前科者、ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ
ファンの鍵アカウントSNSより
「え、ウィリアム様のファンがアルバート様とルイスくんを追いかけるのは当然でしょ。むしろウィリアム様のアカウントより他の二人の方が話題に出してくれるもん」
「ウィリアム様のアカウント、一時期「今日のルイス」状態だったしね。ウィリアム様のことを知りたいのにルイスくんのことばかり詳しくなっていくのには笑ったし、ルイスくんファンの友達は「絶対勝てない〜愛は勝ち負けじゃないって分かってるけどどれだけグッズ買って現場通っても兄さんには勝てないよ〜〜〜」ってガチ泣きしてたよ」
「ルイスくんのアカウント、本当に丁寧にウィリアム様とアルバート様について語ってくれるんだよね…この前なんてウィリアム様が新しく服を買ったときの写真をコメント付きでアップしてくれたんだけど、どこがどう似合ってるのか分かりやすく解説してくれてたから「ガチファンかな?」と思っちゃった」
「共感しかないコメントに「それな」の一言しか出てこなかったもんね」
「でもさ、ルイスくんはウィリアム様のガチファンだと思えるんだけど、ウィリアム様はルイスくんのガチファンっていうか…なんていうか、"マジ"だなって思うのは何でだろうね?」
「え、ルイスくんが憎いとかそれはない!だってウィリアム様があれだけ愛しちゃってるんだもん、ファンも愛するしかなくない?ガチ恋勢だって最初は悔しくて泣くかもだけど、そのうち応援する姿勢に入るよ」
「わたしそのパターン!ウィリアム様にマジで恋してた!ウィリアム様はこんな顔してルイスくんを見てるんだなぁと思ったらかなりツラくて爆泣きしてたはずなのに、いつの間にか応援するように気持ちが変わっていって…今ではアルバート様と合わせて三兄弟箱推しになっちゃった。恋じゃないんだよ、もはやこれは愛」
「ガチ恋勢が悪いんじゃないよ、恋する権利は自由。むしろあの兄弟を見てそれでもガチ恋するってのは相当な胆力がいるから凄いとすら思う、尊敬ものだよ!」
「ねぇ、実際ウィリアム様とルイスくんってどうなんだろうね?兄弟以上だと思う…?」
「え…兄弟以上だとして一切隠さずあれなのはヤバくない?行き過ぎた兄弟愛でしょ」
「隠しててあれかもしれないじゃん!」
「全然隠せてないじゃん、それこそヤバい!」
「行き過ぎた兄弟愛だよあれは!」
「いや絶対デキてるって!」
「あ、ファンの中では純粋なる兄弟愛派と禁断の恋人かつ兄弟派で揉めることはあります」
番組スタッフAの証言
ウィリアムさんですか?
いや〜僕も何度か撮影にご一緒させてもらってますけどね、まぁ彼は凄い人ですよ。
大衆受けする綺麗な顔と均整の取れたスタイルにあの頭の良さでしょ?
あれだけ良い声で理路整然と語られたら全て信じたくなるし、実際ぐうの音も出ないほどの正論だからついつい従っちゃうますよ。
細身だけど身長あるし、特別張っているわけじゃないのに声が良く通るから舞台の上で映えるんですよね。
そういう意味でも役者にぴったりだと思います。
頭の回転も早いからその場の空気に応じて臨機応援に対応出来るし、それでいて人となりが良くてコミュニケーション能力も高いって、もう万能ですよね。
こう、人を従わせるカリスマ性があるっていうのかなぁ…役者は彼に適任だと思うけど、教え導くという意味で学校の先生とか向いてそうです。
悪い意味で言うなら詐欺師になれそうですよね、あはは。
見た目も良いし声も良いし、相手を丸め込んで説得力に満ちたことを言えば女どころか男もコロッと信じそうですよ。
僕ですか?
僕は〜…いや、ウィリアムさんがガチで勧めてくるんなら怪しい壺でも買いそう、やべ、彼が役者で良かった。
あ、これ彼には内緒にしといてくださいね。
一スタッフの僕なんか覚えてないでしょうけど彼記憶力良いんで、僕のこと覚えてるでしょうから。
で、そのウィリアムさんがどうしたんです?
