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のらくらり。

過去に四回、ハンバーガーは作られた

2022.02.08 14:23

イライラしたときに料理をしたくなる似た者三兄弟のお話。

アルバート兄様もウィリアムもルイスも、自分よりも他の兄弟の悪口を言われた方が怒るよね。


厨房は料理長と執事長、使用人、そしてルイスだけの聖域だった。

貴族たる人間は食事の用意などしないし、その場に足を踏み入れることすらしない。

アルバートも例に違わず厨房に足を運ぶことなど皆無であったし、そもそも彼は料理の類はあまり得意でないと記憶している。

ルイスが知る限りアルバートが調理らしきことをするなど、弟達にココアエッセンスを用意するときくらいだった。

かつての住まいよりも居候をしている今の方がよほど自由に行動出来るようで、アルバートはよくルイスとウィリアムに特製のココアを作ってくれる。

だがそれ以外で彼が厨房に足を踏み入れることはなかったのに、今日のアルバートは帰宅して早々に厨房へと閉じこもってしまった。


「…兄さん、アルバート兄様はどうされたのですか?」

「さぁ…招待された社交会で思うことでもあったのかな」

「と、言いますと?」

「アルバート兄さん、随分と苛立っているようだ」


ウィリアムの言葉にルイスが覗き込んでいる扉の先へと視線をやれば、確かにアルバートは珍しく苛立っているようだった。

帰宅早々ジャックに何かを尋ねたかと思いきや厨房にこもり出した彼は、小麦粉とベーキングパウダーを秤で計測してから丁寧にふるいにかけ始めた。

そうしてごく一般的なパン生地の材料である砂糖と塩とバターミルクを加えた後、普段見せている穏やかな表情が嘘のように冷たい瞳をして生地を捏ね出したのだ。

優しくルイスの頭を撫で、甘くて美味しいココアを作ってくれるはずのアルバートの大きな手。

それなのに、今の彼ははっきりした苛立ちを込めて荒々しくパン生地を捏ねている。


「…兄様は、パンが食べたいわけではないのですか?」

「そうだろうね。多分、生地を捏ねて苛立ちを紛らわしているんだと思うよ」

「兄様が…」


少し前のアルバートは険しい顔付きで過ごすことが多かったし、それが彼の普通なのだとルイスも勘違いしていたけれど、屋敷ごと彼の家族を焼いて以降は憑き物が落ちたように穏やかに微笑むようになった。

