未公布条例の施行・適用!? <追記>
条例を公布したつもりで施行・適用したが、未公布だった場合、①当該条例を過去に遡(さかのぼ)って公布したことにできるのか、②過去に遡って当該条例を施行・適用することができるのか。
このような問題を提起させる事件が岩手県大槌町(おおつちちょう)で発生した。
「公布」とは、成立した法律や条例等を公表して一般人が知ることができる状態に置くことをいう。条例は、議会の議決によって成立するが、成立しただけでは効力が発生せず、公布及び施行によって初めて効力が発生する。
つまり、公布は、条例の効力発生要件だから、未公布の条例は、無効だ。
条例の制定又は改廃の議決があったときは、その日から 3 日以内に議長はこれを長に送付しなければならず(地方自治法第16条第1項)、長は、条例の送付を受けた場合は、その日から 20 日以内に公布しなければならない。ただし、再議(地方自治法第176条)その他の措置を講じた場合は、この限りではない(地方自治法第16条第2項)。
長の署名、施行期日の特例その他公布に関し必要な事項については、条例(通常、公告式条例と呼ばれる。)で定める (地方自治法第16条第4項)。
法令又は条例に特別の定めがない限り、普通地方公共団体の規則並びにその機関の定める規則及びその他の規程で公表を要するものについても同様である(地方自治法第16条第4項・第5項)。
大槌町の場合には、条例・規則の公布は、大槌町役場前の掲示場に掲示してこれを行うことになっている(大槌町公告式条例第2条第2項・第3条)。
cf.1大槌町公告式条例 (昭和30年4月1日 条例第1号)
(趣旨)
第1条 地方自治法(昭和22年法律第67号)第16条の規定に基づく公告式は、この条例の定めるところによる。
(条例の公布)
第2条 条例を公布しようとするときは、公布の旨の前文及び年月日を記入して、その末尾に町長が署名しなければならない。
2 条例の公布は、別表の掲示場に掲示してこれを行う。
(規則に関する準用)
第3条 前条の規定は、規則にこれを準用する。
別表(第2条関係)
名称 所在
大槌町公告板 大槌町役場
記事によると、「町は未公布で、効力のない条例に基づき税金などを徴収。公布前の額に戻すと手続きが煩雑になり行政運営に支障が生じるとして、町議会に対し適切に公布していたものとして扱うよう求めている。」そうだが、町議会の追認議決により、当該条例を過去に遡(さかのぼ)って公布したことにできるのだろうか。
地方自治法の教科書・コンメンタールや法制執務の教科書にも載っていないし、私の検索の仕方が悪いのか、論文も見つからないので、自分で考えるしかない。
間違っている可能性があるので、以下に述べることを鵜呑みにしないでいただきたい地方自治法が条例の公布を義務付けたのは、条例が住民の権利義務、地方公共団体の組織や行政活動のあり方に関わるので、その内容を広く一般住民に知らしめ、住民の予測可能性を担保し、住民自治・団体自治に資するためだろう。
最高裁も、「成文の法令が一般的に国民に対し現実にその拘束力を発動する(施行せられる)ためには、その法令の内容が一般国民の知りうべき状態に置かれることが前提要件とせられるのであって、このことは、近代民主国家における法治主義の要請からいって、まさにかくあるべきことといわなければならない」と述べている(最判昭32.12.28)。
そうだとすれば、未公布の条例を過去に遡って公布したことにすることは、公布の趣旨を没却するものとして許されるべきではない。
そもそも公布は、長の専属的な権限であって、議会には公布の権限がない。
よって、町議会の追認議決によっても、未公布の条例を過去に遡って公布したことにはできないと解する(民法第119条本文参照)。
cf.2民法(明治二十九年法律第八十九号)
(無効な行為の追認)
第百十九条 無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは、新たな行為をしたものとみなす。
この点、大槌町と同様の事件がかつてあった。すなわち、平成31年4月23日の報道によると、⻑野県朝日村が平成21年(2009年)に村議会が議決した条例3つを公布していない ことが明らかになった。10年間にわたって条例が未公布だったわけだ。
本来、条例の公布は、朝日村役場前掲示場に掲示して行わねばならないが(朝日村公告式条例第2条第2項)、公布していない以上、これらの条例は無効になる。
これらのうち、一つの条例は、村有施設を指定管理者に管理させる内容で、条例に基づかずに指定管理者が管理する異常事態になっていた。
当該施設設置条例(三俣森林公園作業棟施設設置条例)では村直営で(同条例第 4 条)1泊 1,030 円(同条例第6条)と定めているのに、指定管理者が村有施設の宿泊客から利用料を8千円〜1 万円を徴収していることから、村議会がこれを指摘し、村が経緯を調査したところ、これらの条例が公布されておらず、公布した条例に付ける「告示番号」一覧及び公布した条例の原本綴になかったことが発覚したわけだ。
未公布の原因は、当時の担当者が退職し不明であるが、失念かミスの可能性が高いそうだ。
朝日村は、未公布の条例を一旦公布した上でこれらを廃止し、現状に即した新条例を制定するという対応をとった。
平成21年当時の担当者は、退職しているので、懲戒処分ができない。運が悪いとしか言いようがないが、令和元年に担当していた職員さんが厳重注意を受けている。
なお、厳重注意は、懲戒処分ではない。
https://www.vill.asahi.nagano.jp/material/files/group/11/R201HP.pdf
記事によれば、大槌町も、9月に未公布であることが発覚した条例46本・規則36本を11月にすべて公布している。
ところで、公布された条例が現実に発動されることを「施行(しこう)」という。施行期日は、通常、条例の附則に規定される。