…あぁ、ルイスさん。
そうですね…噂では聞いてたんですけど、事実だったのかと驚きましたよ、それはもう。
役者を集めてみんなで得意料理を披露しよう、なんて企画、どうしたって役者人気頼りじゃないですか。
ウィリアムさんにオファーした理由だって、舞台以外で見せる彼の素顔を出せば話題になると思ったから一択です。
料理男子、流行ってるでしょ?
今の時代は男女関係なく料理の一つや二つ出来た方が良いもんなんです。
ウィリアムさんが料理できるかどうかは知りませんでしたけど、出来ないなら出来ないで適当なレシピ渡すんでそれ作ってもらえれば十分、くらいの認識でしたよ。
ヤラセ?そんなもん編集次第でいくらでも変わるんです。
でもウィリアムさんはこういうバラエティ企画に興味ないみたいで、今までに出たことないからオファー出すだけ無駄かとは思いつつ、やっぱり彼のネームバリューは惜しくてダメ元でオファーしたんですよ。
そしたらなんと一発OK!
今人気の舞台俳優の料理姿、なんて字面だけでもう話題になること確定なんですから、そりゃもう嬉しかったですよ。
事務所とウィリアムさんの気が変わらないうちにすぐ打ち合わせすれば、そこでのウィリアムさんが「オムレツが得意です」なんて言うから、てっきり日頃から料理するもんだと思って安心したんです。
オムレツなんてシンプルな料理、作る人の腕が全ての味を決めるようなもんですもんね。
それを得意だって言うんだから相当料理上手なんだと思うのが自然でしょ。
作り慣れてるなら面倒なハプニングもないしスムーズに進むだろうから、他の役者とのやりとりにもっと時間割いても良いかな、くらいまで考えてましたよ。
何せファンは料理姿だけじゃなく、役者同士のプライベートな関わりを見たいんですからね。
需要には応えるのが僕達の仕事なんで、こっちはそのつもりで企画進めていました。
それで撮影当日、役者達がそれぞれエプロン姿で集まったときには妙に華やかで眩しかったですね。
この姿を写真に撮るだけでも十分売れる自信があったんで、配信用の動画撮影とは別に急遽雑誌掲載のページをもぎ取るよう部下に指示出したくらいです。
ウィリアムさんがトップバッターだったのは、今回の企画の中で一番名前が売れてて今日の目玉だったからですよ。
トップにするかラストにするかはうちでも揉めたんですけど、結局トップで料理姿を見せてラストで食べる様子を見せれば良いという結論になったんです。
で、ウィリアムさんが材料紹介するじゃないですか。
卵、塩、胡椒、オリーブオイル、バター…オムレツに必要なシンプルな材料を紹介していくまでは打ち合わせ通りでした。
予定ではこのまま作り始めるはずだったんです。
なのに彼ときたら、「このオムレツ作りに一番重要なポイントはルイスです」と突然ルイスさん…そう、ウィリアムさんの弟のルイスさん、彼を連れてきたんですよね…
いやルイスさんが誰か知らないわけじゃないです。
実力も人気もある役者だということは重々承知かつウィリアムさんの実の弟であることも知ってます。
というか知らない人いないでしょ、実際。
ウィリアムさんって結構なブラコ…いえ、弟さんがすきだと聞いてはいましたから。
でもまさか、撮影に飛び込みで弟を連れてくるほど溺愛してるとは想像してませんでした。
ウィリアムさんと揃いのエプロンを付けて「頑張ります」と張り切るルイスさんはまぁ〜なんとも綺麗な顔をしていて、噂に聞いていた通り、目立つはずの頬の傷跡がその格好良さを引き立ていて儚げな印象がありましたね。
で、戸惑う僕らに気付いているのかいないのか、いやウィリアムさんのことだから絶対気付いていたはずなんですけどね、とにかく何のフォローもせずマイペースに予定通りオムレツを作り始めました。
ルイスさんが。
えぇ、ルイスさんが作り始めたんですよ、オムレツ。
ウィリアムさんはルイスさんの手元を見ているだけで何もしていなかったし、ただただルイスさんの手際の良さを褒めちぎっていただけでしたね…
事実、ルイスさんの料理の手際は凄かったです。
いつも作ってるんだろうなぁと思わせる動きで、これぞ料理男子という感じでしたよ。
むしろプロかと思うくらいに丁寧に卵を混ぜるし味付けは目分量だし火加減はバッチリだし。
それであっという間に完成した「ウィリアム特製オムレツ」というお題目の純度100%ルイスさんの手作りオムレツ、めちゃめちゃ美味そうでした。
出来立てのそれを集まった役者達に食べてもらったら演技抜きで食べた全員が美味しさで目を見開いては大絶賛してましたから、見た目通り相当美味しかったんでしょうね。
美味しいのは何より、僕も食べてみたかった。
でも今回の配信番組のコンセプトは料理男子で、出演者はウィリアムさんで、ウィリアムさんのメニューは「ウィリアム特製オムレツ」なんですよ。
どこにもウィリアムさんの要素がないこれをどうすべきかと考えていたら、彼ってばなんて言ったと思います?
