本当に「平和と繁栄」の「一帯一路」か?
~中国パキスタン経済回廊の現地を見る~
習近平体制下の中国は、新疆ウイグルを起点に中央アジアやパキスタンに繋がる現代版シルクロード「一帯一路」の構想を進め、中東・ヨーロッパにまで経済圏を拡大しようと計画している。しかし、その起点となる新疆ウイグルで、イスラム教徒のウイグル人に対する厳しい締め付けや迫害は、中東イスラム諸国の反発を招き、「一帯一路」への協力を取り付ける上で障害になることはないのか?
この夏、私は新疆ウイグルを訪ね、新疆南部のカシュガルからさらに南下し、中国最西部の町タシュクルガンまで足を運んだ。パミール高原の標高7000メートル級の雪山の峰々を見ながら走る山岳道路は「カラコルム・ハイウェイ」とも呼ばれる。その昔、玄奘三蔵やマルコ・ポーロも歩いたかつてのシルクロードだ。
(以下のYoutube動画で、今回の旅で現地で撮影した映像を公開しています)
https://www.youtube.com/watch?v=2LoZDsS8QzQ&t
中パ経済回廊の中国側道路
いま、このルートは現代版シルクロード「一帯一路」の重要プロジェクトのひとつ、カシュガルからパキスタン西部のグワダル港まで繋がる「中国パキスタン経済回廊」(CPEC:China-Pakistan Economic Corridor)の一部となっている。パミール高原の険しい渓谷を縫うようにして新しい高架橋がつぎつぎに作られ、高速道路の整備が進んでいた。標高7649メートル、カラコルム山脈でもっとも高いコングール山のふもとを掘削して作られたトンネル(公格尓隧道)も完成していた。起伏の激しいかつての山岳道路に比べれば、道路事情は格段に便利になったことは間違いない。
カシュガルからグワダル港まで3000キロに及ぶ「中国パキスタン経済回廊」は、高速道路のほか鉄道、石油パイプライン、通信ケーブル網などを整備し、物流のネットワークを目指している。またこの経済回廊の周辺一帯で、水力や風力、太陽光発電など総合的なエネルギー開発を行い、電力が逼迫するパキスタン国内にむけて中国側から電力を送る送電網の整備も計画されている。カシュガルからタシュクルガンに向う途中の山の中には、すでに発電量60万キロワットの水力発電ダム(布倫口水庫)が完成し、そのダム湖(白沙湖)は観光地になっていた。
布倫口ダム湖(白沙湖)
今回、カシュガルからタシュクルガンまでの間では、高速道路の工事は確認できたが、そのほかの石油パイプラインや通信ケーブル、送電線などの工事の形跡は見ることができなかった。将来的には中国版新幹線が走る「高速鉄道」の計画もあるようだが、峻険なパミール高原を貫いて鉄道を建設するのは容易ではなく、かなりの難工事になるものと思われた。そもそもこの地域の鉄道輸送にどれだけに需要があるのか、現在の通行車両や観光客など人の移動の規模を見る限り、トラックやバスの輸送で十分で、鉄道の需要はそれほど多くないのではないかと思われた。
<中パ経済回廊は一帯一路の旗艦プロジェクト>
ところで中国は新シルクロード経済圏「一帯一路」の構想として、「中パ経済回廊」のほか、次の5つの経済回廊の構想を進めている。①西安・蘭州からユーラシア大陸を横断しオランダ・ロッテルダムまでつなぐ「新亜欧大陸橋(アジア欧州ランドブリッジ)」、②中国東北部からシベリアを抜けモスクワ・サンクトペテルブルクまでつなぐ「中蒙俄(中国・モンゴル・ロシア)経済走廊」、③ウルムチからタジキスタン・イランなど中央アジア・西アジアを経てトルコ・イスタンブールまでの「中国-中亜-西亜経済走廊」、④昆明からミャンマー・バングラデッシュを通り、インド・ムンバイをつなぐ「孟中印緬(バングラ・中・印・ミャンマー)経済走廊」、そして⑤広州からインドシナ半島を抜けシンガポールまで達する「中国-中南(インドシナ)半島経済走廊」である。
