで、スハルト政権時代に同党の議員らと多少の交流を持った経験を思い返しながら、改めて時代の変化を感じた。しかし同党は今も政権の支柱であり政局の重要プレーヤーであるので、その動向は感傷を排してしっかり見守らないといけないのだろう。
支持率急落の報道以降、ゴルカル党は大きく動揺している。百戦錬磨の幹部党員を多く抱えた老舗の政党だが、政治の季節に入ったこの時期に、支持率が前回総選挙の得票率14.7%すらを大きく下回ってわずか7.1%にまで落ち込んだとなると、さすがに衝撃は大きかったようである。執行部がただちに調査委員会を設置して対応を検討させたところにも衝撃の大きさが察せられる。
しかも調査委員会はその報告書で、支持率低下の主要原因としてノファント党首の汚職疑惑を挙げ、対策のひとつとして党首辞任を提言した。党内では党首の指導性に対する評価と臨時党大会開催の議論が再燃し、焦点は支持率低下への対応から、党内の主導権争い(党首交代の政治抗争)に移ったように見える。7月にノファント党首が電子版住民証汚職の容疑者に認定された時にも党内は大きく揺れ動いたが、その際には同氏が即座に党の長老や地方支部を丁寧に説明して回り、批判勢力を抑え込むことに成功した。その時に鬱積した不満や批判までが再び顕在化した感がある。
ゴルカル党は海千山千の政治家が多いだけに党内抗争も一筋縄ではいかないところがある。党の内外の動きを巻き込んで複雑に展開しているようだが、今回は副大統領である党長老のカラ氏までがノファント党首は職務を一時停止すべきだと発言したと報じられた。その後、ノファント党首が汚職事件での容疑者認定を不当として訴えた予審で勝利し、少なくとも当面は自由の身となったことで、同氏の支持派が勢力を盛り返しているが、党内抗争はまだ混沌としているようだ。
先に党内の関心が支持率から主導権争いに移行したと指摘したが、支持率への関心がなくなったわけではないと思う。スハルト政権時代には絶対多数を確保して政局を動かしてきたゴルカル党は、スハルト大統領の退陣直後(1999年)に国会議席が26%となって以来、一貫して長期の低落から脱却できずにいる。同党の強みは、地方支部を含む充実した党組織や行政機構へのアクセスの強さなどだが、他党の大統領が4人も続いたことで相対的な優越性が薄れている。従って、ゴルカル党には支持率の低下に敏感にならざるを得ない事情がある(もっともゴルカル党は党内の主導権争いに敗れた有力者が新党を立ち上げてきた経緯があるので、それらをまとめて「ゴルカル的な体質の政党」として括ることができれば数字上は今も断トツの最大政党で単独で大統領候補を擁立できる規模だ)。
世論調査でもゴルカル党のイメージを「良い」と答えた人は、昨年5月(現党首就任時)の44.6%から今年9月の25.3%に急落している。それにもかかわらずゴルカル党にはイメージ改善に向けた真剣さが乏しい。国民が政党に向ける目は日毎に厳しく、最も腐敗した機関として世論調査がトップに挙げるのは今や警察ではなく政党だ。
当面の国民の関心は国会による汚職撲滅委員会弱体化の工作だが、その尖兵になっている国会調査委員会にゴルカル党は委員長を送り込んで国民感情を逆撫でしている。次の選挙をにらんで野党や野党的な姿勢を示し始めた政党が国会調査委員会と距離をとっているのとは対照的だ。国民に良い顔をしたいが、賄賂の魅力には勝てないと自白しているようなもので、ダイエット中に目の前にごちそうが出たら我慢できない心理と変わらない。
ゴルカル党内の抗争をジョコウィ大統領の立場から眺めたらどのように映るだろうか。どちらに転んでもゴルカル党は政府与党の路線を変えないだろうから、政府の議会対策の観点からは本心は高みの見物だという見方が多いのではないだろうか。他方、ノファント氏個人については、国会に安定与党をもたらした功労者で、ジョコウィ氏の大統領再選支持を逸早く宣言して政界に流れをつくった功績も大きい。従って、ノファント党首に借りのあるジョコウィ氏にとってはこの党内抗争に無関心ではいられないだろうという気がしていた。庶民派で思いやりのあるジャワ人のジョコウィさん、というイメージからの発想でもある。ところがある知人はその見方を即座に一蹴した。
ジョコウィ大統領は、ノファント国会議長(当時)がフリーポート社の契約延長に絡んで株式取得の裏取引を行った際には本当に激怒したが、そのわずか数カ月後のゴルカル党首選挙では、「その後の国会対策と大統領再選戦略上は同氏が有利」と判断するや個人的な嫌悪感を捨ててノファント党首を実現させる工作を行った、という前例を引きながら、ジョコウィ大統領のジャワ・スマイルには政治的な判断の冷徹さと合理主義が同居していることをその知人は強調した。その当否は別として、再来年4月の総選挙、大統領選挙までの長い政治の季節に生起するだろう数々の政治物語の始まりを感じさせる説明ではある。(了)