575 ならすべて俳句ですか?
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[俳句・季語]
「5 7 5」といえば、すぐに「俳句」という言葉が思い浮かぶ人は多いでしょう。また、「5 7 5」は俳句の代名詞ともいえます。
しかし、5 7 5 であれば必ず俳句となるのでしょうか。俳句以外にも、5 7 5 で表現されたものは存在します。そして、そもそも俳句とはどのようなものをいうのでしょうか。
このページでは、俳句についてあらためて考えてみることにしましょう。
俳句とは?
まず、俳句の特徴として挙げるられるのは次の3つとなります。
韻律(いんりつ)
季語(きご)
切れ
この3つは「決まり」「ルール」とされることも多いのですが、絶対的なものではありません。その点も含めて、それぞれを確認していきましょう。
美しい風景が多くみられますね。
韻律
俳句は世界で最短の定型詩とされ、十七文字(じゅうしちもじ)、十七音(じゅうしちおん)、十七語(じゅうしちご)などともいわれます。つまり、五七五の 17文字でつくられるのが基本です。
この五七五が韻律(リズムといってもよいでしょう)といわれるもので、俳句を鑑賞したときに感じる心地良さを生み出しています。
しかし、「五」や「七」が六文字や八文字と多くなったり、逆に四文字や六文字と少なくなったりしたものもあります。これらは字余り、字足らずといわれます。
また、字余りや字足らずとは別に、五七五の定型には全く縛られることなくつくられた自由律俳句(じゆうりつはいく)というものもあります。
このように、五七五(17文字)は絶対的なものではありません。ただし、五七五に慣れていると、そうでないものに多少なりとも違和感を覚えることになるでしょう。
季語
季語は季節を表わすもので、俳句作品の世界観を支えるものともなります。しかし、俳句にとって季語の有無も絶対的なものではありません。
季語によって俳句を大きく分類すると、次のようになります。
季語を持つ俳句=有季俳句
季語を持たない俳句=無季俳句
しかし、有季俳句であっても季感(季節の感覚)がないものもありますし、逆に無季俳句であっても季感があるものもあります。
さらには、季語を使いながらも、その季語の季感を切り離してしまうような俳句をつくることも可能となります。
切れ
切れとは、俳句の流れを切って一呼吸おくことをいいます。このために使われるのが「や」「かな」「けり」などの切れ字です。
閑(しずか)さや 岩にしみ入る 蝉の声
松尾芭蕉(まつお ばしょう)の有名な俳句ですが、切れ字の「や」によって句が切れています。この句を「閑さや」まで読んだときに、読み手に様々な想像をめぐらせるという効果があります。
しかし、句に切れ字が含まれていなくても「切れ」が成立する場合もあります。
このような特徴を持つ俳句は、自然の風景や、それを見たときの感情などを言葉で表現したものです。それらが(基本的に)わずか 17文字に込められているところに、たまらない魅力があるのです。
歴史的には、和歌の伝統を受け継いだものが連歌(れんが=多人数による連作の形式)で、その庶民性を高めたものが俳諧(はいかい=俳諧連歌)です。この俳諧の発句(ほっく=連歌の最初の 575 の部分)が独立したものが俳句です。
なお、俳句をつくることは「詠む(よむ)」と表現されます。
俳句と川柳
俳句とよく似ているものに、やはり 575 の形式を持つ川柳(せんりゅう)があります。川柳も俳諧から生まれたものですが、発句、脇句(わきく)、第三(だいさん)に続く四句目以降の平句(ひらく)を独立的に鑑賞するようになった点が俳句と違います。
一般的な俳句と川柳の違いを表にまとめてみましょう。
俳句 川柳
韻律 575 575
季語 あり なし
切れ あり なし
このように、川柳は 575 という形式は俳句と同じでありながら、季語や切れを持たない点が大きな違いです。また、川柳は人事、世帯、人情などを表現することにも特徴があります。
なお、川柳をつくることは「吐く」「ものす」と表現されています。
まとめ
俳句の特徴として、韻律-17文字、季語、切れが挙げられますが、これらは必要不可欠なものではありません。
俳句には、五七五の形式に収まらない自由律俳句や、季語を持たない無季俳句などもあります。
俳句は、俳諧(俳諧連歌)の発句が独立したものです。
川柳も俳諧から生み出されたものですが、575の形式は持つものの、俳句と違って季語や切れがないことが特徴です。