「同じレシピでも僕が作るものとルイスが作るものでは味が違うんですよね。だからルイスがいない皆さんにこの味は出せないと思います」と料理番組にあるまじきことを言ったんです。
いやそれ、料理紹介する番組としてどうなんだっていう。
美味しそうにオムレツを食べているウィリアムさんと表情を見せないルイスさん…多分ルイスさんは喜んでたと思うんだけど、僕の目には表情変化がよく分からなかったな。
とにかく、兄弟で仲良くオムレツを試食してる姿は微笑ましかったです。
後で聞けば、オファー出した頃のウィリアムさんはあまりに忙しくて、ルイスさんの作る料理をまともに食べていなかったらしいんですよね。
でもこの撮影でなら合法的にルイスさんの作るオムレツが食べられると考えて、普段受けないはずのバラエティに富んだこの企画を引き受けてくれたらしいです。
…………
うちの企画、弟とのランチに使わないでくれます!?
あのときの彼、完全に役者じゃなくて策士でした。
とりあえずあの後で他の役者の得意料理も撮影したけど、これをどう編集すれば良いのかっていうのはうちでも大分揉めたんですよねー…
結局撮り直す余裕もなかったし、これはこれでファンも喜ぶだろうという上司の鶴の一声で、そっちサイドから指定された「これだけはやめてくれ」というコメントだけ除いて配信したのがつい先月のことです。
ちなみに削った部分は「皆さんのところにルイスはいませんから、このオムレツは食べられませんね」というファンにナチュラルマウントを取ったコメントと、オムレツを作り終えたルイスさんに「ありがとう、ルイス」と何故だかハグして頬擦りまでしていたところです。
心当たりがありますよね?
仲が…良いんだなぁ、というのは数時間の撮影で十分すぎるくらいに伝わりました。
それを隠すつもりがないことも、よーく伝わりました。
ウィリアムさんの部分だけ台本から大いに狂ったまま配信した番組は幸い炎上せず良い意味でトレンドになったので、僕達も一安心ですよ。
炎上したらどうしようとは思いましたけど、まぁあんだけデレデレな顔でルイスさん見てたら嫉妬も僻みも無意味ですよねぇ。
ありゃファンも勝てないでしょ。
いっそのこと売り方変えて兄弟仲をアピールする方針に切り替えたらどうですかね。
無理に隠すより出しちゃった方が後々楽ですよ、きっと。
同業者兼友人の俳優Sの証言
あぁ、あいつとは舞台で共演したのが知り合ったきっかけだな。
お互いそこそここの業界ではやってきてたから名前だけは知ってたけどな、共演するまで一切の関わりはなし。
で、共演したら思いのほか気が合ったからプライベートでもそれなりに仲良くしてるってわけだ。
あいつ頭良いし、話してて面白いしな。
だからリアムのプライベートに関してはそれなりに知ってる方だと思うけど、それ知ってて話を聞きたいのか?
俺に聞かなくてもあんたも知ってんだろ、あいつのブラコンっぷり。
…あぁ、あいつだけじゃなくてあいつの弟もだから、あいつらのブラコンっぷりか。
あん?兄貴もだ?
んなこと知ってるっつの、あいつら兄弟全員ヤベェのは前提だろ、今更言う必要あるか?
そうだな、最近改めて「こいつヤベェな」と思ったのは雑誌での対談のときだな。
あんたいなかったもんな、だから止めるやつがいなかったんだろ。
マネージャーなら舞台本番以外であいつを放置するんじゃねぇよ、舞台以外のリアムから目を離したらヤバいことくらい分かってんだろ。
俺が止めろ?ふざけんな、俺にあいつのブラコンが止められるんならここまで拗らせてねぇだろうが。
それで、対談した雑誌は読んだのか?
