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高校無償化を問う

2010.03.03 01:37

高等学校の無償化検討にあたり、朝鮮学校の扱いが問題になっているが、

そもそもどこの高等学校であれ、無償化そのものに問題があるのではないだろうか。

 

確かに子どもを育てるのには、カネがかかる。

しかし、それこそ親の義務であり、その集合が国家の力になる。

こども手当、高校無償化に見られるように、

何でもかんでもタダにしたりすることで、

子どもにまっとうな力が付き、その集合である国家の力になるだろうか。

そうは思わない。

 

私がお世話になった松下政経塾は学校ではないが、

参考までにその仕組みのひとつを取りあげたい。

大きな特徴は、お金を払って勉強をするのではなく、

お金をいただいて勉強ができることである。

塾にいたのは3年間であるが、創設者である松下幸之助やその設立趣旨である、

憂国の理念を何とか実現せねばとの思いは、今でも持っているつもりだ。

そのような環境や機会をいただいた塾に感謝しているからである。

 

では高校が無償化になったとしよう。

子どもたちが大人になったとき、その仕組みに感謝するだろうか。

そのお金がどこから来て、どういう思いで、自分たちに託されたか、

というところまで思いを馳せるだろうか。

私はまったくそうは思わない。

なぜなら、この高校無償化の考えに、そのような深い思いは、

こもっていないからである。

 

それならば、各家庭の親が、頑張って働いたお金で、

子どもに高校に行かせた方が、どれだけまともな子どもが育つか、

考えればすぐに分かることであろう。

 

激変する世界情勢の中で、しっかりと自立していける国民を、

育てる教育かどうかといえば、はなはだ疑わしいと思う。

 

 

畠中光成