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のらくらり。

服は天寿を全うする

2022.02.18 08:40

居候を終えて三兄弟だけの生活をしている頃、関係が進む前のアルルイ未満のお話。

アルバート兄様のお下がりをもらって嬉しいルイス、かわよ。


「む」

「…?」


近隣貴族からの招待を受けたというアルバートは、家族に見せる表情から一変して隙のない表情を携える。

その表情のままジャケットを羽織ったのだが、どうにも肩周りがきついというか、なんとも言えない違和感を覚えてしまった。

気に入っていたデザインだったのに。

思わず出てしまった不満の声に、アルバートの着替えを手伝っていたルイスは首を傾げて兄を見上げる。


「どうされましたか、アルバート兄様」

「…いや、ジャケットが少々窮屈でね」

「窮屈」


ルイスは居心地悪そうに肩を竦めるアルバートを改めて見る。

確かに言葉の通り窮屈な印象を受けるし、腕の長いアルバートにしてみれば袖が不恰好にも短く感じられた。

出会った頃よりも随分と背が伸びているアルバートだったが、まだまだ彼は成長期真っ只中なのだろう。

まめに採寸してスーツを作り直しているとはいえ、少し前に作ったばかりのこのスーツの寿命は随分と短かったらしい。

スラックスの方は特に問題があるようには見えないが、元より足の長いアルバートの体型を考慮して始めから格好が付くよう裾は長めに作られていたことを思い出す。

今のアルバートはジャケットさえ着ていなければとても品良く格好の良い貴族なのに、ジャケットを羽織ってしまうとその洗練された雰囲気が台無しになってしまっていた。


「きっと背が伸びたのでしょうね。訓練もしているので、以前より筋肉がついた影響もあるかもしれません」

「そうだろうな…仕方ない。ルイス、先日届いたスーツを上下一式用意してもらえるかい?」

「分かりました。すぐに持ってきます」


アルバートは肩が凝りそうに窮屈なジャケットを諦め、新しく仕立てたばかりのスーツを選ぶ。

余所行き用に上質かつ華やかに仕立て上げたこのスーツは割合気に入っていたのだが、サイズが合わないものを着て満足するほどアルバートの美的感覚は鈍くなかった。

出来ることならば、新しいスーツは月末に兄弟揃って招待されている食事会で初めて袖を通したかったのだが仕方ない。

小さく吐かれたアルバートの溜め息に眉を落としつつ、ルイスはクローゼットに掛けられているアルバートの新着したスーツを手に戻ってくる。


「せっかく兄様に似合っていたのに残念ですね…まだあまり着ていなかったのに」

「仕方がないさ。背が伸びるのはありがたいことだが、こうもすくすく伸びてしまうと確かに厄介ではあるがね」


少し前のルイスならば大きめに用意した衣服を長く使うことが当たり前だったし、サイズアウトしてしまっても繕い直して着ることもままあった。

こうして貴族家の一員となってからは、それが一部の人間だけの当たり前でしかないことに驚いたものである。

けれど、みすぼらしい一面を見せて周辺貴族から浮いてしまっても困る。

そもそもそんな無様な衣服などアルバートには似合わないのだ。

気高く聡明でいついかなるときも格好良くて美しいアルバートには、たとえ貴族でなくたって一級品ばかりが似合うのだから。

ルイスはアルバートから渡されたジャケットを腕に抱き、新品のそれに腕を通す兄を見た。


「よくお似合いです、アルバート兄様」

「ありがとう、ルイス」

「兄様はそんなに背が伸びていたのですね。気付きませんでした」

「ともに生活していると気付かないものだからね。ルイスもきっと背が伸びているんだろう」

「そうでしょうか」

「伸びているはずだよ。ちゃんと食べてよく寝て訓練もこなしている。伸びていないはずがない」


アルバートは真新しいジャケットを羽織り肩周りの動かしやすさと袖の長さに納得する。

大きな鏡の前で自分の姿を客観的に見て納得したように頷いてから、幾分か低い位置にあるルイスを見下ろした。

小柄だった弟は未だ細身だが、それでもきちんと成長しているように見える。

頬はふっくらしているし、すらりと伸びた手足は不安になる程の細さから脱却したようにも思う。

かつてはナイフを持ち出されるほど警戒されていたというのに、今ではその大きな瞳だけで「兄様、格好良い」と訴えてくるのだから嬉しい限りだ。

優越感と自尊心が満たされていくような心地のまま、アルバートはルイスが持っていた己のジャケットを奪い、まだまだ細いその肩へと押し当てる。


「兄様?」

「着てみようか。僕にはもう小さいが、ルイスならサイズが合うかもしれない」

「で、では…」


アルバートが着るにはサイズの合わないジャケットだが、ルイスならばまだ少し大きいサイズ程度で収まるだろう。

服に着られている感は拭えないだろうけど、元々ルイスは「早く大きくなるので大きいサイズで作ってください」と己が持つ身長の可能性を信じているタイプだ。

不恰好にならない程度のオーバーサイズを好んで着ているから構わないだろうと、アルバートはルイスに己のジャケットを恭しく着せていく。

襟を正すように裾を引き、後ろから抱きしめるようにボタンを止めてやれば、照れたようにふっくらした頬を染める弟の姿が可愛かった。

そのまま鏡の前に来るよう促しては、二人揃って反転した自分達の姿を視界に入れる。


「うん、よく似合っているよ」

「あ、ありがとうございます」


自分が気に入っていたデザインのジャケットをその身に纏うルイスは、まるで自分の所有物のように感じられて気分が良かった。

実際はルイスがウィリアムのものであることくらい承知だが、それでもルイスが自分を慕ってくれていることは間違いようもない事実だ。

これくらいは構わないだろうと、アルバートは緊張した面持ちでジャケットの袖を握る鏡の中のルイスを見やる。


「これはルイスにあげようか。どうせ僕はもう着ることが出来ないし、ルイスには少し大きめだから長く着られるだろう」

「えっ」

「おや、もしかして僕のお下がりは嫌かな?」

「ちが、違います!えと、その…」

「ん?