…流石にそれはチェックしてるか、そりゃそうだよな。
内容は舞台への意気込みとアプローチについてと、オフでの過ごし方とかマイブームとか、よくある当たり障りのない内容だっただろ?
問題なしで許可出したんならそのまんま発売されるんだろうな。
んじゃ俺が実際の様子を教えてやるよ。
意気込みだのアプローチの仕方だのは順調に話が進んだぜ、あいつも役者だから興味深かったよ。
俺も俄然やる気が湧いてきたしな。
問題はオフの過ごし方…そう、あんたが危惧している通りだよ。
あいつ、オフは弟を連れて出かけるなり弟と家にこもるなりしてんだな…いやそれ自体は想定内だ、驚くことでも遠い目をするでもねぇ。
ただな、具体的にどう過ごしてるのか詳細に語られたのは初めてだったんだよ。
記者も呆然としてたし、それに気を取られて俺もあいつの口を止められなかった。
リアムの最近のブーム、ルイスに服を買うことなんだって?
しかも既製品だけじゃなくオーダーメイドの。
家にテーラーを呼ぶより直接店に行った方がデートしてる気がして楽しい、とか言ってたぜ。
細かい注文つけて弟に見合うようオーダーし直したり、気が乗れば二人で揃いの服を作ることもあるらしい。
…撮影のときに着てたジャケット、弟とお揃いだって言ってたな…
何でも、今朝弟にこれを着て行ってほしいってねだられたんだと。
溺愛してる弟にそんなこと言われたらスタイリストが用意した服なんて着れねぇよな、通りで着替えがあっさり終わってると思ったぜ。
俺に限らず誰かと二人の対談のときには大抵そうねだられるってリアムは言ってたけど、それ絶対ルイスからのアピールだろ。
兄弟かつブラコンだって知れ渡ってるくせに匂わせても意味ないっつーの。
あぁ?牽制?んなわけねーだろ、初めこそ俺を警戒してたけど今のルイスは普通だぞ。
兄貴とそれ以外の「それ以外」の括りに俺はちゃんと入ってる。
で、服をオーダーした帰りには気に入ってるカフェで一緒にコーヒーとケーキを食べるのが好きだって言ってたな。
服のお礼にルイスがカフェ代を持ってくれるのは兄として複雑だけど、その気持ちが嬉しいから有り難く受け取っておくんだとさ。
しかも驚いたことに、リアムはコーヒーあんま好きじゃないらしい。
缶コーヒーとか差し入れのコーヒーとかよく飲んでたはずなんだが、あれは紅茶の代替品として飲んでるって言うから驚いたぜ。
そんなに紅茶が好きなのかを聞いてみたら、「紅茶が好きというか、ルイスが淹れる紅茶が好きかな」だと。
弟の淹れた紅茶じゃなけりゃ何でも一緒だからこだわりはないっつーから怖いよな…
あいつが現場に持ってきてたタンブラーの中身は弟が淹れた紅茶だってあっさり分かったけど、何も嬉しくはなかった。
…あぁ、話が逸れたな。
そうそう、その気に入ってるっつーカフェで飲むのはコーヒーらしいんだが、リアムじゃなくてルイスがそこのコーヒーを気に入ってるそうだ。
ルイスも家で飲むほどコーヒーが好きなわけでもないけど、飲むならその店のコーヒーを気に入ってるから連れてきてあげるのがオフのブームだっつってた。
リアムの気に入ってる店にルイスを連れてってるんじゃなくて、ルイスの気に入ってる店にリアムが連れて行ってると聞いたときには普通に引いたよ。
美味しいケーキを食べて美味しいコーヒーを飲んでほっこりしてる弟を見てると癒されるって言ってたけど、服を買い与えてることを考えると、あいつ案外尽くすタイプなんだな。
