『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
タイトルが長い! ライトノベルって言われるぞ!!
今作をすげえ分かりやすく言うと「雑誌を雑誌の体裁のまま映像化した作品。ただしその雑誌は架空のもの」である。なにを言ってるかよく分からないだろうが、まあそういうやつなんだ。
小説だと「ホテル・アルカディア(石川宗生)」を思いだす。これは引きこもりの娘に向けて、芸術家たちがお話をするという小説なんだけど。まあ、そんな感じなのだ。この小説も文庫化してくれたらもっと紹介しやすいんだけどな。2200円するんだもの。
さて、映画の話だ。
映像化された架空の雑誌の名前は「フレンチ・ディスパッチ」。編集長が身一つでつくりだし、世界中で愛されていた雑誌だったが、編集長が心臓発作で亡くなり、その遺書に乗っ取って廃刊。その死亡記事が載ることになる最終号が映像化されたのである。
つながりのない幾つかのストーリーが記事を書いた記者の視点で描かれるオムニバス方式。テーマとしては多分「時の移ろい」とか「終わりの時」とか「なにかをつくりあげてきた人間の軌跡」とか、まあその辺だろう。身一つで雑誌をつくった編集長の死により終わった雑誌の最終号としては、ちょうど良いテーマだ。
この映画のなんかすげえな。と思ったところは「雑誌の体裁のままの映画化」という形を守るためか前書きから始まるのである。編集長の追悼号だから、編集長が死んだことを伝える記事。その次は編集部がある街のルポタージュ。これに至ってはオチらしいオチもなく、昔と比べて色々変わった街の紹介に終始している。現地の情報をそのまま伝えるルポタージュなんだから、物語的オチなんてないのである。
そして短編的な記事が三つ続き、最後のまとめとして「編集長が死んだので編集長が死んだという記事を書きます」という話で締められる。どこまでも雑誌的体裁を保っているのである。
そうして考えてみると、映画の色彩豊かで静止画的な絵の作り方(「絵面がすげえ!(スクショ画像四つ)」的なツイートが流行りそうですね)は、雑誌の挿絵を意識してそうだな。という気持ちにすらなる。アニメーションシーンすらあります。そこはイラスト調の挿絵だったのでしょう。
まあぶっちゃけ面白いか面白くなかったで話すと良かった。という類の映画ではあるんですけど、面白い体験のできる良い映画でした。せっかくだし、この映画をもとに雑誌形式のノベライズとかしません?