「その…い、良いんですか…?に、兄様の物なのに…」


喜んでくれると思っていただけにその反応には少しだけ落胆しそうになる。

だがアルバートが肩を落とすよりも先にルイスが必死な否定したのだから、少しの気落ちをする暇もなかった。

鏡越しのルイスはわたわたと両手を動かしており、大人しい気質とは思えないほどに表情豊かだ。

そんな様子を見せるほどには懐いてくれているというだけで、十分過ぎるほどにアルバートは満足だった。


「どういう意味だい?」

「このジャケットは元々アルバート兄様の物なのに、僕が頂いても良いのかと…」

「…今までにもルイスには贈り物をしているだろう?それと何が違うんだい?」

「全然違います!だってこれは、兄様が気に入っていたジャケットで…もう着れなくなったとはいえ、 兄様が愛用していた物なんですよ」


もしや使い古しの中古品を嫌っているのだろうかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

生まれと育ちを考えればルイスが中古品など気にするはずもないのだから当然だ。

ゆえにルイスはアルバートが大切にしていたものをそのまま貰い受けて良いのだろうかと、そんなことを気にかけているようだった。


「兄様が大切にしていた物だから、僕なんかが受け取って良い物じゃないと、思って」


言葉ではそう言っているし、実際それはルイスの本心なのだろう。

けれど染まった頬が証明しているように、ルイスがアルバートの言葉を嬉しいと感じているのも事実だった。

なるほど、と思いながらアルバートはルイスの両肩に手を添え、小さな頭にそっと顔を寄せて穏やかに囁いていく。


「愛用していた物だからこそ、ルイスに使ってもらいたい。その方がジャケットも浮かばれるし、何より僕も嬉しく思う」


思いの外、唇から漏れ出る音が甘ったるくなったことに自分で驚く。

けれど悪い気はしないと、アルバートはかつて自分が愛用していたジャケットを着ているルイスを見た。

まだ幼さが残るからこそ着られている感は拭えないが、それでもとてもよく似合っているのは確かだ。

残念ながら成長期ゆえに長く着ることは出来なかったアルバートのジャケットも、ルイスがそれを着る姿を長く見られるのならば、物としての存在価値は上出来だろう。


「よく似合っているよ。僕の分まで、ルイスが長く着てくれると助かる」

「だ、…大事にします!兄様の分まで大事に着ますので!」

「ありがとう」


鏡越しではなく、体を振り向かせてからアルバートを直接見上げてルイスは言う。

月末の食事会もこれを着ていきます、と張り切るルイスの髪を撫で、アルバートは至極満足そうに笑みを浮かべる。

そうしてスラックスを着替えて身支度を整えてからルイスの見送りのもと、アルバートは予定通りに訪ねてきた辻馬車に乗って出かけていった。




「兄さん兄さん」

「ルイス。あれ、珍しい服を着ているね?」


アルバートを見送ったルイスは部屋にこもって入学前の課題をこなしていたウィリアムの部屋を訪ね、アルバートに譲ってもらったばかりのスーツ一式を着込んだ姿を兄に見せる。