久しく見ていない冷たい瞳と険しい表情をしたアルバートはどこか怖くて、兄ではない誰か別の貴族のように思えてしまう。

ルイスは思わずウィリアムが着ていた服の袖を握り、自分とよく似た緋色の瞳へ縋るように視線をやる。


「兄様は何を怒っているのですか?社交会で何があったのでしょうか?」

「さぁ、それは僕にも分からない。…けど、あそこまで苛立っている兄さんは僕も初めて見たね」

「…今の兄様、怖いです」

「ルイス」


アルバートは冷たい瞳のまま荒々しい手付きでパン生地を捏ね、そのまま台へと強く押し付けている。

おそらく厨房のすぐ外で弟二人が見ていることにも気付いているのだろう。

知っていて尚、彼らを気遣うよりも己の苛立ちを解消すべく無言でパン生地に感情をぶつけていた。

あまり見ていたくはないアルバートの姿がどうにも怖くて、ルイスはウィリアムの腕に顔を押し付けてから横目にパンを作る兄を見る。

兄になってからはいつだって優しい人だったのに、あんなにも怒っているなんて、一体何があったのだろうか。


「大丈夫だよ、ルイス。兄さんは苛立った気持ちのまま話さないよう、ああしてパンを作っているんだから。ルイスに酷いことを言ってしまわないようにしてくれているんだよ」

「…でも」

「八つ当たりをするような人ではないけれど、僕達のためを思って自分の気持ちを整理してくれているんだ。きっとすぐいつものアルバート兄さんに戻ってくれるよ」


ルイスはウィリアムの言葉を信じて軽く頷き、厨房で調理をするアルバートの姿を静かに見る。

この場を離れた方が良いのかもしれないが、何となく彼を一人にはしたくなかった。

ウィリアムも同じ気持ちのようで、厨房の中には入らないが扉一枚隔てたところで兄の感情を推し量る。

大抵のことは受け流してしまう、年齢の割に達観したアルバートでさえも許せないほどの何かがあったのだろう。

ルイスも戸惑っているようだから、可能であればウィリアムが手を貸してでも解決に導いてあげたいと思う。

けれど小さく聞こえてきた「人の弟に対し無礼にも程がある」という言葉で大方の察しは付いてしまった。

予想のままアルバートの真意をルイスに伝えても余計気にしてしまうだろうし、そうなるとどうするのが最善だろうか。

ウィリアムがどうするべきかと思案していると、無心にパン生地を捏ねくり回していたアルバートの手が止まる。

そうして小さい塊になるよう生地を分けていったかと思えば、オーブンにそれらをそのまま突っ込んでいく。

きっと発酵のいらない種類のパンなのだろう。

しばらく火加減を見ていたアルバートはゆっくりと振り返り、帰宅してから構っていなかった弟達へと向き直る。


「ただいま、ウィリアム、ルイス」

「…お帰りなさい、アルバート兄さん」

「お、お帰りなさい、アルバート兄様」


そういえば帰宅の挨拶を聞いていなければ出迎えの挨拶も伝えていなかった。

ウィリアムもルイスも気にしていなかったことをアルバートは気にしていたようで、その表情は冷たい目でもなければ険しい顔付きでもない、見慣れている穏やかな笑みを携えている。

ホッとしたようにルイスが頬を染めれば、怖がらせてすまなかったね、と荒々しい手付きでパン生地をいじめていたとは思えない優しい手付きで髪を撫でてくれた。




ルイスは目の前の光景に視線を向けつつ、そういえばそんなこともあったなと、黙々とパン生地を捏ねる二人の兄を静かに見ていた。

新しく建てたモリアーティ邸に移り住み、イートン校で学びを深める中でしばらくの休暇を得た兄弟は、三人だけの時間をゆっくり過ごそうと考えていた。

けれどそれが実際に叶う時間は限られており、特にモリアーティ家の実子であるアルバートとウィリアムには休暇中に済ませなければならないことが山のようにある。

その中の一つに、伯他家との交流を保つ目的での会合があった。

貴族間の付き合いも今後必要になってくると、渋々兄達が社交会へと向かって行ったのが夕方のことである。

アルバートとウィリアムとは違って養子の末弟であるルイスが招待されることはなかった。

けれど特にそれを悲しく思うでもなく介添人として付き添うつもりだったのだが、「顔を出すだけとはいえ、いつまで時間を取られるかも分からない場にルイスを一人置いてはおけない」というウィリアムの指示で留守番を命ぜられてしまったのだ。

そうしてルイスは不満げな顔を隠さず渋々一人で持ち帰った課題をこなしていたのだが、想像よりも早い時間に兄達が帰宅してくれた。

待ちかねていたとばかりにルイスは二人を出迎えたけれど、どうしてだかウィリアムもアルバートも帰宅の挨拶をそこそこに、そのままルイスの聖域である厨房へと足を運んでいったのだ。