コーヒー飲んだ後は兄貴、あぁアルバートさんな、そいつと合流して三人で映画観てからスーパー寄って夕食の材料揃えて家で一緒に作ったんだと。
普段外食が多いからオフくらいは手料理を食いたいっつってたよ。
誰の手料理かは聞いてないけど、どう考えてもルイスの手料理だろ。
リアムは料理しないわけじゃないけど自分のために作るほど料理好きでもないからな。
機嫌良さそうに見せてくれたぞ、その日の夕食の写真。
どこぞの小洒落た料理屋かと思うほどの品数と見栄えの良さに驚いてたら、「雑誌に載せます?良いですよ」ってリアムなりに気を利かせたこと言ったらしいけど、記者は神妙な顔して首を振ってた。
そりゃそうだよな、オフの過ごし方を聞いたのに弟とのデートの様子を取材してるだけになってたんだから。
あれどう聞いてもデートだったし、関係と年齢伏せてたら金持ちが若いツバメ囲ってるように見えてもおかしくないからな。
「ちゃんとルイスの許可も取りますよ?」じゃねぇよ、弟へのご機嫌取りよりもこの場の空気を読めっての。
大体な、兄弟だからって限度があるんだよ。
俺が兄貴にオーダーメイドで服を贈られたら寒すぎて鳥肌立つし頭痛で寝込む自信がある。
一気に語ったから紅茶についてしか突っ込めなかったけど、いやそれにしたってもっと別に突っ込むところがあったのは重々承知だ、分かってる。
でもあいつの爛々とした迫力に抗える奴はそういねぇだろ、演技と兄弟について語らせるとリアムは強い。
まぁとにかく、そのオフの過ごし方について離し終わったタイミングで「普通の兄弟はそんなオフ過ごさねぇぞ」って言ったんだよ。
多分伝わらねぇだろうなとは思ったけど言わずにはいられねぇだろ、記者も困ってたし。
そしたらあいつ、なんて言ったと思う?
「アルバート兄さんもルイスと同じように過ごしてるからこれが普通では?」とか言いやがったんだよ!
リアムが言うにはアルバートさんもルイスに何か買うのが好きだって言うから手に負えねぇ、兄貴二人揃ってルイスに貢いでやがる。
ルイスも良い大人なんだから欲しいものくらい自分で買うだろっつー俺の正論は、「僕が選んだものでルイスを囲いたい」って謎理論で論破されたからな。
もはや手に負える負えないの問題じゃねぇ、常識が違う。
リアム含めモリアーティの奴ら、兄弟に関する一般常識が通じないんだよ。
誰だよあいつらをあんなふうに育てた奴。
おいあんた、あいつらを所属させるときにもっとしっかり教育しとくべきだったろ、何でこうなるまで放置したんだ。
あ?チェックした見本はそんな内容書かれていなかった?
当たり前だろ、記者が質問に質問を重ねて極力ルイスの名前が出ない瞬間の過ごし方を切り取って文章にしたんだから。
感謝してやれ、あの人がいなかったら問題しかねぇ対談が雑誌に載ってたから。
で、その対談の後、別の現場でリアムとルイスに会ったとき、ルイスの奴なんて言ったと思う?
普通は兄貴にオーダーメイドの服を買ってもらわないし揃いの服も持たない、そもそもオフでデートじみた一日を過ごさないって言った俺に、なんて言ったと思うよ?
「…マイクロフトさんと喧嘩でもしてるんですか?」だよ!
そう言われたときの俺の気持ち分かるか!?
ルイスの中では兄貴に貢がれるのが普通で囲われるのも普通なんだよ、世の兄弟みんな同じだと思ってるんだよ。
そうじゃない兄弟は喧嘩してるんだと!
