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鈴木桂一郎アナウンス事務所

令和4年1月2日(日) 「歌舞伎座初芝居、第三部、岩戸の景清、義経千本桜川連法眼館の場」

2022.01.02 07:24

歌舞伎座の第3部は、岩戸の景清、義経千本桜川連法眼館の場の2本。今年も、コロナの影響で、浅草歌舞伎がなく、浅草に出演する予定だった、尾上松也を軸に、巳之助、隼人、苔玉、米吉、新伍、歌昇ほかの若手花形が勢揃いし、岩戸の景清がでた。光が失われた江ノ島に、源氏方の武将が集まり、光が届くようにと踊るが、光は出ない。岩屋が鼓動するので、岩戸を開くと、中から平家方の武将で、頼朝を討とうと悪七兵衛景清が現れ、源氏の武将と争うが、結局景清が信心する観音菩薩が、頼朝に景清の赦免を頼み、頼朝が赦免に応じたことで、日向の国に所領を与えられ、恭順するという芝居。天の岩戸神話そっくりの芝居ではあるが、花形が次次に踊りを見せるので、その衣裳だけで豪華絢爛だった。最後に出てきた松也演じる景清が、一瞬誰の顔か分からない位の濃い化粧で驚いた。もともと、顔が立派な人だけに、堂々としていて、見得も奇麗で、揃った花形の中で、一番華があり、口跡も良かったと思う。松也の今年の活躍を期待したい。ただ松也が荒事に向いているかどうかは別の相談で、顔は立派なのだが、顔程、体中から荒事のエネルギーが感じられなかったのが、残念だ。目線がきっぱりと決まらないためか、あるいは目力が弱いせいなのかもしれない。若手が勢揃いしただんまりは、だんまり自体は暗闇の中の探り合いなのだが、まるで昼間演じているようで、だんまりの、あくまで一寸先が見えない位真っ暗で、相手の顔も、動きも見えず、手探りで動いているという前提が崩れていると思った。

次の幕は、期待の猿之助の義経千本桜、川連法眼館の場。先代猿之助が人気演目に育てた芝居で、猿之助にとっては、平成23年、明治座で演じて以来、10回目になる。地方公演以外は、全て見ているが、もう猿之助の狐忠信が、現在に歌舞伎の標準となっていて、観客は、今の時代の最高の四の切りを見たいと思って詰めかけている。それだけに、舞台と、観客が、何かぶつかり合うようなエネルギーを感じ、私もその一員になった。

観客の期待に応え、猿之助も手馴れていて、様々に工夫が行き届いていて、眼を離す場面がない、とても熱気にあふれる芝居となった。猿之助自身や、周りを囲む役者も、これまでの公演と、ほぼ同じメンバーなので、コンビネーションもよく、観客には、軸になる猿之助の熱演ぶりが、ひしひしと伝わる。猿之助自身は、実は軽く裁いて、演技しているのかもしれないが、猿之助のエネルギーが、観客に素直に伝わるから不思議なものだ。役者は一生懸命に演じる必要はないのであって、観客に、そう見せてくれればいい事なのだ。歌舞伎に全力投球の必要はない。猿之助は、その匙加減がとてもうまく、舞台を見ていると、猿之助の演技に絡めとられる感じがした。これが芝居に入っていくことなのかと、一種陶然とした気持ちにさせられた。

プロローグの、本物の忠信の花道からの出からして、堂々としていて、主君に久し振りに会える喜びを、内に秘めながら、主人への思いを、一つ一つ丁寧に演じていた。刀を抜いての思い入れ、七三で刀を回して、腰をかがめて敬意を表す動き、誰でもやることなのだが、一つ一つの動作に、主人への愛が感じられ、主君との深い関係がよく分かった。こうした忠信だから、義経は、愛する静御前を預けたのだと確信した。これから起こる、狐忠信との落差をどう演じるのかが、観客の最大の楽しみなので、期待感が一層強まった。本舞台に出てからも、本物の忠信は、悠然としていて、力強く、自分に似た者が来たというあたりからは、終始視線を花道の揚幕から外さず、警戒心を常に持っていて、注意深い、優れた武者振りを見せた。今回、本物の忠信の芝居が充実していて、本物の忠信で、ここまで主君愛を感じたことがなかったので、ますます狐忠信の登場が楽しみになった。

狐忠信になってからは、狐の本性を現わしてからのセリフが、何時もよりも可愛く、・・・・ござりまする、というセリフ、これまで以上に、・・・・の部分の台詞はゆっくりとしゃべり、ござります、を早く言い、可愛らしさとともに、狐の悲劇性を増し、仕草も可愛らしく、愛らしい狐となった。猿之助の狐忠信に、こんな印象はこれまで持っていなかったので、野性味が少し可愛らしさにシフトしたのかと、少し驚いた。本物の忠信と、狐忠信の落差をよりつけようとする工夫にも思えた。終盤、古巣に戻るといったあたりの狐の哀歓に、心を揺さぶられた。よくも狐言葉の中で、狐の悲しい気持ちを表現できるなと、猿之助のセリフ術に感動した。

早替わりも、一段と早くなった感じがしたし、猿之助の、俺の芸の力を、見ろとばかりに迫る役者の熱意が伝わり、幕が下りても、拍手が止まなかった。今回は、コロナ以降、初めて宙乗りが復活し、猿之助が挑んだ。観客席は、これまでの5割から7割ほどの客を入れるようになり、みな大喜びで猿之助の熱演に拍手を送った。今年も、水に乗った猿之助の芝居から目が離せない。これで、大向こうが復活すれば、いつもの歌舞伎の姿に戻る。今日は、口先だけで澤瀉屋と言うにとどめた。早くコロナが終息する事を祈りたい。