その手で 15.イクと体育館
「へー、水嶋がそんなこと」
昼休みに忘れ去られた場所にやってきたナイが国語準備室での話を俺にした。
「で、そいつの名前は?」
「モナ」
「……名字は?」
ナイは俺の膝に頭を乗せて「忘れた」と伸びをした。
「ナイはもう少し他人に興味を持てよ」
ナイは頬を膝に乗せたまま「イクは嫌じゃないの?」と聞いた。
「嫌も何も、友達が増えるのは悪いことじゃないだろ」
「昼ご飯をここで食べれなくなっても?」
俺は少し考えて「それは嫌だな」と答えた。
夏休みが終わっても体育館の二階は蒸し風呂のように暑かった。汗が顎から滴り落ちて、首筋を伝ってシャツに染みる。コンビニで買ったおにぎりが腐乱しそうだ。
いいから食べるぞ、とナイを起こすと、ナイは軽く俺の唇に触れた。あの日からナイからのスキンシップが確実に増えている。可愛いのだが、俺の雄の部分によろしくない。
一度きつく抱きしめてからおにぎりを薄いカバンから取り出す。ナイも菓子パンを取り出してもそもそと食べ始めた。今日はクリームパンらしい。相変わらず砂を食べるような動作だが、それがナイなのだから嫌ではなかった。
「水嶋先生は、なんであんなことしたんだろ」
ナイがぼぞりと呟く。
「少しは授業に出ろってことだろ。出席日数数えてるか?」
ナイは得意気に「まんべんなく休んでるから大丈夫」と答えた。
「そこ、自慢するところじゃないから」
ふと、俺がいないとき、ナイはここで何をしているのだろうと思った。
俺は煙草吸ってのんびりしているが、ナイは煙草を吸わないし、携帯電話も持っていない。
「ナイはいつもここでなにしてるの?」
「イクを待ってる」
「俺が授業に出てても?」
ナイはコクリと頷いた。
「あとは、私の死について考えてる」
俺はふっと息を吐いて「だろうな」と答えた。
毎週決まった時間に休むと必然的にその授業の出席日数が足りなくなる。だから俺たちがここに来る時間は特に約束していなかった。
「これからは、昼休みと帰りだけにしないか? そろそろちゃんと授業出ないと進級できなくなるぞ?」
ナイはクリームパンを持つ手を下げた。
「イクがいない学校に、来る意味あるのかな」
その答えを、俺は持ち合わせていなかった。
俺は話題を変える。
「その、モナって奴はどんな子なんだ?」
ナイは呻って、俺の肩に頭を預ける。
「キリン、みたいな子」
「キリンって首の長い動物の方?」
コクリ、と頷く。シャツに髪が擦れる音がする。
「とりあえず友達になってみたらどう?」
ナイは無言で、また何か考えている。ここで俺たちが会える時間が減ることを悲しんでくれていたら嬉しい。
五時限目の五分前の予鈴が鳴る。
「はいはい、飯片付けて行くぞ」
それでもナイは動こうとしなかった。俺たちはまた不良学生をすることになった。