普段のルイスならば邪魔をしないようノック後の返事を聞いてから部屋の中に入るというのに、今日は珍しく許可を出す前に入ってきた。

そんな弟にウィリアムが驚いたかと思えば、朝まで着ていた服とは違うお洒落着でめかし込んでいるルイスにまたも驚いてしまう。


「アルバート兄様にお下がりを頂きました。背が伸びてしまったのでサイズアウトしてしまい、もう着られないからと」

「なるほど、そうだったのか。よく似合っているよ」

「ふふ」


どこかで見たスーツは記憶の通りアルバートが愛用していた物だったらしく、少しだけ大きいサイズのそれに身を包んでいるルイスはどこか幼さが強調されているようにも思う。

アルバートが着ると途端に大人びてスマートな雰囲気が醸されていたが、ルイスではまだ幼すぎて本人とスーツが持つ空気がチグハグだ。

それでもルイス本来の顔立ちの良さで魅力を底上げしているらしく、アルバートとは違った意味でとても似合っていた。

加えて、アルバートが愛用しているヘアワックスを拝借しているらしい。

いつもはふわふわサラサラ流れる髪が束になって固められており、かつ漂う香りはアルバートと同じ物だった。

尊敬する兄の真似をしているように見えて可愛らしい。

まだまだアルバートのような洗練された格好良さや色気には遠く及ばないけれど、ルイスなりに着こなしているこのスーツはとてもよく似合っているのだ。

ウィリアムは課題中でやや疲れていた気持ちが途端に癒やされるのを実感した。


「ん」

「…うん?」


するとルイスが両足を揃えたかと思えば両手を軽く外に広げ、背筋を伸ばして小首を傾げるようにウィリアムを見た。

椅子に腰掛けている分、いつもと違って見下ろされる視線に不思議な気持ちを覚える。

だがルイスはそんなウィリアムに構うことなく、そわそわしたようにじっと兄を見下ろしていた。


「ルイス?」

「どうですか?格好良いですか?」

「か…」


そわそわした表情の中で期待に満ちたように煌めく瞳を輝かせながら、ルイスはもう一度、格好良いですか、と聞いてくる。

どうやらアルバートの衣服を着て、アルバートのヘアワックスを借りて、何とも可愛らしいポーズを取ったルイスが求めているのは、アルバートのような格好良さらしい。

これで格好良いと答えない人間は兄ではないだろう。

ウィリアムはルイスが求めているだろう返事をするため、吃った口を引き締める。


「かわ、こいよ」

「かわこい?」

「格好良いよ、ルイス」

「本当ですか!」


ウィリアムは無意識に口をついて出た言葉をどうにか軌道修正したけれど、上手く誤魔化せなかったと自己評価を下す。

けれど素直なルイスは疑問を抱きつつもその後に告げられた言葉で満足したらしく、両手を前に揃えて握ったかと思えばぴょんと一度飛び跳ねた。

ルイスが無垢で本当に良かったと、ウィリアムは思う。


「とても格好良いよルイス」

「このスーツ、兄様にとってもよく似合っていました。だから僕も兄様みたいに格好良く着こなせたら嬉しいと思ったんです。僕、アルバート兄様みたいですか?」

「うん、アルバート兄さんみたいに格好良いよ」


ぱぁ、と表情を明るくさせるルイスは心底嬉しそうで、アルバートからのお下がりを貰えたことも彼のようになりたいと思っているところも含めて大層可愛らしかった。