どんだけ拗らせてるんだと俺はドン引きしたよ、マジで。
そんな俺を見て何を思ったのか、他のスタッフと話してたリアムの手を引いて「兄さん、シャーロックさんとマイクロフトさんが喧嘩をしているようです。仲直りさせてあげるにはどうしたら良いでしょうか」なんて言い始めやがった。
あいつの中での俺は「兄貴と喧嘩してる可哀想な弟」になってたらしい…いやマジでふざけんな。
リアムはリアムで「そうだったのかい、シャーロック」と驚きながらも可哀想な目を向けてくるし、ルイスは「兄さんに任せればきっと仲直りできます、安心してください」と力強い目を向けてくるし、他のスタッフも変な目で俺を見てくるし、もう最悪以外に言いようがなかった。
…こう考えるとあいつらのブラコン、迷惑極まりないな。
おいあんた、あいつら三人の矯正なんとかしろ。
「証言は上がっています、アルバートさん。彼には前科しかありません。このオファーは即刻断るべきです!」
真正面に座る綺麗な翡翠色の瞳を持つ青年に向かい、モブに等しい平凡な顔をした男は強く言い放った。
オプションとして机に拳を叩きつけるというおまけ付きだ。
「ウィリアムさんに対して寝起きドッキリなんて、放送事故の予感しかしません!!」
男、いや俳優たるモリアーティ三兄弟が所属する事務所の人間たる彼はもう一度力強く言い放った。
彼はウィリアムとアルバート、ルイスを担当するマネージャーの一人である。
ことの発端はたまたま事務所に打ち合わせに来ていたアルバートが、断る予定のオファーが書かれた書類を目にしてしまったことにあった。
三兄弟の中で最も積極的に俳優として活動しているのはウィリアムだけだ。
アルバートの本業は会社をいくつも経営する実業家であり、ルイスはその補佐を主としている。
そのため二人はさほど芸能活動に意欲的ではないが、ウィリアムはモリアーティ家が担っている事業に深く関わってはいなかった。
ゆえにアルバートとルイスに来るオファーは舞台出演とそれに付随する雑誌特集くらいだが、ウィリアムは本人が興味を示したテレビ出演以外のオファーであれば受けているのだ。
テレビ出演は時間的拘束が長いことを理由に、滅多に受けることはない。
それ以外でもバラエティ的な要素が強い企画はあまり好きではないらしく、断ることが多かった。
だからこそ、この「寝起きドッキリ企画」という古今東西の誰しもが好む配信番組のオファーを断るのも予想の範疇だった。
そもそも寝起きドッキリなのだからウィリアムにオファーを説明することも出来ない。
どうせ主義に反するのだから断っても良いだろうと書類を放置していたところをアルバートに見つかり、「面白そうですね」と何故か弟へのオファーに積極的な様子にマネージャーが焦ってしまった、というわけである。
「ウィリアムの寝起きはさほど悪くないのだから問題ないのでは?ファンが望んでいるんでしょう?」
「だから、そういう問題ではないんですよ!」
寝起き云々の問題ではないのだ。
弟愛を拗らせた前科しかないウィリアムの素行が、この企画は危険なのだと主張している。
マネージャーが懇切丁寧にこの企画は炎上案件だということを説明してきたというのに、彼の兄であるアルバートは全く理解していなかった。
むしろ、ウィリアムとルイスが仲良くしていることの何が悪いのだ、と開き直りすら感じ取れてしまう。
「ではアルバートさん、お聞きしますが…ウィリアムさんは一人で寝ていますか?」
「えぇ。一人で寝ていることもあります」
「一人"で"寝ていることもある」
「はい」
マネージャーは額に手を当てて項垂れるように姿勢を崩した。
その言葉が何を意味するか分からないほど鈍くはないし、プライベートかつ兄弟なのだから自由にすれば良いと思う。
行き過ぎた兄弟愛だろうとそれを乗り越えた愛欲だろうと、法に違反する罪でないのならば他人がとやかく言えることではないのだから。
だが、それを表に出すのはやはりまずいのだ。
一部のファンがそういった姿を好むことは知っているが、今の世の中、何が原因で好印象が悪印象に転ぶか分からない。
その演技力はもちろんだが、やはり人気商売である以上は炎上してしまえば後の活動にも影響が出てしまう。
ウィリアムならばその高い実力で覆してしまうかもしれないが、事務所の運営に支障が出る可能性を考えると余計な芽は摘み取っておいた方が良い。
寝起きドッキリでウィリアムの部屋に侵入した結果、そこに全裸のウィリアムとルイスがいては炎上どころの話ではないだろう。
事実、アルバートは「ウィリアムは一人"で"寝ていることもある」とそう言った。
そうでない場合もあるのだということを想定するのは簡単で、しかもそれをアルバートが問題視していないこともよくよく分かってしまった。
