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日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第一章 朝焼け 8

2022.02.05 22:00

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第一章 朝焼け 8


 扉の向こうからは、何か騒がしい声が聞こえる。本来は隣の石田清の所に行って本日の学会のお礼を行った帰りに扉越しに聞こえる話し声がなかなか興味深い。中から聞こえるのは女性の話し声に聞こえる。それもかなり盛り上がった感じだ。

 今田陽子は、石田清の研究室のついでに少し時間を作ってもよいのではないかという気がした。いや、むしろ、この扉の向こうの女性の方が、今田にとっては有益な情報を乗っている可能性が高いのだ。「情報をとるならば、その本人の秘書や事務員をあたるべし」というのは、情報をとる場合の鉄則である。そのために今田が官房参与になってから、内閣艦艇の事務員や運転手、そして清掃員には人一倍気を使っていた。そのようなところから情報が漏れることは少なくないのである。首相官邸がそうしているからといって、石田教授の研究室が同様にガードが堅いとは限らない。

「ちょっとお邪魔してもよいかしら」

 今田は、軽くノックをすると、山崎瞳の研究室に入った。山崎瞳は、石田教授の隣でずっとメモを取っているだけのアシスタントにしか見えなかったが、大学では准教授なので、研究室が一つもらえている。もちろん石田教授の部屋の隣である。

「はい」

「ごめんなさい、廊下を歩いていたら楽しそうな話し声が聞こえたものだから」

 今田は、そのように言うと、中に入っていった。准教授の部屋は、文系の教授室だけあって、教授の机にアシスタントがいる場合には座るであろう机、そして真ん中に応接セットを兼ねた会議机、あとは本棚というような感じである。その会議机に、山崎瞳と、京都府観光産業局の町田の部下であった細川満里奈が紅茶カップをもって座っている。

「今田さん。こんな部屋に来ていただいたら、恐縮です」

「いやいや、こちらこそ、細川さんと打ち合わせ中だったかしら」

 女性二人の話であるから、打ち合わせということはないであろう。おおむね本日集まったメンバーのことを一人ずつこき下ろして噂話をしているのに違いない。男女差別的におもえるかもしれないが、女性というのは元来噂話が好きな生き物である。井戸端会議という言葉があるが、語源としては、長屋などで共同の井戸しかない時に、洗濯や炊事で女性が緯度に集まった時に街の噂や歌舞伎俳優などの話をして盛り上がっているということである。その上、女性二人でもかなりよく話すのであるが、日本語というのはよくできていて「女」という感じが三つ集まると「姦しい」という言葉になる。井戸端会議も三人集まれば通常のものよりも話題が広がるのである。

「今田さんは、女性で内閣官房参与をされているのですよね」

 細川満里奈は、勝手知った事務所なのか、室内の橋にある棚からカップを出すと、紅茶の用意をしながら今田に話しかけた。

「そうよ」

「女性なのに凄いですね」

 女性というのは、男性を前にすると急に黙ってしまう。しかし、相手が女性であると思うと、いつの間にか打ち解けて話を始めることになるのである。女性は男性に対する警戒感は強いものの、女性同士というのはあまり強い警戒感を持たなくなってしまうということの一つの表れではないか。そして打ち解ける速度は早く、そして相手の失礼なことも聞けてしまう。女性しかいないと思うと、異性関係やプライベートまで話してしまい、いつの間にか家庭環境まですべて女性の仲間の間で広まっているのは、そのような事情である。

 今回も今田陽子に、いきなり女性なのに内閣参与なんて、というようなことをいうのであるから、なかなか面白い。もちろん、今田はそのようなことを気にするような人物ではない。

「あら、男女平等だし、機会均等だから、そんなに珍しいことじゃないわよ」

「東京だとそうなんですね。京都はまだまだ」

「そうなんですよ、私だってもう准教授ではありますけど結局は石田教授のアシスタントですから」

「何言ってんのよ、私だって参与なんていう肩書かもしれないけど阿川総理のアシスタントというか、パシリって感じなのよ」

 細川と山崎の言葉に、今田はそうやって答えた。

「そうなんですか、イメージだと逆に総理を動かしているような感じですけど」

「京都の役所からはそんな風に見えるんですか?全くそんなことはないのよ」

 細川満里奈は、会議中は神妙な顔で、ずっとメモを取っているだけであったが、ここに来ると朗らかで明るく、何でもよく話す。年齢よりも少し童顔で、若く見えることもあって、職場ではかなり男性に人気があるのではないか。

「いや、私なんてあこがれてしまいますけど」

「働く場所が、いつもテレビカメラがあるという感じなだけよ。やってることなんて全く変わらないんだから」

「でも、総理の飲み会とかあるんですか」

 山崎准教授は、そんなことを聞いてきた。二人にとっては東京の首相官邸というのは、なかなか興味深い存在のようだ。

「今、酒ハラとかあるでしょ。でも官邸はまさに酒ハラそのものなのよ。その上、中にはセクハラも少なくないし、本当に困った者なんですよ。逆に京都府とか大学とかはセクハラとかパワハラとか、酒ハラとか、そんなのはあるんですか」

 今田は、隠さずにそのようなことを聞いた。ここで何らかのハラスメントがあるというはなしになれば、石田や町田にハラスメントがあるということになる。また、そこを通して徐や吉川の噂を聴くことができれば、それは、かなり有力な資料になるであろう。そしてそこから「天皇暗殺」の内容が手に入るかもしれないのだ。

「いや、さすがに石田教授はそんなことはないですよ。言い方は悪いですけど、もう枯れてるんじゃないかな」

「でも、そんなジジイが口先と手だけは元気だったりするから」

 細川は、そういった。

「京都府はそんな感じなの」

「京都ですか。役所は大丈夫なんですが、何しろ府議会議員さんとかはかなりひどいですよね。議員さんだけでは無く、皆さん自分の仕事を持っていて、社長さんであったりという感じですから、自分の思うまま何でもできてしまうというような感じなんです」

「議員さんはね、そういう人多いよね。それは国会も同じなんですよ」

「そうなんですか」

「そうよ、テレビで有名なあの議員なんて二世議員で顔もいいし、若くして大臣をやったから注目されているけど、実際は、毎日違う女を手玉に取っているとかで、影で泣いている人も少なくないのよ。」

「えーっ」

 この二世議員の女性関係の話はかなり有名なのである。しかし、内閣参与という肩書を持った今田がこのようなところで話をすると、その威力は大きい。逆に、今田はこのような話をすることで、相手の心から警戒心を取り除き、そして情報をとりやすくなるのだ。

 そのようなことを考えて、今田はハラスメントの話になると、まずはこの話をして相手の警戒心を解くようにしている。逆に言えば、今田がこの話をした相手は、今田が情報を撮る相手であると認識したということである。

 細川満里奈は、京都府職員でありながら、男好きする顔であり、その上、府議会議員などの事も詳しい。つまり、それなりの場面に出て行っているということを意味しているのである。ということは、様々な情報を持っているということになる。

 今田は、そのままこの二人との話をもう少し続けることにした。