6つの経済回廊のうち、パキスタンとを結ぶ「中パ経済回廊」がもっとも早くから構想され、一帯一路の旗艦(Flagship)プロジェクトと位置づけられている。なぜなら、この回廊の北は「一帯」すなわち「シルクロード経済ベルト」と繋がり、南はグワダル港で「一路」すなわち「海のシルクロード」と連結する。つまり「中パ経済回廊」によってインド洋への出口と繋がれば、「一帯一路」を南北で縦貫する重要な戦略ルートとなる。さらに中東やアフリカ、欧州との貿易路を短縮でき、輸送コストの削減に繋がるという期待もある。さらには中パ経済回廊を含めた「一帯一路」によって、中国側の窓口の一つである新疆ウイグル全体の経済発展が進めば、不安定なこの地域の政治的安定化に繋がるかもしれない、という思惑もある。
参考『図解絲綢之路経済帯』(西安地図出版社2017年6月216頁)
<中パ経済回廊に期待する広東省企業の進出>
今回の旅の見聞で驚いたのは、カシュガル郊外の開発区に、広東省の企業だけが集まった企業団地がつくられていたことだった。広東省の家電メーカーが集まって「中国西部電商総部基地」と名づけた大型ショッピングセンターもできていた。また安価な日用雑貨など輸出製品の集積地となっている浙江省義烏市の貿易会社もカシュガルに進出し、看板を掲げていた。
実はカシュガルと広東省は、「西部大開発」の大号令のもと、発展の早い沿海部の都市が、発展から取り残された内陸部の都市を支援するという協力関係・パートナーシップ協定を結んでいる。そうした関係もあって、多くの広東省企業がカシュガルに進出しているのだが、明らかに新しい物流ネットワークとしての「中パ経済回廊」の効果に期待し、カシュガルからパキスタンへ、さらにはその先の中東・アフリカ向けの輸出拡大を先取りした動きでもあった。
(「中国西部電商総部基地」)
(「義烏商品交易場」)
しかし、広東省の製品なら、香港を経由して海上輸送したほうがはるかに効率的でコストも安いと思われる。海運のコストは、鉄道の5分の1、陸送の10分の1といわれる。それを、わざわざ中国東部の沿岸部から最西端のカシュガルまで中国大陸を横断して陸路や空路で商品を運び、それをさらに積み替えて中パ経済回廊でペルシャ湾、中東まで運ぶというのは、いかにも効率が悪く理屈に合わないように見える。同じことは、逆の流れ、つまりグワダル港から中国西北部・新疆ウイグルまでの石油の輸送についても言えることで、石油パイプラインを敷設し、あるいは鉄道やトラックで石油を陸送するにしても、マラッカ海峡を経由してタンカーで輸送する場合と比べてコストは何倍も膨らむ。さらにカシュガルから先の中国内陸部の消費地まで石油を運ぶには、さらに気の遠くなるようなコストが掛かるはずだ。
<人の移動を阻む国境警備と紛争地帯の制約>
カシュガルからタシュクルガンまでの移動距離はおよそ300キロ。朝9時にカシュガルを出発し、タシュクルガンに到着したのは19時近くで、途中何度かの休憩や観光を挟んだとはいえ、ほぼ一日がかりの行程だった。移動に時間がかかったのは、テロ対策のためと称して車の通行に厳しい速度制限が課せられているからだった。車の通行はほとんどなく見通しのよい道路が延々と続いているにも関わらず、多くの区間で時速40キロ以下ののろのろ運転を強いられた。それに違反した運転手は200元から300元の罰金が科せられると言われた。車の速度を規制する合理的な理由は何なのかよく理解できなかったが、テロ対策の一環だとされる速度規制は新疆全域で行われていた。現地ガイドに「時は金なり、は経済の基本だ」と文句をいうと「治安を守ることのほうが万事に優先される」と一蹴された。経済効率よりもテロ対策のほうが優先されるのは、中パ経済回廊でも事情は同じだった。
