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20代の学び期間について👼

2022.02.11 04:16

Twitterに投稿いたしましたが、まとめて、こちらにも置いておきます。

私がどう言った人生を歩んできたか、良かったら、ご一読くださいませ。

※とても長い文章でございます。

しんどくなったら、途中でやめてくださいね!



概要

20代の私と申しますと、いわば、ネガティブ思考、自己肯定感の低い人、周りの目を常に気にする他人軸を持っている、ネガティブ、人間不信の塊でございました。転職も幾度となく経験し、正社員、派遣社員、長期/短期アルバイト、単発バイトをほぼ全てを経験しております。また、20代前半に、鬱病と診断され、その後、双極性障害へと診断名が変わり、現在、症状は改善し、落ち着いておりますが、通院は継続しております。

詳しくは後述いたしますが、29歳の時に大きく体調を崩し、精神病棟に入院も経験いたしました。


とにかく、学びが詰まった、濃い、とても、濃ゆい20代だったように思います!

そこが、いかに今のスーパーポジティブ思考のハルに生まれ変わったか、こちらは別記事で記載して参ります。

暗い表現もございますので、ご注意いただき、読み進めていただけますと幸いです。



学び体験①

◎どうして、私はこんなに不幸なのか◎

こちらは今の自分から程遠い、思考にございますが、20代のうちは、根底に常にこの言葉がございました。

10代のいじめられた経験より、人間不振、男性不振に陥っており、人が信頼は疎か、信用すらできない。

詳しく言いますと、友達と3人で帰宅中、1人先に離れます。

その後の友達2人は、私の悪口を言っている。決してそんなことはないのですが、そう言った思考の基にございました。

ポジティブって何?!前向き?人を信頼する?自分を愛する?全てのことがはてなマーク。前向きに生きる方法が全くわからず苦しんでおりました。



学び体験②

◎憧れと現実の差、孤独の日々◎

専門学校でブライダルを専攻し、憧れ、いずれはコーディネーターとして働くんだ!そう夢を持ち、入学した専門学校でしたが、今では考えられない人見知りを発動し、友達0人生活のスタートです。

何とか出来た友達も先述の通り、信頼などできず、常に孤独でした。

孤独の中で、不登校になった時期もございます。

学校に泣きながら登校したこともございます。

自己肯定感が低く、不信感に包まれていた私は、学校に行くことすらおっくうになり、逃避を始めます。それが不登校です。

行きたいけど、ベッドから起き上がれない。

そんな日々が続きます。


そんな中、母親の[不登校でも、辞めずにいるってことは、本当は行きたいんじゃないの?ここで踏ん張らないと後悔するんじゃない?]の一言、そして、専門学校の先生のご尽力もあり、何とか卒業を果たせたのです。



学び体験③

◎ 私は適応障害だ、どんな仕事もこなせない!自信てどうやってつけるもの?◎

新卒で、憧れのブライダル業界に就職できました!アルバイトはしていたものの、初めての本格的な接客業、右も左もわからないまま、また、人見知りも治らないまま、何でこの仕事を選んだのか自問自答する日々。


