日本の俳句に見るイノベーションの源泉
https://www.dhbr.net/articles/-/1851 【日本の俳句に見るイノベーションの源泉】より
ハーバード・ビジネススクール教授のテレサ・アマビールと、心理学者スティーブン・クレイマーのコンビによる連載をお届けする。第1回は、創造性について。本当は資源に不足していなくても、イノベーションを促進するためにあえて「人為的な資源不足」を強いる――こうしたやり方は、イノベーションを頓挫させる。創造性を引き出すのは「不足」ではない、と断じるふたりは、創造のカギを日本の俳句に見出す。
イノベーションを再び重視し始めた企業には、喝采を送りたい。しかし、イノベーションへの認識を新たにするのはよいのだが、プロジェクトに十分な経営資源を投入しないマネジャーがいる――資源の不足が画期的なイノベーションを促進すると信じているのだ。時として、手段の不足が創造性を高めることもあるだろう。しかし、資源に窮しているイノベーターこそがイノベーションを生み出す、というのはマネジャーの危険な思い違いである。
テレサ・アマビール
(Teresa Amabile)
ハーバード・ビジネススクール(エドセル・ブライアント・フォード記念講座)教授。ベンチャー経営学を担当。同スクールの研究ディレクターでもある。
スティーブン・クレイマー
(Steven Kramer)
心理学者、リサーチャー。テレサ・アマビールとの共著The Progress Principle(進捗の法則)がある。
電子インクのケースを考えてみよう。この記事を読んでいる大多数の読者は、この24時間以内に、アマゾンのキンドルなど何らかの電子インクのリーダーを使っていたのではないだろうか。電子インクが誕生した経緯は、「必要は発明の母」の言葉を残したプラトンの共感を呼ぶにちがいない。アイデアが生まれたのは不足からではなく、満たされていないニーズが創造力を刺激したからだ。電子インクの考案者で物理学者のジョー・ジェイコブソンは、ある日ビーチでのんびり読書をしていた。手元の本を読み終わると、もう読むものがないことに気づいた。日はまだ高く、長い午後をやり過ごすための読み物がない。この瞬間にジェイコブソンは、電子書籍のインスピレーションを得た――軽量で薄く、ボタンに触れれば本や新聞を丸ごと電波で受信する。ボタン1つで別の本や新聞を表示できる。バックライトを使わなくても、直射日光の下でどんな角度でも文字が読める。だから画面を表示しても電力を消費せず、重いバッテリーは不要だ。このアイデアが実際に製品化されて何年も経った現在でも、まるで魔法のように思える。
人々の生活を変えたこの発明で注目すべきは、ジェイコブソンにはいかなる人為的な不足も制限も強いられなかったということだ。これはダクトテープだらけの自宅ガレージで生まれた発明ではなく、MITメディアラボの資源と、ベンチャー企業Eインクの運営資金1億5000万ドルを要するプロジェクトであった。
Eインクが例外というわけではない。現在、世界で最も裕福なテクノロジー企業であるアップルとグーグルは、驚異的な製品を世に送り続けている。ビジネスウィーク誌とファストカンパニー誌はともに、この2大企業を「世界で最も革新的な企業5社」に選出した。そして今の中国では、好景気と政府の支援に支えられ、イノベーションの勢いが加速している。
そうなると、イノベーションに関しては資源が多ければ多いほどよい、ということだろうか。否、これも的を射ていない。世界最初のPDA(携帯情報端末)の開発に成功したパーム・コンピューティングは、ニュートンで失敗したアップルに比べずっと小規模で少人数の企業であった。
しかし、パームのような資源に限りのあるベンチャー企業が強いられる資源調達活動は、必ずしも創造性を促進するわけではない。資源をかき集める苦労を乗り越えて成功するベンチャーもあるが、その苦労によって行き倒れになることのほうが多い。なお、これとはまったく異なるが、大手企業では有望なプロジェクトの資源を確保するために、イノベーター志望者には複雑で面倒な試練が強いられる。この手の人為的な資源不足は社員に創造性を発揮させるが、それは資源を獲得するための創造性である。重要な問題を解決したり、革新的な新機軸を打ち出したりするような創造性とは違うのだ。加えて、このように人為的に資源を不足させれば、社員は自分自身とその仕事の価値が低く評価されていると感じ、モチベーションを失ってしまう。クリエイティブなアイデアや発明をうまく実現させることが、イノベーションである。アイデアや発明を進展させる十分な資源すらないのであれば、イノベーションは不可能だ。
ここで、イノベーションの火を焚きつけたいマネジャーにヒントを提示しよう。「不足」と近い関係にある「制約」ならば、創造性を高めるのだ。ジェイコブソンの満たされていなかった要求が電子インク発明の要因となったように、制約は発明を誘発する刺激剤となる。たとえば、まっさらの白紙を渡されて、そこに何かクリエイティブなものを描くよう求められたら、多くの人は思考が固まってしまうだろう。ところが、曲がりくねった線が書かれた紙を渡され、その線を工夫して何かを描けと言われれば、人はそれなりに面白いものを創作する。人の知性は、何らかの反応を誘発する刺激を必要とする。そしてある種の制約は、創造性を誘発する刺激の役割を果たす。創造性を高める手法として最も歴史があり、かつ効果が実証されているもののひとつに、創造的問題解決(CPS)がある。これには、ランダム生成されたイメージを見せることで、与えられた課題に対する新たな解決策を引き出すような技法も含まれる。制約が創造性を誘発する一例だ。
創造性と相性がよい制約とは、次のようなものである。(1)何が問題か、何が達成すべき目標かが明確に示されていること。オンラインのイノベーション・コンテストや、「料理の鉄人」における「テーマ食材」という制約だ(注:参加者は必ずこの食材を使うことが義務づけられ、調理開始の直前まで公表されない)。(2)真に差し迫った、困難なニーズであること。アポロ13号の宇宙飛行士を地球に生還させるような場合だ。ただし、資源を意図的に低い水準に抑えると(新しいアイデアを促進しようとする間違った努力だ)、イノベーションは頓挫することになる。また、新たなソリューションを意欲的に追求するうえで必要となる裁量権を制限することも、同様の結果をもたらす。
日本の俳句は、古くからの素晴らしい芸術であり、厳しい制約に満ちている。伝統的な三行詩である俳句は、五音節、七音節、五音節で構成されなければならない。この形式が、明確で挑戦しがいのある制約を生み、しかもどんな言語も言葉には限りがないので、創造性を遺憾なく発揮することができる。ここで、俳句の大家にはご容赦いただきたいが、こんな問いを一句詠んでみたい。
イノベーションの俳句
「飢えさせるか、与えるか
資源に苦労するか、意のままにするか
創造への道はいかに」
Starving or stoking,
Scrounging or brandishing tools,
How do you create?