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周縁から中国を覗く

新疆ウイグルでいま何が起きているか

2017.11.15 05:46

  「街の息苦しさは刑務所の中と同じ」

   ~新疆ウイグルの治安警備の実態~

中国共産党第19回党大会で習近平の3時間半に及んだ演説も、その中身はたった一つの言葉に要約できる。「党が一切をリードする」(党是領導一切的)だ。その政治報告で習は「党政軍民学、東西南北中、党是領導一切的」と言っている。つまり党や行政、軍、社会、教育などあらゆる分野、東西南北・中央のすべての範囲で、党がすべてを指導すると宣言している。党規約に盛り込まれることになった「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義の思想」という長ったらしい名前の思想も、要は「党が一切の活動(工作)を指導する」という一言に尽きる。党といっても、政治的決断を下せるのは7人の政治局常務委員のうちの実質的には習近平ひとりだけなので、要するに「習近平が一切をリードする」という個人独裁を承認したことになる。その習近平は、訪中したトランプ大統領を故宮で接待するにあたり、あたかも宮廷の主、「皇帝」のように振る舞った。「中華民族の偉大な復興」を掲げる習近平の「中国の夢」も、所詮は、かつての帝国の版図を取り戻し、自らも皇帝として「天下」に君臨したいという個人的「野望」に過ぎないのではないか。

「党が一切をリードする」とは、経済や社会の仕組みを党がすべて規定するだけでなく、個人の生活や行動、さらには内面の精神世界にまで踏み込んで、そのすべてを監視し、党の意思を貫徹させる、ということでもある。海外旅行を自由に楽しめるような中国の富裕層の消費行動の中に共産党の影を見て取ることは容易ではないが、たとえば新疆ウイグルやチベットなど独自な文化や宗教を持ち、共産党による過酷な強権支配とそれに対する人々の反発が強い周縁地域では、「党が一切をリードする」という政策の具体的な姿を見ることができる。それは公安(警察)や武装警察、民兵などをフル動員した厳戒警備態勢であり、凄まじいばかりの人員とコストをかけ、人権無視も甚だしいた全体主義的な監視社会システムだった。

この夏、私は新疆ウイグル自治区、なかでもタクラマカン沙漠の南、イスラム教徒のウイグル人が多く暮らす「南疆」と呼ばれる地域を訪ねた。「新疆に至らずして中国の広さは分からず、南疆に至らずして本当の新疆は分からない」と言われる。北部の中心地・区都ウルムチは、すでに人口の80%を漢族が占める一方で、新疆南部のカシュガルやホータンなどは90%以上をイスラム教徒のウイグル人が占める。ホータン、カシュガルは、テロへの警戒から警備が厳しいと事前に聞いてはいたが、実際に目にした光景は、聞きしにまさる凄まじさだった。

(参考:以下のYoutube動画で、今回現地で撮影した映像(10分)を公開しています)

https://www.youtube.com/watch?v=7Zs4wUf5HN8&t

「中国は世界でもっとも安全な国だと、ますます多くの人が認識するようになった」。9月26日、インターポール国際刑事警察機構の第86回総会開幕式で演説した習近平はそう強調して胸を張った。(「国際刑警組織第86回総会開幕式での習近平演説要旨」

習近平が「世界でもっとも安全だ」と豪語する中国の、少なくとも新疆ウイグルの現状は、夥(おびただ)しい警察力を使った厳戒警備、人権無視も甚だしい監視社会という現実だった。地元のウイグル人は、その息苦しさを「刑務所の中と同じだ」と嘆く。「刑務所の中は安全だ」と嘯(うそぶ)くことに、何の意味があるのか。

<金網に覆われた派出所、警官は檻の中から市民を監視>

 

ホータン市便民警務站

 ホータン市便民警務站

今回訪ねたのは、ウルムチ、トルファン、クチャのほか、南疆と呼ばれるカシュガル、ホータンだった。さらにパミール高原のカラコルム・ハイウェイを走り、中国最西部の町タシュクルガンまで足を運んだ。

どこの街でも「便民警務站」という青い看板を掲げた「派出所」があちこちに設置され、やたらと目に付いた。いわゆる警官の「詰め所」であり、市民を呼び止めて身分証をチェックし、荷物検査をする検問所になっていた。こうした建物は、市街地の大きな通りには数100メートルごとに置かれ、夜には煌々とライトが灯り、青と赤のランプが点滅していた。これ見よがしにその存在を際立たせ、市民の目に厳しい警備を意識させようとしているのは明らかだった。