どうやら最近格好良さを求めているらしいルイス本人へは、決して伝えることは出来ないけれど。


「僕、兄さん以外のお下がりなんて初めてです。アルバート兄様からのお下がりなんて、兄様の特別になれたみたいで嬉しい」


手振りを含めてウィリアムにアルバートからスーツをもらった経緯を説明するルイスはとても浮かれているようだった。

もうとっくにアルバートの弟として特別な存在だというのに、それを実感するたびにルイスは嬉しくなってしまうのだろう。

兄様みたいな人になりたいのだと全身で訴えるルイスにウィリアムが感じるのは安堵感だ。

ルイスもアルバートも自分のものなのだから、その二人が親密になっていくのは見ていて楽しい。

けれどルイスはアルバートに対し、まだまだ恥ずかしさの方が先立ってしまうようだ。

アルバートのおかげでこんなにも幸せそうな表情を浮かべるルイスなのに、勿体無いことにアルバートはまだこの表情を知らないのだろう。

いつか然るべき関係に二人が収まったら教えてあげようと、ウィリアムは近い未来を思い表情を綻ばせた。




「ルイス、これももう着られなくなってしまったから君に譲ろう。受け取ってくれるかい?」

「わぁ、良いんですか?ありがとうございます、アルバート兄様」

「思った通りよく似合っているよ、ルイス」


以来、自分が過去に着ていた衣服をルイスが身に纏うことに優越感を覚えたアルバートは、頻回にルイスへ服を譲るようになった。

些細な所有を宣言するそれを特別だと実感しては嬉しく思いながら、ルイスはまだまだ着られている服を身に纏いウィリアムへ感想をねだる。

その度に嬉しそうな表情を浮かべるルイスが可愛くて、ウィリアムは役得だとばかりに両手を叩いて拍手を送った。


「兄さん、僕格好良いですか?兄様みたい?」

「かわ、こいよ」

「かわこい?」

「格好良いよ、ルイス。まるでアルバート兄さんみたいだ」


ゆっくりと関係を進めていくであろう兄と弟を見守りつつ、ウィリアムは今日もアルバートのお下がりを着るルイスを不器用に褒めるのだった。




(…あ。このシャツ、僕のじゃなくアルバート兄様のものだ…モランさんめ、適当にシャツをしまったんですね、全く)


(…………)

(……まぁ、たまには良いか)

(兄様のシャツ、肩周りと胴回りの布が少しだけ余る。やっぱり僕よりも体が仕上がっているんだな…昔より背が追いついてお下がりも貰わなくなったから知らなかった)

(まだまだ兄様の方が体格が良いのか…さすがアルバート兄様)

(…兄様の匂いがする。ふふ)

(お下がりを貰ってた頃が懐かしいな…)


(ルイス、用意は出来たかい?おや…)

(に、いさま!)

(すまない、まだ着替え中だったのか)

(す、すみません、すぐに用意します!)

(いや、時間はあるから急がなくて良い。ところで、ルイス)

(は、い)

(そのシャツは私のものかな?)

(…仰る通りで)

(昔はあんなにサイズが余っていたのに、ルイスも随分と大きくなったものだね)

(…もう23ですから)

(それで、ルイス)

(…はい)

(私のシャツを着ている理由を聞いても良いかな?)

(〜〜…!)

(そう照れなくても良い。私の服を着ているルイスを見るのは気分が良いからね。昔は喜んで着ていたけれど、さて今はどんな心地かな?)

(ぁ…ぅ…〜〜…!)