第一章 桜花月団開花物語 五話
🌸紅い月 運命🌸
レミリア「あなたが私と勝負をするの? 殺してしまわないか心配だわ」
怪しく微笑むレミリア。紅い月が反射し、その八重歯に妖美な輝きをもたらす。
しかし美月は臆しない。里舞さんに頼まれたんだからしっかりやらなくちゃ、と呟いて頬を軽く叩き、レミリアに向き直った。
美月「心配かけないように頑張ります!」
レミリア「じゃあ死なない程度に殺せばいいのね?」
美月「それって矛盾しているのでは……」
レミリア「ふん。細かいことはいいのよ。こっちから行くわよっ!」
先ほどの言動は威嚇に似たもので、それが美月に通じなかったことが悔しかったともとれる。だがその幼さは決して弱さではない。
空中にいたレミリアは一瞬で美月の目の前に現れ、グングニルを使い打撃を与えた。美月はこの攻撃を自身の弓で防ぐが、レミリアが美月を突き上げたので少し浮いてしまう。
レミリア「しっかり踏ん張ってなさいよ!」
レミリアが少し離れて、浮いている美月に向かって一つの赤い中弾を放った。
美月「それはさすがに……いけますよっ!」
矢を弾幕のど真ん中に命中させ、弾幕を破裂させる。
レミリア「それぐらいはやるようね。じゃ、真面目に戦いましょうか」
翼を一回、大きく羽ばたかせた後に少し浮上し、口角を上げたレミリアはこう唱えた。
レミリア「【天罰 スターオブダビデ】」
次の瞬間には青色のレーザーが張り巡らされ、大弾や中弾も同時に放出される。
美月「うわっ、と……」
美月は高く跳びながら、弾幕を避けていった。
レミリア「へぇ……素の状態でそこまで跳べる人間は見たことがなかったわね。いい経験だわ」
小さく笑みを溢しながら再度唱えるレミリア。
レミリア「【冥符 紅色の冥界】」
美月「【月符 月の好転】!」
上空から降り注ぐ赤い米弾を避けながら、レミリアの弾幕を爆破していく。
レミリア「ふふ……そろそろキツくなってきたかしら?」
美月「いや、まだまだですっ!」
美月が高く飛んで、レミリアの近くの魔法陣に向けて光る矢を放った。
美月「【月符 月の好転】!」
レミリア「っ、本当に脳ある鷹は爪を隠してるのね」
さすがに能ある鷹は尻尾隠さず、の失言は反省したらしい。近くの魔法陣が全て壊れ、レミリアも地上に落とされた。
レミリア「じゃあ……これはどうかしら!」
レミリアは瞬時に美月の前から姿を消した。
美月「レミリアさん!? い"ったぁ!」
身構えたが間に合わず、軽い打撃を腕にくらってしまう。
レミリア「お次はこれね。【紅符 スカーレットシュート】」
レミリアと美月が接近しているタイミングで、赤い中弾と大弾を美月に直撃させる。
美月「うわぁっ!?」
レミリア「……っと。これでどうかしら?」
美月「っげほ……ま、まだまだ! 【月符 月の好転】!」
美月は先ほどの弾幕で起こった砂煙の中から飛び出し、空中に残っている弾幕に向かってスペルを放つ。弾幕の爆発と一緒にレミリアさんもダメージを負ってくれたらいいな、という算段らしいが、さすがにレミリアはそれに気づいたようで自身の弾幕から少し距離をとる。
レミリア「ふぅん……そこそこやるようね。スペルカードが一種類の状態でもそこまで美しく魅せられるとは」
まぁ思考は見え見えだけどね、と付け加えてからニヤリと笑うレミリア。カリスマ性が窺える。
レミリア「【紅符 スカーレットシュート】」
上空から美月を見下ろしたまま、手を前に出して弾幕を放出した。その弾幕は周りに中弾をばら撒きながら、相手の足元に向かって一直線に飛んでいく。
美月「うわっ!?」
美月を巻き込んで辺りが砂煙に包まれた。
レミリア「真っ正面から飛んできたら、後ろに下がればいいのよ」
やっぱり初心者にはキツかったかしらね、と言いながらゆっくりと地上に降りたレミリアは、倒れてしまったであろう美月を助けるために砂煙に向かって優雅に歩いていく。少し時間が経ち、砂煙がだんだん晴れていった……。
レミリア「……っ!?」
レミリアが一番最初に見たもの。それは美月ではなく、魔力が込められた矢。
美月「【月符 月の好転】!」
レミリア「なっ!?」