「便民警務站」の「站(たん)」とはステーション、「便民」とは「市民に便利」、「市民のための」といった意味だと思うが、ホータンの「便民警務站」だけはちょっと異様な外観だった。建物の周りは鉄柵や金網で囲まれ、まるで檻の中に警官がいて、檻の中から市民を監視するような状態になっていた。新疆ウイグルでは、暴動やテロ事件が起きたとしても、外部にはほとんど情報が流出しないのが実情なのだが、それでもごくまれに、派出所が暴徒に襲われて放火され、死傷者が出たというニュースが漏れ伝わることもある。派出所のものものしい鉄の囲いは、ホータンではそうした事件が実際に頻発していることを如実に示していた。またこの囲いは、警察は市民を守る存在ではなく、市民と隔絶し、市民を敵視する存在であることを雄弁に物語っていた。

<チベットで経験を積みウイグルで応用した治安対策>

2年前に、ウルムチやトルファンを訪れた際には「便民警務站」の看板や建物を目にしたことはなかった。香港や台湾のメディアによると、この「便民警務站」は、2016年8月、新彊ウイグル自治区の党書記に就任した陳全国(チェン・チュアンクゥオ)が、チベットでの治安対策の手法に倣い、新彊ウイグルでも実施に移したテロ対策だという。陳全国は、新疆に来るまでの5年間、チベット自治区の党委員会書記だった。彼は「便民警務站」の効果をチベットで実証できたため、これを新彊ウイグルでさらに大々的に実行することにしたのだ。つまり新疆各地に無数に出現した「便民警務站」は、陳全国の新疆ウイグル自治区党書記就任後一年の間に実施された政治キャンペーンの産物であることが分かる。

陳全国は2017年2月、ホータンやカシュガルで、武装警察、公安(警察)、消防、民兵など治安維持を担う組織・機関の部隊を集め、大規模な「反テロ・治安維持決起大会」を開催した。警察の臨検取締りの現場を視察した陳全国は、不測の事態が発生したときには、「便民警務站」か「快速反応小分隊」(緊急対応部隊)の要員が2分以内に現場に到着できる体制になっていることを高く評価したという。

The initium media 「新疆啟動近年最大規模維穩部署,但暴恐事件仍不斷上演2017/2/22


チベットでは僧侶による抗議の焼身自殺が相次いでいるが、陳全国はチベットでの抵抗運動を厳しく取り締まった指導者として北京では高く評価されているといわれ、その手腕を今度はウイグルで発揮することが期待されている。10月の19回党大会では、陳全国は政治局委員25人の一人として昇格している。

4年前、チベットを旅したときの私自身の経験では、ラサやシガツェで目にした警察の詰め所は、日本の運動会で使うような簡易テントを仮設し、そこに見張りの警官が数人立っているといった風景であり、今回、新彊各地で見たような多数の警官が常時、宿泊・待機できるような恒久的な施設ではなかった。

ブログでチベット情報を発信するチベット人作家ウーセル(唯色)さんによると、2012年の時点で「便民警務站」はラサ市内だけで135か所、チベット自治区全体では676か所に設置されていたという。チベットでの「便民警務站」の役割は、「便民」(市民に便利)を名目に、実質は治安維持・住民監視であり、警官の姿やパトロールの警察車両を24時間つねに住民の目に触れさせ、「昼には警官、夜には警告灯がつねに見える」という状態を作り出し、警察にとっての死角を作らないこと、そして都市や街、地区全体を封鎖し、包囲することだという。

ウーセル・ブログ「軍服を脱いで警官に」チベットNOW@ルンタ・ダラムサラ通信

チベット・ラサ市内の便民警務站

ラサ・ジョカン寺前の広場

(いずれも2014年8月撮影) 

<ウイグルのテロ対策と治安維持は喫緊の課題>

中国にとって、新疆ウイグルの治安対策は、チベットよりむしろ深刻で差し迫った課題でもある。ネットメディアの報道によれば、ここ2年の間だけでも新疆ウイグルの各地で起きた暴動、テロ事件によって警察や市民に数百人の死者が出ているといわれる。

(前掲The initium media 2017/2/22)

ラジオフリーアジアの報道によると、カシュガル地区ヤルカンド県では、2014年7月、武装集団が地元政府庁舎や派出所を襲撃したのをきっかけに、出動した人民解放軍部隊と武装警察が住民に対して無差別発砲を繰り返し、数千人が虐殺されたほか、三つの村が消滅したといわれる。