職場の人間関係も悩み、負の連鎖でございました。

ちなみに誤解ないようにお伝えいたしますが、この時の専門学校の同級生、職場の先輩方は、特に悪いことはしておりません。

全て、私の被害妄想にございます。

でも、その被害妄想が激しく、自分を苦しめておりました。


何とかお客様と話せるようになり、職場の先輩方、同期とも、普通に接することはできておりました。

順調にお客様も担当するようになり、お礼をいただくこともあり、少し、自己肯定感も上がったように思います。

が!またしても苦しみが襲います。



学び体験④

◎先輩や店長との意見の食い違い、うつの診断◎

仕事をしていくにあたり、自信はついていきましたが、ここでまた、試練が訪れます。

少しの意見の食い違いから、溝が大きくなり←私主観です。


やはり、人は信頼できない信号発令です。

それと共に、また、仕事に行くことがおっくうになり、休みがち、自分を責め、専門学校の先生に相談し、紹介を元に、心療内科の受診、うつ病と診断されたのでした。

その頃は、私はうつではないか?と自分でも、感じることが多くなっており、診断がついて、ホッとする自分もいたのです。メンタル疾患のスタートです。



学び体験⑤

◎初めての転職、順調な日々◎

今まで基本、暗黒な部分を綴って参りましたが、24.25歳くらいでしょうか、少し光が差し込みます。

ブライダル業界でも、結婚、婚約指輪の販売のオープニングメンバーとして、採用された会社で、順風満帆な日々を送ります。

同期に恵まれ、環境に恵まれ、人間不信、自己肯定感の低さは治ってなかったものの、楽しく仕事に邁進することも出来ました!

ハルさんから買いたい!と言っていただけるお客様も出来、お渡しの際のアフタートークもとても楽しく、また、同期とも食事会やお買い物、仲良く楽しく過ごさせていただきました!


しかしながら、また転機が訪れます。

それは日々の中で、このままでいいのかという自問自答です。

確かに、環境、人に恵まれ、毎日楽しい、しかしながら、オープニングということもあり、お客様はまだ数少なく、世間話を重なる日々、やりがい、仕事への向き合い方に疑問が生じてきたのです。


そこで、転職を考えます!

また、ドレスコーディネーターに戻ろう!あ!初めのブライダルは、ドレスコーディネーターでした💡

そして、転職活動に励み、転職に成功したのです!が!ここから、第二次暗黒期、学びの期間がやって参りました。


転職がきっかけでした。


学び⑥

◎第二次暗黒期突入…仕事が続かない!!◎

転職をきっかけにドレスコーディネーターに戻ったわけですが、こちらは規律、人間関係が厳しい職場であり、早々に退職してしまいます。

長くなるので、詳しくは書きませんが、こちらもまた休みがちになり、多大ならご迷惑をおかけしたのです。

その後、アルバイトを得て、派遣社員になり、事務職、テレアポをメインに仕事に励みます。が!いずれも長く続きません。と、いうのも、順調だ!と思った瞬間に、体が動かない→アクシデントが起きる→人間不信になる→休みがちになる→自分に自信がなくなる、仕事が辞めたくなる→辞める。

こちらの負のループに陥ってしまったのです。


どこにいけど、最初は順調、しかし、必ずいい調子、このまま働こう!そう思った瞬間に負のループ。

その繰り返しで、メンタルもボロボロ。万を辞して、接客業に復帰するも、いじめに遭い、自分にも負があったものの、耐えられず、辞める。心身共に限界でした。


学び⑦

◎29歳でついに精神病棟、しかも閉鎖病棟へ入院です◎

きっかけは、何気ないことでした。

その頃の私は、仕事にも就かず、親の援助で何とか暮らしており、まさに人生のどん底です。が!後々考えると、どん底に落ちてみたいと自ら思ったことを引き寄せただけでした🙇‍♀️それはまたの機会に…!


話を戻しますと、どん底の私は、自己肯定感もだいぶ低く、働くことに意味が見出せず、できるならもう人と関わらず、仕事もせず、家にこもりたい。言わば、引きこもり願望が出ておりました。

盲腸で入院したきっかけから、これが、地元の病院だったらなぁ…なんて考えたり、そんなある日、ついに幻聴が!


その幻聴、今となっては、本当に不思議な体験ではございましたが、頭の中に3人いらして、若い女性、中年、時に若い男性、おじちゃん、なんといずれも刑事さん!そうです!何と私は、何もしていないにも関わらず、犯罪者の気持ちになっており、刑事さんがやってきたのです!※言わば妄想です


しかし、妄想といえど、その時の私には、現実なのです。

私は犯罪を犯してしまった、このまま家に居たら何を仕出かすかわからない、ならば刑務所に入った方が…と、普通では考えられない思考に陥りました※実際に犯罪は犯しておりません。思考です。


そして、私はなんと!交番に行きます。そこで、誰かに尾行されている、私は犯罪を犯したかもしれない、等、来た理由を話します。

しかしながら、実際に犯罪を犯しているわけではなく…の、中で、なんと運が良く、若い警官の方が、精神病ということに気づいてくださいました!本当に感謝😭


話飛ばしますが、あれよあれよという間に実家に連れて帰られ、なんと、先述した、地元の病院に、入院することになったのです!


