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すきまのじかん

2016.12.18 15:27



























”ゆうぐれどきの、すきまのじかんを しっていますか?”






この絵本はそんな一文からはじまる。






作者のアンネ・エルボーはブリュッセル出身の作家・イラストレータ。ボローニャ国際絵本原画展でも高い評価を得て、多くの国にその作品が翻訳されている。






日本では、ひくまの出版から6冊出されているものの、現在は出版社が倒産しているため、絶版。




それでも、その独特の柔らかい表情をした絵にファンが多い。






そのなかでも、この「すきまのじかん」はとりわけ人気で、僕も大好きな絵本の一つだ。




















すこし、子どもにはむずかしい話かもしれない。




昨夜、久しぶりに子どもが取り出してきて、寝る前に読み聞かせをした。






感想を聞くと、「よくわかんなかった」と。




とても曖昧な本だから、そうだと思う。






「分からないことが多いよね、でもそんな分からないものだから”すきまのじかん”なんだよ」と教える。






たいようのじかん と やみのじかん のあいだにあらわれる ほんのわずかなじかん。






すきまのじかんは、昼と夜のあいだのあわいの時間になることで、昼と夜の対立、急な転換、その暴力性を退けてやさしく包む。




そのほかの時間では、内気にひっそりと隠れている。






でも、すきまのじかんにも大切なものができる。






その美しさを言葉にあらわすことのできなかった彼は、ただそれをみつめ、そして何も書かれていない本のページに、一輪の薔薇を挟む。




はじめて会いたいと思う大切なものができたすきまのじかんは、アオサギに姿を変えて飛んでいく。それはもうひとつの「むこうがわのじかん」にいる夜明けのお姫様。よるのじょおうが眠りにつきはじめ、たいようのおうさまが目を覚ますまでのわずかなじかんに、そっと彼はお姫様をみつめる。






夜、ぼんやりとしたもやのあいだを、とおりすぎるすきまのじかんを私たちは見ているかもしれない。






そんな物語がここには描かれている。




















内気な彼の気持ちは、子どもにとって難しい。その”すきま”を感じることができるだろうか。






争いをきらい、けんかの間に入りながらも、ふだんは身をひそめている。




素敵なお姫様に出会っても、言葉がみつからず、ただ見つめている。




そのためにわずかなじかんを大切にする。






とても、やさしく、おだやかで、つつましい。






まだ、あかりをともすほど、くらくもなく




かといって ほんをよんだり、ぬいものをするほど




あかるくはない じかん。






ほんをひらいたまま、ページのなかの じは、ぼんやりとみえるだけで




ひとは、ものおもいにふけり、うっとりと、ゆめをみるのです。






それは、おおかみでなければ、いぬでもないような じかん。






かげのぶぶんは、まだほんのすこし かがやきをみせ、




じめんはくらく、そらは、ほんのりとあかるい




すべてのものが しずかな




あおいせかいの おとずれをまっているじかん。








かなしいような うれしいような まいにち、やってくるのだけれど




それは、まるで あったのか、なかったのか さえ わからないような




はかないじかん。




『すきまのじかん』 Annne herbauts:著  木本栄:訳 ひくまの出版 2002年3月






すきまのじかんの大切さが、身に染みて分かるのは大人になったからかもしれない。






無邪気なうちのお姫様が、そんな時間の存在に気づくのはいつだろうか。