だがマネージャーのそんな焦りはアルバートには響かないようで、彼は淡々とした表情で書類に目を通している。
「需要があるのならばやってみた方が良いのでは?朝の数時間で終わるのならばウィリアムも気にしないでしょう」
「だから、そういう問題ではなくて…!」
「ウィリアムとルイスの仲の良さは大抵のファンが知っているでしょう?誰も気にしないのでは」
「いや、そういう問題でもなくて…!」
「ふむ?」
書類片手に優雅に首を傾げるアルバートの顔には、心底分からない、という表情が見て取れる。
ウィリアムとルイスの仲の良い姿を見られるならきっとファンも喜ぶだろう、という謎の自信すら感じられた。
アルバートが二人を溺愛していることはこれ以上ないほどに理解していたはずだが、これはもしや…という可能性がマネージャーの頭を過ぎる。
「…もしかして、ウィリアムさんとルイスさんの仲の良さを自慢したいんですか?」
「大事にしているものを自慢したい気持ちは誰しもあるでしょう」
「……対象が人でなければ多いに理解できますが」
堂々と弟達を自慢したいとアピールしてきたアルバートに対し、マネージャーは軽い頭痛を覚えた。
どうやら彼は前科者の弟が更にその炎上案件を積んでいくことを望んでいるらしい。
二人の仲の良さが周知されれば二人に厄介なファンが付くことも減るでしょう、という声も聞こえてくる。
「そう不安にならずとも二人の関係は怪しいものではありませんよ」
「…そうは言いますがアルバートさん、ウィリアムさんの楽屋にはあなたとルイスさんの写真が多数貼られています。ウィリアムさんの携帯の待受は頻繁に変えられているようですが、そのどれもが必ずルイスさんです。いつも持っているタンブラーにはルイスさんが淹れた紅茶が入っていますし、ルイスさんの舞台が決まったとなれば稽古本番含め夜は必ず迎えに行っています。自宅での様子までは関与していませんが、怪しくないと言われても信用できません」
「今挙げた中でどこかおかしいところがありましたか?」
「分からないところがもう怪しいんです」
「ふむ…」
常識が通じない、と言ったのはウィリアムの友人かつ同業の俳優Sさんだった。
その通りだとマネージャーは思う。
モリアーティ三兄弟には兄弟に関する一般的な常識が通用しない。
弟に関して前科しかない彼への寝起きドッキリなど危険しかないのだから、なんとしてもオファーを蹴らなければならないのだ。
「…では、私が練習としてウィリアムの寝起きを撮影してきましょうか」
「え?」
「そこでの様子に事務所的な問題があればオファーを断ってください。問題がなければ受けていただけますね?」
「そ、れは…そうですね。問題がなければ断る理由はないですし」
事務所的にもファンからの要望が多いのであれば受けたいと思っていたのだ。
だが過去の経験上、炎上の可能性が非常に高いのだから断るしかないと決まっていたところのこの提案。
事前にチェック出来るのであれば助かるのは確かだった。
駄目で元々、万一問題のない寝起きであるならばオファーを受けて更なる人気アップが望めるかもしれない。
アルバートの提案にはデメリットがなかった。
マネージャーは想像していなかった選択肢を与えられ、アルバートから渡された書類を屑籠に捨てずファイルへと収めていく。
「…ではアルバートさん、チェックするので撮影をお願いできますか?」
「えぇ任せてください。ウィリアムの寝起きは問題ないですし、ルイスの寝起きも支障ないはずです」
ウィリアムの寝起きドッキリの確認であるのにルイスの名前が出てくること自体がおかしいのだが、もはや突っ込みを入れるのも野暮だろう。
マネージャーは自信を携え去っていったアルバートの背を見て、このオファーを受けるのかどうかの近い未来を想像してみる。
……駄目だろうな。
そんな予想が当たるのはこれから三日後のことだった。
(兄弟愛って何なんでしょうね、先輩)
(悟り切った顔して何言ってんだお前)
(何も分かってないのに悟り切った顔してる俺も大概ですよね…分かってるんですよ、あの三人に俺の常識が通じないことくらい。外野が何を言おうと覆ることはないことくらい)
(…あぁ、モリアーティか。お前も大変な三人を担当してるよな)
(仕事としてはこの上なくやりがいがありますよ。三人とも実力は確かですし、真面目ですし、品行方正で怪しいことにも首を突っ込まないですし、サポートする上でやりがいもあります)
(あの三人で怪しいのは兄弟仲くらいだからな)
(ねぇ先輩、兄弟ってどこまで許されるんですか?ハグとキスはありだとして、一緒に寝るのもありなんです?そのためにキングサイズ以上のベッドを買うのも常識なんですか?)
(おい待て、お前まであいつら兄弟に染まるんじゃない)