二人はいつかのアルバートのように、何故だか揃ってパンを作り始めている。


「…あの、ウィリアム兄さん、アルバート兄様」

「ごめんねルイス。今はこれに集中させてくれるかな」

「後で構ってあげるから、今は静かにしておいで」

「はぁ…」


アルバートの物言いが完全に幼子を宥めるそれなのだが、いつものことなのでルイスも気にしない。

丁寧に計量した材料を元に作られたパン生地は二つに分けられ、ウィリアムとアルバートの手元でしっかりと捏ねられている。

その表情はあまりルイスには見せることのない無表情かつ冷淡な印象を与えるそれだ。

平たく言えば少し怖いし、事実二人は苛立っているだけでなく怒っているのだろう。

パン生地を捏ねる手付きが明らかに荒っぽく、バンッ、と大きな音がしてルイスは肩を跳ねさせたけれど、その正体はウィリアムがパン生地を作業台に叩きつけている音だった。


「……」


社交会で何があったのだろうか。

あの優しいウィリアムとアルバートがこんなにも気を乱されるなんて、よほどのことがあったに違いない。

苛立ちを隠すのではなく発散する形でコントロールするのは理に適っているのだろう。

溜め込んでしまっては自覚のないまま疲れてしまうのだ。

ルイスはそれを知っているし、けれどそれしか方法を知らないから、こんな形で発散することもあるのかと不思議な発見をした気分だった。

万一にでもルイスに八つ当たりをしないためなのか、それとも抑え込んでおくにはあまりに不快な思いを抱えているのか。

ルイスは厨房の隅にわざわざ椅子を持ち込んできては、真剣な様子でひたすらにパンを捏ねる兄達を見ていた。


「…本当に、知ったような口を聞いてくれたものです、ね」

「あぁ、全くだ。噂好きも、大概にしてほしいな」

「兄さん、あの家はいつも、ああなので?」

「大抵は、な。だが今回は、特に酷かったように思う」

「そう、ですか」


アルバート一人だった頃とは違って二人いるせいか、生地をいじめている兄達はルイスには分からない会話を続けている。

力を込めて捏ねくり回しているせいで途切れ途切れになる言葉にも侮蔑の色が見えており、ルイスの気持ちはどこか落ち着かない。

大切な兄達の機嫌が損なわれているのなら一刻も早く助けてあげたいのだが、少なくともこのパン作りが終わるまでは手出しが出来ないだろう。

声を掛ければきっと静かにしているよう注意されるのは先程の様子からも明らかだ。

ゆえにルイスは椅子に座って大人しくウィリアムとアルバートを見る。

彼らがひたすらに捏ねて随分と滑らかになった生地は、強火でしっかりと焼き上げればさぞ弾力のある美味しいパンになるはずだ。

夜食にでもするのだろうかとルイスが考えていると、二人は十数分もの時間を使って思いのままに生地を捏ねくり回して、ようやく満足したらしい。

完成した生地を小さく丸めて鉄板の上に置き、そのまま温めておいたオーブンへと投入した。


「ふぅ。お待たせ、ルイス」

「帰宅早々すまなかったね」

「あ、いえ…お疲れ様です、ウィリアム兄さんアルバート兄様」


晴れやかな顔で額に掛かる髪と汗を腕で払いのけたウィリアムと、一息ついたように笑みを深めて捲っていた袖を下ろすアルバート。

すっきりした表情はいかにも満足げで、ルイスは安心したように二人の名前を呼んだ。

オーブンの中では白い生地が段々と膨らんでいく。


「一体何があったのですか?帰ってすぐにパンを作られるなんて」

「色々あってね。焼き上がったら三人で食べよう」

「それは構いませんが…どうしてパンを作ったので?」

「大した理由ではないよ。ルイスは気にしなくて良い」


大した理由もなくパンを作るはずないだろうに。

そう思ったけれど、二人の表情はこれ以上ルイスが何を聞いても答える気のない曖昧な笑みを浮かべている。

今はもう大分落ち着いたようだし、それならば掘り返すようなことをするのも気を悪くさせてしまうだけだろう。

ルイスが口を閉ざすと、同時にゆっくり漂ってきた香ばしい匂いに鼻が鳴る。

どちらの兄もいないからと夕食を疎かにしていた胃からは、きゅう、と控えめだけれどしっかりした音が聞こえてきた。




ギィッ、バタンッ、ドサッ。

保管庫の扉を開けて、閉めて、取り出したものを作業台に乗せる音。

静かな空間に響いたその音はルイスの耳にも届いており、普段よりも大きな音になったことを一瞬だけ後悔したけれど、今はそれどころではない。