美月の弾幕に直撃し、一時的に動きが止まるレミリア。血が出たときには特有の回復能力で復活するのが吸血鬼だ。
それは吸血鬼にとっては当たり前のこと。普段から血を飲む種族にとっては至極当然のこと。
しかし美月にとって、血とは非日常のことだった。美月の脳裏に、瞬間的ではあったがその紅い血が飛び散るシーンが焼き付く。
美月「……あ」
レミリア「っふふ、まさか私に攻撃を当てるとは思わなかったわ。砂煙を使った戦い方……頭を使ったわね」
少し離れて優美に笑うレミリア。
美月は心ここにあらず、といったようにレミリアのすでに治った部分を見つめている。
美月「……血」
レミリアはそれに気づかない。
レミリア「でも私のほうが……!」
再び美月の目の前に勢いよく飛んでいき、とどめを刺そうとしたその瞬間。
レミリア「……っ!?」
どこからか湧いてくる強大な魔力に反応して動きが止まった。
ハッと物思いから返りレミリアの異変に気づいた美月は、戦闘中なのにも関わらず駆け寄ろうとした。だがその美月も強大な魔力に体が強張ってしまう。あれは、里舞のいた方向だ。
美月「こ、これ……なんですか……?」
レミリア「分からない……分からないけど……」
レミリアが美月に向かって手を伸ばす。
レミリア「これで終わりにしましょう」
美月「あっ……」
美月の目の前に赤い弾幕が現れた。
美月「ぐはぁ……やられた……」
レミリア「貴女、なかなかいい線まで行ってたじゃない。まぁ最後は油断してたけど」
美月「まさか私の攻撃がレミリアさんに一回でも当たるなんて思わなくて……自分が一番びっくりしてます」
レミリア「……そうね。残りの魔力はどう?」
美月「うーん、ちょっと減っちゃいましたね。スペルカードはなるべく撃ちたくないな、みたいな感じです」
レミリア「あれだけスペルカードを撃って少ししか減ってないのね……」
美月「魔力とかよく分からないんですけど、こうやって実際にスペルカードを撃っていくと、扱い方とか分かるようになるんでしょうか。あと血も……慣れますか」
レミリア「そうねぇ。弾幕とか肉弾戦は、イメージトレーニングだけじゃ補いきれないからね……あら貴女、手が震えているわよ?」
美月はえ、と言って自分の手を広げてみる。そこには確かに小刻みに震える両手があった。
それをじっと見つめて、呟く。
美月「人を、傷つけるのは……恐いですね」
レミリア「ときには傷つけないといけないときもあるのよ。どんなに相手が親しい人でも、悪であったら……ね?」
美月「そうなんでしょうか」
広げた手をぐっと握りしめる。
少しの躊躇もなく、遊びと題した弾幕ごっこに身を投じていく幻想郷の住民たち。相手を傷つけるとか殺めるなんてことはしたくない、そんな美月の信条は、好戦的な相手によって否が応でも破られてしまうのだろう。殺めることはないにしても、多少の傷害は避けられないはずだ。自分の身は自分で守ろう、と複雑な気持ちで決意を改めた美月。
美月「……これからも、よろしくお願いします」
レミリア「そんなに畏まらなくてもいいわよ。戦闘訓練ならいつでも受け付けているわ」
美月「ありがとうございます! あと……」
レミリア「あぁ、あの強大な魔力のこと?」
美月「それです! 魔力に疎いはずの私でも感じられるような強い魔力でしたね」
レミリア「おそらく……里舞の魔力ね」
美月「り、里舞さんの?」
レミリア「ええ。少なくともフランの魔力ではなかったわ。幻想郷の住人には、一度にあれだけの魔力を一気に出せる人なんていないと思うけど……」
美月「どうなんでしょう。あとで聞いてみますか?」
レミリア「そうね。貴女についても知りたいし……紅魔館の屋上でお茶会でも開きましょうか」
美月「お茶会! いいですね……!」
レミリア「ふふ。じゃあ早く紅魔館に戻りましょう」
美月「そうですね!」
紅魔館の庭、紅い薔薇の茂みが動く。長時間しゃがんでいたせいで固まった体を解した。
??「さて……俺も動き出そうかな」
《六話に続く》
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