その手で 35.ナイと中村家
モナの彼氏がイク。そっか。そうなんだ。
照れ笑いするモナ。それとイク。
私は歩いていた。冷たい風が肌を刺し、死んだ木の葉が足を切っても。歩いて、歩いて、歩いた。
川を越えて、坂を上り、雨が降り出しても歩みを止めることができなかった。
セーラー服が水分を含んで重くなっても。私の内臓に鉛玉が蓄積されても。
気付いたら、家の前にいた。私の家じゃない、中村家。寄生しているだけの他人の家。
結局私の帰る場所はここなのか。ここで、一生家族ごっこを見て生きるのか。
生きながらえたいほど希望もなく、死んでしまいたいほど愚かでもない。でもきっと私はとても愚かだ。イクから貰ったものを信じてしまったほど、イクは私だけのものだと信じてしまったほど愚か。イクに愛されていたと思っていたほど愚か。
愚か。愚か。愚か者。
でも、でも私は、イクのことが、
「好き、だった」
玄関の前で膝の力が抜けた。どさりと身体が落ちる。濡れたアスファルトに突いた手が痛かった。この手は、誰のためにある。
雨脚が強くなる。私の慟哭なんて誰にも聞こえなくたっていい。ざあざあと大地を叩く水滴が私の背中を八つ裂きにする。それでいい。いいよ。
「何してんの、キモ」
声の主は、青い傘を持った従兄だった。
「家に迷惑かけないでくれる? 部外者のくせに。近所迷惑なんだけど」
蛇のようにニタリと笑って、私の手を踏んだ。痛い。痛い痛い痛い。痛くない。私はもう、何も感じない。
「どうせさ、可愛いミズちゃんの彼氏も卒業したら離れんの。どうせ今だけの玩具にされてるんだよ、ミズちゃん」
ううん、卒業しなくても離れていったよ。
「ふふ、ふふふふ」
私はゆぅらりと立ち上がった。
「何笑ってんの、マジでキモ」
私が離れたから。私が怖くなったから。代わりなんていくらでもいる。
さようなら。さようなら世界。さようなら、イク。