バレンタイン 中編
『あ、タクヤ?俺だけど。ちょっと話したいことあるんだけど今いい?』
珍しく休日の午前中にシュリから電話。タクヤは洗濯物を終えてコーヒーを飲みながら通話していた。
「うん、いいよ。どした?」
電話の向こうでシュリが緊張しているような気配がした。
『す、すばるのこと、タクヤが相手にしないなら俺が狙うから』
「え?」
『あいつ、今日、好きな奴に告白するつもりなんだ。でも俺はわかってる。あいつはタクヤのこと忘れるために告白するんだ。本当に好きでもない奴に。タクヤはそれでもいいのかよ。好きでもない相手にすばるが取られても』
タクヤはまくし立てるシュリの言葉にあっけに取られた。
シュリは神経質なところはあったけどいつもおとなしくて、こんなふうに感情をあらわにして話してくることは滅多にないからだ。
「…好きでもない相手に?」
『そうだよ!そいつはしかもちょっとタクヤみたいないい奴だよ。タクヤに似てるからすばるは選んだんだと思う。
どうするの?可愛いからきっと悪いことにはならないと思うぜ。タクヤはそれでいいの?そいつにすばるが、キスされたり…抱かれたり…』
タクヤは心臓がドクンと波打った。
これでいいって思ってたはずだ。すばるは自分なんかじゃなくて、もっといい男と…
「…嫌だ」
タクヤがボソリと呟いた。
『え?なんて…?』
「嫌だね。そいつにも、シュリにも、すばるは渡さない」
シュリが聞いたことのないタクヤの声だ。いつもの穏やかなタクヤじゃない。もっと野生の獣みたいなゾッとする感じがする。
『じ、じゃあ、早く手を打てよ。あいつ午後には大学に行って告るつもりだよ。今友達のところでお菓子作ってる。今ならまだ間に合う』
「…わかった。連絡してみる。ありがとう」
殺気だったような声で言うとタクヤは電話を切った。
シュリは盛大にため息をつくとソファに沈み込んだ。
タクヤが本気になった。
やっと自分が狙う余地が無くなってくれた。
「…これでよし」
失恋。だけど、心は晴れやかだった。あとは全力で協力するだけだ。
つくづく自分はお人好しだな、とシュリは笑った。
すばるがマカロンを焼いている時に携帯が鳴った。
「あれ、パパ?」
すかさず電話に出る。
『すばる、今日うちに来れないかな』
今日はバレンタインでタクヤにもお菓子を渡すつもりだったけど、特に約束をしていたわけでは無かった。
「うん、行くつもりだったよ!バレンタインだし、夕方にでも…」
『そこから出たらすぐ来てくれないかな』
いつもと違う、強引なタクヤにすばるは目を丸くしている。
「え…でも、私…」
『誰かに会うの?』
大学のバスケコートで練習をしてるヒロトに会いに行って、告白をするつもりなのだ。
それを言おうと思ったのだが、タクヤの声を聞いていたら言葉にできなかった。
告白しに行かなくては。
『どうしたの、誰かと約束してるの?』
約束なんてしてる訳じゃない。
だけど告白して先に進まなきゃ
でも、でも、
あなたの声を聞いてたら、そんなこと全部どうでも良くなってしまう。
『俺と過ごそう』
レナは通話が聴こえていたのですばるを見ていた。
なんて顔すんのよ。
やっぱりあんたには、この人なんでしょ。
泣きそうな目でタクヤに「うん」と答えたすばるを見て、レナは思った。
お菓子はタクヤとシュリの分だけ作った。
「すばる無理してたもんね。私それでよかったと思う。それになんだかさっきのタクヤさん、すばるを誰かに取られそうで焦ってるみたいだった。」
お菓子のラッピングも終わってお茶を飲みながらレナが言った。
「そんな訳ないじゃん、たまたまだよ…でも、なんかちょっと嬉しかったな」
二人が話をしていると外で車の音がした。
「ほら、来たみたいだよ。」
レナが笑った。
タクヤのハチロクの音だった。