迫害を逃れて中央アジアや東南アジアに亡命するウイグル人もあとを立たないが、海外で政治亡命を求めた人たちが中国に強制送還されている。中国政府が亡命先の政府に強い圧力をかけた結果と見られている。国外に逃れた一部のウイグル人は、過激派となってIS(イスラム国)に参加し、シリアやイラクで軍事訓練を受けたあと、武装して再び中国に戻っているともいわれる。そのISは中国へのテロ攻撃を公然と宣言したこともある。

(http://www.afpbb.com/articles/-/3119736/?cx_part=popin)

 カシュガルの便民警務站

鉄柵で囲まれた「便民警務站」の中の敷地では、10名以上の警官が整列し、朝の点呼をするような光景が見られたので、建物には常時10名以上の警官が交代で勤務し、待機していることが分かる。派出所の総数とそこに配置された警官の数、24時間365日シフトの交代要員のことを考えると、これらの設備・機能を維持するためには膨大な規模の人員が必要なことがわかる。

人口500万人の区都ウルムチ市内だけで、「便民警務站」を949か所設置する計画で建設が進んでいるという。また新疆全体では、警察の要員に8万4000人の欠員が生じているとも伝えられた。カシュガルでは、3000人の警察要員の募集が行われ、18歳から35歳までの退役軍人を優先して採用すると発表されたことがある。給与は月額5000元以上で、このほか任地手当として500元が支給され、夫婦でカシュガルに移住する場合は、住居を提供し、配偶者の仕事も手配すると優待条件を提示している。しかし、他所から来た漢族ですべての要員を揃えることは不可能で、実際には顔を見れば地元のウイグル人だとすぐに分かる容貌の警官も多く見られた。

(台湾中央社2017/8/16 https://udn.com/news/story/7331/2645955 )

<ウイグル人だけを対象にした厳しい監視と検問>

ホータンでもカシュガルでも、道路には警察の車両がいたるところに停車し、パトロールする車両もひっきりなしに行き交っていた。政府庁舎など重要施設の近くには装甲車が停まっているのも目撃できた。警察の車両が停まっているあたりでは、通行を規制するブロックが置かれ、警察による検問が行われていた。車やバイクは一台ずつ停められて身分証の提示が求められ、バイクの荷台や、車の前部のボンネットまで開けられ調べられていた。地元の住民にとっては、ほとんど嫌がらせとしか思えないチェックだが、もはや日常のことと諦めているのか、従順に従っているように見えた。

 カシュガルで見た装甲車

中国人観光客も多く訪れるカシュガル市内のモスクや史跡、それにみやげ物店が立ち並ぶ「職人街」などでは、盾と警棒を持って警備する警官や歩哨に立つ民兵の姿がやたらと目立った。隊列を組んで威圧するように行進する姿もあり、時間帯によっては観光客より警官の数のほうが目立つほどだった。あまりに厳重であからさまな警戒ぶりが、観光地としてのイメージにマイナスとなり、旅行客に嫌がられたとしても、問題とは思っていないように見えた。なにより治安の維持が最優先であり、むしろ観光客など来なくてもいいという雰囲気さえ感じた。

 カシュガル 香妃墓入り口

 カシュガル 職人街

ホータンやカシュガルでは、いたるところに設置された無数の監視カメラが、人々の頭上でつねに作動している超監視社会でもあった。歩道の上の監視カメラは、手を伸ばせば届きそうな低い位置に設置され、通行する市民の顔を間近に捉えられるようになっていた。通行車両をチェックする交通監視カメラは、道路上を横切るポールの上に10台以上が横一列に並び、すべての車の動きを監視していた。

これだけの数のカメラを管理し、映像をモニターするだけでも、膨大な数の要員が必要だと思うが、最新の顔認証技術を使えば、それこそ特定の人物の顔を瞬時に判別し、居場所や行動を特定できる。またこれらのカメラが実際にすべて稼動しているかどうかは別にして、これだけの数の、しかもあからさまなカメラの存在は、いつでもどこでも住民の動きを監視し、常時、追跡しているぞと警告する効果は十分にありそうだ。さながらジョージ・オーウェルの小説「1984」に出てくる「テレスクリーン」を彷彿とさせる風景でもある。

 歩道上の監視カメラ

 道路上を横切るカメラの列

街から街へ移動する際は、郊外の検問所で出入りを必ずチェックされた。外国人観光客が乗ったバスは、現地の旅行業者が作成した観光客名簿を見せるだけでたいていは通過できるが、ウイグル人は全員が車から降ろされ、専用の通路を通って身分証のチェックを受けなければならない。われわれも国境地帯のタシュクルガンに入る際に一度だけ車を降りてパスポートチェックを受けたが、パスポートと実際の人物の照合は、コンピュータによる顔認証技術が使われ、スピーディーに行われていた。一方、ウイグル人の乗った車両は、すべてのドアを開け放ち、トランクやボンネットも開けられ、警官が中をのぞき込んでいた。それだけに時間がかかり、どの検問所でも車の長い列ができていた。