まだ使用してからさほど年数は経っていないのに妙に大きな音が鳴ったのだから、もしかすると保管庫の扉の立て付けが悪いのかもしれない。

ルイスは自分が力任せに扉を開け放ったことを棚に上げて、保管庫の寿命を憂いていた。

新しいものを買う予定はないからもうしばらく頑張ってもらおう、と考えながらも、その手は取り出したブロック肉に塩をまぶしている。

そうして取り出したのは愛用の包丁である。

毎日のように研いでいるから切れ味は抜群のはずだ。

だが念には念を入れて、ルイスは砥石を取り出しては肉の隣で包丁を研ぎ出した。


「……」


しょり、しょり、しょり、と研がれていく音が響く。

ルイスは至極丁寧に研いだ包丁の刃先を見つめ、納得したように頷いてから生肉の塊を見た。

真っ赤で適度に脂が乗っている新鮮なそれは、厚めに切ってステーキとして出す予定だったものだ。

そのために先程まで付け合わせの芋と玉ねぎを買いに行き、ソースにはウィリアムが気に入っていたレモンをメインにした口当たりの良いものを作るはずだった。

けれどその予定は今のルイスの気持ちゆえに消えていく。

よく研がれて切れ味の良い包丁を手に、ルイスは一思いに肉へとそれを振り下ろした。


「っ!」


ざっくりとスライスされていく肉を今度は細切りにし、続けて細切れになるよう荒々しく包丁を動かしていく。

力を込めて肉を切り分けていたはずのルイスは適度に小さくなったそれを見て、今度は感情の赴くままに何度も何度も包丁を振りかざした。

ダンッダンッ、ガンッ。

塊だったはずの肉が次第に小さくなり、このままミンチになるのだろうかというほどに細かくなった。

かなりの力作業かつ手間のかかる行動だというのにルイスは苦もなくやってのけ、溢れ出る負のオーラに身を任せてひたすらに包丁を振り下ろす。

まるで苛立った感情を発散するかの如く包丁を使いこなし、肉を叩き切り、聞こえてくる音にほんの少しだけ気を紛らわせた。


「っ… はぁ、はぁ」


愛用している包丁で時間をかけて肉を叩き切った結果、粗微塵くらいのミンチにするつもりだった肉はそれはもう滑らかなミンチになってしまった。

辺りには肉の破片が飛び散っており、掃除が面倒だなと思う。

けれど掃除よりも大事なものがあるのだと、ルイスは立派なミンチになったそれをさらに叩き潰すように包丁を振り落としては歯を食いしばる。

このままではミンチ肉どころかペースト肉になりそうだが、どうせステーキにはならないのだからもはや何でも良かった。


「…ルイス?どうしたんだい?」

「に、兄さん!」

「これはまた凄い惨状だね」

「兄様!」


あからさまに「しまった」と表情を変えるルイスの様子を気にしつつ、ウィリアムとアルバートは末弟がこもっていた厨房を見て驚いたように周囲を見渡した。

普段のルイスは生来の気質に加え、アルバートの潔癖さを真似したように綺麗好きだ。

調理中も極力周囲を汚さないよう意識しているというのに、今の厨房は肉の破片が大胆にも飛び散っている。

しかも当の本人はそれを気にするよりもまず肉を叩き切ることに集中していたらしい。

一体どうしたのだろうかと、ウィリアムは躊躇することなくルイスの元へと足を運んだ。


「凄い音が聞こえたから来てみたんだけど、君にしては珍しく荒っぽい調理の仕方だね?」

「…す、すみません」

「一体どうしたんだい?ルイスらしくもない」

「……そ、れは…」


包丁を握りしめて赤くなったルイスの指をほぐすように優しく触れたウィリアムは、手に肉のかけらが付くことを厭う様子もなかった。

それどころか、潔癖なはずのアルバートでさえも周囲に散った肉を拭うように手に取り流し台へと捨てている。

まさかもう帰ってくるとは思っていなかった。

今日は二人とも遅くに帰ってくると言っていたし、今はまだせいぜい夜が始まったばかりの時間だろう。

ルイスが買い物から帰宅したのは日が暮れる前だったから、そんなにも時間が経っていたことには驚くけれど。

包丁を使っている音を聞かれていたのなら、ルイスが手荒く肉を切っていたことは知られているはずだ。

どう誤魔化したところで聡い兄を納得させることは出来ないし、それが出来た試しすらもない。

ルイスは俯いたまま視線を彷徨わせ、数時間前に聞いたことを思い出す。

そうしてやっぱり、悔しさのあまり視界に幕が張るような感覚を覚えた。


「…ルイス?」

「ゆっくりで良い。話してごらん」

「……」


ルイスの世界はウィリアムとアルバートで作られている。