附則に施行期日を定める規定がない場合には、公布の日から起算して10日を経過した日から施行される(地方自治法第16条第3項)。
では、「町は未公布で、効力のない条例に基づき税金などを徴収。公布前の額に戻すと手続きが煩雑になり行政運営に支障が生じるとして」、11月に公布された条例46本・規則36本を当初の施行期日に遡って施行することができるのだろうか。
条例が公布されていないのに施行することは不可能だから、施行を過去の未公布時に遡らせることはできないと解する。
では、11月に公布・施行された条例46本・規則36本を過去に遡って当初の施行期日から適用することができるのだろうか。
「適用」とは、規定を個別的・具体的な事案に当てはめてその効力を現実に発動させることをいう。
適用と施行は似ているが、適用は、具体的なケースに当てはめるのに対して、施行は、いつでも適用できる状態に置くことだ。自動車の運転に喩えると、エンジンをかけるのが施行で、買い物に行こうとアクセルを踏むのが適用だ。
法律の世界には、「後出しじゃんけん」の禁止に相当する原則がある。事後法の禁止だ。事後法の禁止とは、 新たに制定された法(事後法)は、その制定以前に遡って適用してはならないという原則をいう。法律不遡及(ふそきゅう)の原則ともいう。
例えば、手数料を値上げするため手数料条例を改正し、これを過去に遡って適用すると、過去 の手数料について差額分を追加徴収する必要が生じて住民の信頼を裏切ることになるように、法令を過去に遡って適用する遡及適用は、国民に不測の損害を与え、法的安定性を阻害するおそれがあるので、原則として、許されないわけだ。
したがって、法令は、施行期日以後にその効力を発生し、原則として、将来に向かって適用される。
しかし、①遡及適用しても関係者に不利益を与えるようなことがなく、むしろ利益をもたらすような場合は、遡及適用が認められるし(ex.職員の給与を増額するため給与条例を改正し、これを本年度の 4 月 1 日に遡って適用して差額分を支給する場合、延滞金が 100 円未満であれば切り捨てるという規定を改正して 1000 円未満切り捨てにし、これを遡及適用する場合)、また、②法的安定性・予測可能性をある程度犠牲にしてもなお重要な公益を図るべき必要性が高い場合には、遡及適用の規定が置かれることがある(ex.昭和 22 年民法一部改正附則第 4 条)。
事後法の禁止は、憲法等に明記されていないが、法の一般原則として条理上認められ、特に刑罰に関しては、犯罪と刑罰は予め法律に定めなければならないという罪刑法定主義(憲法第 31 条)の派生原則として、憲法第 39 条 が、「何人(なんぴと)も、実行の時に適法であつた行為......については、刑事上の責任を問はれない」と規定している。これを遡及処罰の禁止という。
遡及処罰の禁止は,国民の予測に反し不利益を課すことを禁ずる趣旨だから、犯罪後の法律で刑が変更された場合にその軽い刑罰を適用すること (刑法第 6 条)は、憲法第 39 条に違反するものではない。
ところで、国税通則法(昭和三十七年法律第六十六号)は、附則第 1 条で「この法律は、昭和三十七年四月一日から施行する。」と定められているのに、実際にこの法律が成立し公布されたのは昭和 37 年 4 月 2 日だった。国会が紛糾してこの法律の法案の審議が遅れたために成立・公布が 4 月 2 日になってしまったわけだ。
法律が公布されていないのに施行することが不可能だから、施行は過去に遡ることができないが、前述したように適用は、例外的に過去に遡ることができることから、国税通則法附則第 1 条の「この法律は、昭和三十七年四月一日から施行する。」という規定は、「この法律は、昭和 37 年 4 月 2 日から施行し、同年 4 月 1 日から適用する。」と変更解釈されている(田島信威著 『最新法令用語の基礎知識【三訂版】』(ぎょうせい)481頁参照)。
なお、変更解釈とは、法令が用いている言葉を変更して、別の言葉を当てはめて、別の意味に解釈する方法をいう。
例えば、 法令 A が改正され、本来、これに合わせて法令 B の規定の言葉を書き換えなければならないのに、書き換えられず に改正漏れになっているような場合に、その法令 B の規定の言葉に改正内容に応じた別の言葉を当てはめて、改正内容に沿った意味内容に解釈し直すわけである。明白な立法上のミスであると考えられる場合に行われる解釈方法 である。
話が横道にそれてしまったので、元に戻そう。
大槌町の場合、未公布の条例・規則は無効である以上、当該条例・規則に基づいて行われた課税処分等も無効になり、過徴収の税の返還又は追加徴収をしなければならないことになって、行政運営に多大な支障が生ずる。
そこで、公益を図るべき必要性が高いとして、11月に公布・施行された条例46本・規則36本を過去に遡って当初の施行期日から適用することは、理論的には可能だとも考えられる。
(当初は、このように考えていたが、考えを改める。)
しかし、条例・規則の公布を怠ったにもかかわらず、役所側の都合で、住民の権利を制限したり義務を課したりする規定の遡及適用を認めることは、公平性を欠き、住民に不利益を与え、住民の予測可能性を奪うものだから、刑罰規定と同様に、やはり許されないと考えるべきだろう。
逆に、住民に利益を与えたり、住民の権利義務とは無関係な規定については、遡及適用が認められると考える。
くどいようだが、以上述べたことは間違っている可能性があるので、鵜呑みにしないでいただきたい。
<追記>
下記の記事によると、「平野町長が昨年9月、しばらく署名を行っていなかったことに気付いて確認させたところ、不備が発覚」したそうだから、公布の際に町長が署名をすることには、公布の責任を明らかにするだけでなく、未公布を気付かせる機能があるとも言えるかな。