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かがみ屋/しだれ庵

七月二日 海の話

2022.02.15 13:45

「海」といえば多くの人はどのようなものを思い浮かべるのだろうか。白い砂浜に青と緑のグラデーション。青く澄んだ空、もしくは真っ赤な夕日、そんなところか。

 私にとっての海は違った。黒い砂と黒い海、厚い雲で白くなった空。それから短い水平線。太陽は海に沈むものではなく海より出ずるものだ。

 しかし、私はこの海が好きだった。目を指すような美しい景色よりも穏やかで心地がいいからだ。

 ところが、この緩やかに時が流れる灰色の世界が一瞬にして色付く。天使が舞い降りたのだ。

***

 と、ここまで書いたところで声を掛けられる。

「原稿は書き進んだのか?」

 海岸線に立てたパラソルの下に座る僕の顔を、覗き込むようにして見ているのは金髪碧眼の少年。僕は質問に応える代わりに、持っていたタブレットを渡した。彼は、

「なんだあ? まだ全然進んでないじゃん。せっかくついてきてあげたのに」

 と言いながら僕の隣に座って読み始めた。すると、

「あはははっ。あんた、おれのこと天使とか思ってんのかよ。面白すぎるだろ」

 足をばたつかせながら言った。そう。何を隠そう、この話のモデルは彼だった。僕たちは実際にこの灰色の浜辺で出会い、事実彼を天使だと思ったのだ。まあ、その本性は天使とは程遠かったのだが。

「し、仕方がないだろ。あの時はまだ、お前がこんな大声で笑い転げるような品性のかけらもないくそがきだなんて知らなかったんだから」

 僕はタブレットを奪い返した。彼はまだ腹を抱えてひいひい言っている。

「もう、邪魔するなら向こう行ってろよ」

「まさか。邪魔するつもりなんてないぜ。むしろ、あのカンドウテキな出会いを書き記して置きたい、って言うあんたに協力するつもりなんだぜ? ほら」

 勢いよく立ち上がると、波打ち際まで走って行った。それから、飛沫をあげて戯れる。あの日の再現をしているようだ。くるくると回る彼に合わせて翻る白いカーディガンは、まるで羽根が舞っているみたい。

「ああやってるときは本当に天使みたいなのにな」

 僕は、執筆する手を止めて彼のもとに行った。