外国人観光客はほとんどチェックなしに、すんなり通過できるのに、地元のウイグル人だけが徹底的に調べられることを彼ら自身はどう思っているのか、気になった。ウイグルの人々は、中国政府から「三股勢力(三派勢力)」として警戒されている。「三股勢力」とは、恐怖主義(テロリズム)、分離主義、宗教極端主義のことで、いずれも厳しい取締りの対象となっている。要するにウイグル人は外国人よりも危険な存在として敵視され、そもそも自国民だとも見なされていないのではないかとさえ思えた。

 カシュガルに入る交通検問所 

 渋滞する検問所

<民族対立を煽るウイグル人への弾圧と締めつけ>

新疆ウイグルでの厳戒警備は、2009年7月の「ウルムチ7・5事件」以来、格段に厳しくなった。事件は、広東省韶関市にある香港資本の玩具工場の宿舎で、ウイグル人たちが漢族の従業員から集団で暴行を受け、数十人が死亡、100人以上が負傷したもので、漢族による集団暴行の様子がユーチューブの映像で流れると、ウルムチでの大規模な抗議行動に発展した。当初はウイグル人大学生を中心とした平和的なデモだったが、治安部隊が鎮圧に乗り出したことで大きな衝突事件へ発展し、中国当局の発表では死者は184人に上った。しかし、漢族の住民は、ウルムチでの衝突で漢族には2000人から3000人の犠牲者が出たと主張し、一方のウイグル人も事件でウイグル人3000人が死亡、3000人以上が拘束され、隣のカザフスタンなどに逃亡した人も多数に上ったと主張する。それ以来、漢族とウイグル人の間の感情的対立は、互いの溝を埋めるのはもはや不可能といえるほど激しくなっている。漢族の住民は事件から8年以上が経った今も、ウイグル人を決して許すことはできないと怒りの感情をあらわにし、厳しい警戒監視体制を続けることで、二度と同じ暴動は起させないと断言し、現在の警戒監視態勢を正当化する。

一方のウイグル人たちは、いまや街全体が「刑務所」と同じだと嘆く。ウイグル人というだけで、一日に何度も身分証のチェックや手荷物検査を受け、行動はすべて監視される。行動だけはなく、最近は通信や個人情報の監視も受けている。ことし7月、ウイグル住民に対して所有するパソコンやスマートフォンはすべて警察に持ち込み、申告するようにという通達が出された。ウイグル人の持つPCやスマホに監視用アプリのスパイウェアをインストールするためだ。これによって彼らの通信記録やウェブを閲覧・検索した履歴などすべてのデータは当局によって掌握されたことになった。

(「中国、ウイグル族にスパイウエアのインストールを強制」Newsweek日本語版)

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/07/post-8062.php

中国当局は、ウイグル人の伝統的な生活も破壊し、古くからの生活の場も奪っている。カシュガル中心部の旧市街(カシュガル老城)は、本来は世界遺産に登録されてしかるべき歴史的街並みだが、地元当局はウイグル人居住者の多くを追い出し、一部を残して「テーマパーク」として再開発している。確かに車窓から目にした夜の旧市街は、城壁が煌々とライトで照らされ、まるでおとぎ話のような世界になっていた。水谷尚子氏の報告によると、カシュガルとホータンの中間に位置するカルガリック(葉城)は、青い壁の住居が立ち並ぶ美しい町並みで知られていたが、その住宅街はすべて取り壊され、今は廃墟になっているという。

(水谷尚子「さまようウイグル人の悲劇」Newsweek日本語版2017/8


日本ウイグル協会のイリハム・マハムティ会長によると、新疆ウイグルでは、住民が暮らす居住区(「社区」と呼ばれる)ごとに、住民を点数制で評価した名簿が存在する。マハムティ氏は「社区常住戸語系打分表」(居住区常住者言語(民族)別点数表)と題された内部文書を示して、人権無視の恐るべき民族差別の実態を暴露している。住民には全員に100点満点の基礎点が与えられるが、ウイグル人というだけで10点減点、仕事がない人は10点減点、イスラムを信仰し毎日礼拝する人は10点減点、パスポートを持っている人は10点減点、そのうち中東や中央アジアの国に一度でも行ったことにある人は10点減点など。「点数表」にはそうした点検項目が並び、個々の住民の合計点数が算出されている。合計点数が70点以上なら「放心」(安心・安全な人)、70点以下50点までは「一般」(普通)と判定され、それ以下は危険分子と見なされる。要するに非イスラムの漢民族にはほとんど減点はなく、明らかに最初からウイグル人だけを対象に、危険人物かどうかを判定するためのものでことが分かる。