この二人がいなければ今のルイスは存在しない。

ウィリアムに守られ生きてきて、アルバートのおかげで命を助けてもらった。

この二人以外にルイスを愛してくれた人はいなかったから、同じだけの愛を返したいと思うほどには、二人のことを特別に想っている。

優しくて、気高くて、眩しくて、とても正しく立派な精神を持つ、ルイスにとって神様みたいな人達だ。

ルイスはそんな二人のことがだいすきで、彼らのことを嫌っている人間など信じられないとすら思っている。

世界の誰もがウィリアムとアルバートのことをすきになって当然だと、盲目的にそう思うのだ。


「…僕、兄さんと兄様のことを、悪く言われるのは、嫌です」


歪んだ視界のまま、ルイスは兄を見ずに絞り出すように声を出す。

街へ買い出しに行ったときに聞いた、ルイス自慢の兄達への謂れなき誹謗と中傷。

それが妬みや嫉みから来るものだと理解しているし、ルイスだって陰で悪意ある己の噂話を聞いたことがある。

けれど兄達のものを聞いたのは今日が初めてで、それがどうしようもなく悔しくて悲しかったのだ。

そんな酷い人達じゃないのに、誰より優しくて真っ直ぐな人達なのに、それを知ろうともしない愚かな人間に何を言えるはずもなく、ルイスは腹が立つ気持ちのまま帰宅した。

身を焼かれてしまいそうな醜い負の感情に振り回されるのは御免だったが、けれどそのままにしておいても一向に鎮まる気配がない。

どうしよう、と考えた結果、以前苛立っていた兄達が発散のためにパン生地を捏ねくり回していたことを思い出したのだ。


「兄さんも兄様も凄い人なのに、素晴らしい人なのに、何も知らない人間が悪く言うなんて、僕は絶対許せないんです」


悔しくて悲しくて、けれど二人の迷惑になることを考えると怒ることも否定することも出来なかった。

燻った感情をどうしようかと考えた結果、料理をしようと考えたのだ。

パンではなく生肉を選んだのは、包丁含めナイフの扱いに長けていたから選んだだけのこと。

切り落とす感触が割合好みで、ルイスの気持ちを鎮めてくれたのは不幸中の幸いだった。

ゆえに顔も忘れた市民による中傷を払うため、ルイスは無心になって生肉をミンチにしていたのだ。

多少限度を忘れて激しく包丁を振りかざした結果、想像以上に良いミンチ肉が出来てしまった。

しかしそんな過激な弟の様子を恐れるでもなく注意するでもなく、ウィリアムとアルバートは兄思いの姿を見ては胸を打たれる。


「ありがとう、ルイス。僕達のために怒ってくれたんだね」

「…でも何も言えなかったんです。お二人の迷惑になると思って、聞こえていないふりをして帰ってきてしまった」

「それで構わない。ルイスが私達を思って怒ってくれていることが嬉しいんだ」

「…アルバート兄様」


肉のかけらに塗れたルイスの手を布巾で拭い、ウィリアムは優しくその手を取った。

自分のことで感情を揺らがせるルイスはとても可愛いと思う。

ルイス自身が悪く言われたときは麻痺してしまったように何も思わず表情すら変えなかったというのに、ウィリアムとアルバートを悪く言われたときはこんなにも悲しそうな顔をして、それを忘れようと懸命に己を律しているのだ。

これを可愛く思わない兄はいないだろう。

ウィリアムとしてはもっとルイス自身のことに敏感になってほしいものだが、代わりに自分がルイスに関して意識を向けていれば良い。

何も言わないウィリアムの考えに同調するかのように、アルバートも小さく頷いていた。


「気持ちはすっきりしたかい?」

「…少しだけ」

「それは良かった。では兄思いの弟を抱きしめたい私の気持ちを汲んで、身支度を整えてもらえるかな」

「!今すぐに!」


ルイスはアルバートの言葉を聞いて慌てて手を洗い、身につけていたエプロンを外していそいそと髪の毛を整える。

鏡はないけど大丈夫だろうかと二人を見れば合格だったようで、そのままアルバートだけでなくウィリアムにも抱きしめられてしまった。




(それにしても、苛立った気持ちを無くすためにこんなに細かく肉を切るだなんて、ルイスも中々凄いね)

(肉を切る感触は想像以上に気持ち良かったです。パン生地を捏ねるより僕に向いている気がします)

(見事なミンチだね。いつか私達が揃ってイラついたときにはパンとミンチを使ってハンバーガーでも作ろうか)

(なるほど。良い案ですね、兄さん)

(僕も賛成です。ひとまず今日はハンバーグを作りますね。美味しいミンチになったと思うので、きっとハンバーグも美味しく出来るはずです)