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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

ロマン派の時代7-ワルツの流行シュトラウス

2022.02.21 09:34

この時代、ウィーンの人々はダンスに熱中した。なんと人口25万人のうち5万人が毎晩踊っていたとのことである。民衆のコントロールは「パンとサーカス」と言われるが、メッテルニヒの政策は「パンとダンス」といえるかもしれない。しかし貴族からブルジョア市民の時代にダンスも変わる。

新たなダンスの流行は、ワルツだった。ワルツは男女が身体を接して踊るので、長らく禁止されていたが、民衆の登場と共に、スピードのあるワルツに変わった。行動範囲の広いワルツは大きなダンスホールが必要だった。そして出てきた作曲家がヨーゼフ・ランナーとヨハン・シュトラウスである。

ウィーンっ子は、この2人の優劣をつけたがった。そして1828年ぶ登場ボックで、2人が揃って演奏中に激しい口論をするという「ワルツ合戦」が起こったと伝えられている。その後シュトラウスは自分の楽団をもって、鎬を削ったが、43年にランナーが亡くなってからはシュトラウスの独壇場となった。

シュトラウスは、ヨーロッパを演奏してワルツを広げ「ワルツ王」「ワルツのナポレオン」という異名をとった。ここでもナポレオンは生きていたのだ。ワグナーはシュトラウスを「大衆音楽の魔術師」と呼んでいる。ヴィルトゥオーゾ(達人)の時代がやってくる。