日本ウイグル協会イリハム・マハムティ会長・アジア自由民主連帯協議会での講演2017年7月16日)

<ウイグル人をウイグルから一掃しようしている>

新疆ウイグルでは、イスラム教を広め、イスラムについて深い知識をもつ宗教的指導者が、宗教を違法に宣伝したとか、地下宗教学校を開いたなど、さまざまな理由で、次々と刑務所に送られているという。また、雑誌編集者や作家など、ウイグル人の中で影響力を持つ知識人・文化人で、少しでも名前が知られるようなると、皆、刑務所に入るともいわれる。

新疆大学のタシブラット・ティップ(塔西甫拉提・特依拝)学長が2017年4月、突然解任され、その後、拘束された。彼は日本に留学して東京理科大学で工学博士号をとり、地下資源を衛星経由で遠隔探査できるシステムを作り、国家に貢献した人物だった。大学で思想教育を徹底しなかったと内部告発されたのが拘束の原因だといわれる。ウイグルでは彼のことを知らない人はいないというぐらいに有名な人物だが、有名になったというだけで罪になるのがウイグルの社会らしい。

ウイグルの子供たちは学校でウイグル語を話すことが禁止され、中国語の学習を強制されている。子供たちはコーランを読んだり、モスクで礼拝することを禁止され、ラマダンの期間には、断食をやめて食事を取るよう強制される。宗教的な装いであるあごひげを蓄えたウイグル人男性や、頭部にスカーフを巻いた女性は、拘束されたり嫌がらせを受ける。ウイグルの若い未婚女性(15~25歳)は、中国沿海部の工場に集団就職するよう求められ、地元政府には出稼ぎに送り出す女性の数にノルマが課せられているという。2012年の時点で、自治区の共産党トップは「職にあぶれた貧しいウイグル人女性を救済するため」と称して、その数を150万人に伸ばすと宣言したことがある。(大高未貴「中国”一帯一路“構想の陰で激化するウイグル弾圧と共産党プロパガンダ」「正論」2017・08号)

マハムティ氏によると、中国政府は漢民族と結婚したウイグル人女性に対して18万元もの金を「祝い金」として支給するようなった。18万元(日本円で280万)といえば、ウイグル人にとって、生活が一変するほどの大金だ。また漢民族と結婚すればいい仕事も見つかり、その女性の人生も一変する。ウイグルの農村生活の厳しさを考えると、こうした道を選ぶ女性は増え続けるかもしれない。

マハムティ氏は、「中国政府は、宗教を理由にウイグルからウイグル人たちを一掃し、消滅させることを狙っている」と見る。ウイグルの人たちは、自らの国を取り戻すことよりも先に、民族の存続自体が危うい事態を迎えている。「ウイグル人を第二のユダヤ人にさせないでほしい」とマハムティ氏は訴える。

<国防費以上にコストがかかる治安維持費>

中国の国防費は今年ついに1兆元(18兆円)を超えた。ロケット軍の創設や宇宙空間の軍事利用、南シナ海の軍事拠点化などを見れば、多額の軍事費が必要なのは明らかだが、この国防費を上回る額が計上され、大きな伸びを示しているのが、実は公共安全費、つまり国内の治安維持対策費だ。公安司法部門や武装警察など国内の治安維持対策にかかる経費が国防費を上回る傾向は、2009年以降、一貫して続いている。ホータンやカシュガルで実際に目にした警察の設備や装備、24時間365日の警戒監視態勢、そこに費やされる膨大な人員とコストを考えれば、治安維持費が国防費を上回り、1兆元以上だと言われても、「さもありなん」と納得してしまいそうだ。

それにしても、敵国との戦争を想定した国防費より、自国の民衆を相手にした治安維持のほうが、多額の金がかかるという国が、尋常な国であるはずがない。膨大なコストを費やし、強権統治しなければ住民を治められないとするなら、それはもはや「植民地支配」であることを自ら認めたのも同然だ。そんな国に「世界一安全な国」だと豪語され、あまつさえ一帯一路やAIIBアジアインフラ投資銀行など世界経済の主導権を握られ、貿易ルールや世界の秩序づくりまで牛耳られることなど、あってはならない。