その手で 16.ナイと教室
六時限目、教室に入るなりモナに「どこ行ってたの?」と問い詰められた。弱々しい声ではあるものの「私は頑張って教室にいたのに」と言わんばかりの剣幕だった。何故私が責められなくてはいけないのか分からないし、休みたいならモナも休めばいいのに、としか思わなかった。
無視してうろ覚えの自席に着くと、モナが私の机に顎を乗せた。
「モナたち、友達だよね?」
モナは自分のことを〈モナ〉と呼んだ。
「分からない」と素直に答える。先生が勝手に用意した関係でしかないからだ。
モナは明らかにしゅんとして、眉尻を下げた。長い下睫毛が潤んでいる。
「じゃあさ、帰りにどこか寄らない? モナたちもっと仲良くなれると思うの」
帰りはイクと途中のバス停まで歩くので、私は首を横に振った。
「私は別に、モナと仲良くなるつもりはない」
「モナのこと、名前で呼んでくれるんだ! じゃあ私もミズって呼んでいい?」
私はどうでも良かったので頷いた。
「よろしくね、ミズ」
聞き慣れない音に私は頷くことも首を横に振ることもできなかった。ただ、違和感でしかない。イク以外の人とこんなに関わっていることが不思議でしかなかった。関わりたいと願っているわけでもないのに。
教室で私たちは異分子だった。いつも教室にいない人が来ている。しかもおしゃべりさえしている。遠巻きに見るクラスメイトの視線に居心地の悪さを感じた。まだ一人の方が気楽だった。
「それでさ」とモナが控えめに耳打ちする。
「ミズには好きな人いるの?」
「いるよ」
即答する私にすこし動揺したのか、モナのキリンのような淡い瞳が揺れた。
「どんな、人なの?」
金髪、長身、煙草。私は少し考えて「私を殺してくれる人」と答えた。
「そ、そんなのダメだよ」
「なんで?」
「なんで、ってミズが死んだらモナ悲しいもん」
なんで出会った初日にこんなことを言われなくてはいけないのか。
逆にモナが今、死んだって私はきっと何も思わない。
「ミズのことはモナが守るね」
モナが言っていることが私には理解できなかった。私を守ってくれるのはイクだから。私の命はイクのもの。あなたには関係がない。
始業のチャイムが鳴るとモナはポニーテールを揺らして席に戻っていった。
なんだか、面倒くさいな。
これが友達なら、私には友達はいなくていいや。と私は溜息を吐いた。