入院に話は戻りますが、閉鎖病棟に3ヶ月、解放病棟に2ヶ月、合計5ヶ月間の入院にございました。

初めは、鍵のかかった、ベッドとキャスターの部屋に入れられ、また、それまでも、ずっと幻聴という名の頭のお喋りは止まりません。

時に過激な言葉で私を攻撃してきます。


しかしながら、私は周りに迷惑がかかり、実は幻聴のことはずっと隠しておりました。

喋ったら被害が出ると感じていたからにございます。

話すきっかけをくださったのは、ある人との出会いからです。


その方は、不思議な体験をされており、今まで何度もスピリチュアルな体験に救われたと教えてくださいました。

また、導かれるように、私の部屋にやって来てくださったのです。※この頃は症状落ち着き、大部屋にうつっております。


毎晩、消灯まで色々なお話をいたしました。不思議な話ばかりでしたが、今思うと、神様からいただいた、魂のサポーターに思います。

また、その方との出逢い以外にも、様々な不思議体験もございました。


今考えると、閉鎖病棟での出来事は、魂の浄化作業にあったように思います。

常に頭の中でのお喋りも続いており、一考えたことに十攻撃が返ってくるという、圧倒的な強さで、幻聴は攻撃をしてきました。が!事態は一転するのです。


とある瞬間、あ!看護師さんに喋ってみよう、この人ならと話を聞いてくれるかも!そう思い立ち、ついに、幻聴の話を看護師さんにすることが出来ました。

そこから、先生へと伝わり、ようやく私の反撃がはじまりました!!


そこから、解放病棟に移動もでき、あんなに遠かったコンビニに、やっと自由に行けるようになりました。※閉鎖病棟は常に外に出ることはできないのです。病棟内で、ずっと過ごします。


自由って素晴らしい!!なんて素敵なことなんだ!そう感じました☺️✨そこから事態は好転し、あれよあれよという間に、退院へ。

実家での療養期間に入ります。



学び⑧

◎初めて沸いた、仕事したい願望!暗黒期からの脱出へ◎

実家での療養期間が進むにつれ、自立したい!一人暮らししたい!との願望がでて参りました。

退院、約半年後のことでございます。

両親、主治医の許可を得て、晴れて一人暮らしが始まりました。その時点ではまだ親の援助をもらってます。


そして、一人暮らしを始めて一ヶ月。仕事をしていないことが無償に恥ずかしく、ダメな事に思えてきたのです。

むしろ、働きたいと!あんなに嫌だったのに、180度の変化です!!早速主治医に伝えます。初めは難色を示されたものの、説得をし、そこならばとアルバイト先に納得いただけ、復職いたしました。


アルバイトを通じて、また人との関わりが再開されました。

幸いにも、暖かい環境に恵まれ、また、以外にも仕事が出来!笑 接客も楽しく仕事に励みました。

そして、アルバイトを始めて一年経った頃、もっと人と接したい!もっと働きたい!正社員になりたい!そんな願望が出てきたのです!


そして、田舎から都市部へ。

今の会社に拾っていただき、販売員として経験を積んだのち、店長へ昇格させていただきました。

そして、今につながります。今は仕事がとても楽しく、一時モチベーションの低下もございましたが、新たなる目標を見つけ、やりがいを持って仕事に励んでおります。


と、長々と語って参りましたが、こちらが、私の暗黒期…いや、学びの全てにございます。

なぜ、ここまで語るかといいますと、やはり、こんな人でも今は前向きに生きてるよという、世の中へのメッセージにございます。


途中、過激な表現もあり、しんどい中読み進めていただいたことと思います。


最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。最大限の感謝を申し上げます✨


人の人生は様々です。

学びの方法、機会も様々です。

でも、やはりトンネルの出口は必ずどんな人にも、状況が好転する機会はございます。

希望を捨てずにいてください。

それが私が一番お伝えしたいことにございます。


以上、長々と読んでいただき、ありがとうございました!!