タシュクルガンまでの道路は、「世界の屋根」パミール高原の白い雪の峰々が車窓に展開し、雪山のふもとに広がる大草原ではヤクの放牧が行われ、青い空と白い雪山を背景にしたエメラルドグリーンのカラクリ湖など、変化に富んだ絶景を楽しむことができる。また漢代から清代まで続いた王城の跡で玄奘三蔵やマルコ・ポーロも滞在したと伝わる「石頭城」をはじめ、歴史のロマンを感じさせるシルクロードの遺跡もあり、観光資源にも恵まれている。人口3万人のタジク人が暮らす街タシュクルガンの地元政府も「中国パキスタン友好路」と名づけて観光地として売り出し、観光客の誘致に力を入れているが、警備の厳しい国境地帯という制約もあり、人の往来はまだまだ簡単ではない。カシュガルからタシュクルガンまでの間に2か所の検問所を通過し、国境地帯に入るためのパスポートチェックを受けなければならなかった。
ヤクの放牧場
タシュクルガンの検問所
国境地帯に入る辺境検査所
<一帯一路に反発するインドに気を使う中国>
逆にパキスタン側から国境を越えてタシュクルガンに来る場合も、インド、パキスタン、中国の3カ国が領有権を争う紛争地帯・カシミールを通らなければならない。カシミール地方では、インドとパキスタンがそれぞれ実効支配する領域に分かれ、その境界の「管理ライン」(実効支配線LOC)に沿って両軍が対峙している。また中国とインドも、互いに主張する「国境線」が相手側の主張する領域に入り込み、今もって国境線は画定していない。印・パ、中・印ともに、国境警備の軍が相手の領域に侵入したり発砲したりと小競り合いを繰り返し、今も軍事的緊張は続いている。
2017年5月、習近平が主催して北京で開いた「一帯一路」国際フォーラムに、インドのモディ首相は出席しなかった。閣僚を含めてインドは誰ひとり代表団を送らず、参加をボイコットした。パキスタンが実効支配するカシミール地方を、中パ経済回廊のルートが通るということは、カシミール地方におけるパキスタンの領有権を認めることになるため、インドは中パ経済回廊の計画に反発し、「一帯一路」国際フォーラムへの参加も拒否したのだ。
そうしたインドの反発を中国が十分に意識していることは、ことし6月中国で出版された「一帯一路」の解説本『図解絲綢之路(シルクロード)経済帯』に示された地図でも見て取ることができる。中パ経済回廊のルートを示す地図が、カシミール地方は通っていないと見せかけるために、不自然に修正されて描かれているからだ。
中パ経済回廊の中国からパキスタンに入るルートが、「カラコルム・ハイウェイ」と呼ばれる現在の道路(国道314号線)と同じだとすると、カシュガルからタシュクルガンを経由してさらに南下し、クンジェラプ(紅其拉甫Kunjerahp)峠を越えて、パキスタンが実効支配するカシミール地方に入ることになる(地図①の白の部分)。
① カシミール地方の詳細地図(『図解絲綢之路経済帯』西安地図出版社P150)
(矢印はクンジェラプ(紅其拉甫 Kunjerahp)を示す)
しかし、たとえば中パ経済回廊の鉄道ルートを示す地図②では、カシミール地方を示す白い部分を避けて、そのふちを迂回するように鉄道のルートが描かれている。しかし、中パ両国の国境地帯を示す地図①を見ればわかるように、中国との国境線はすべてパキスタンが実効支配するカシミール地方と接しており、鉄道ルートが通るとされるクンジェラプ(紅其拉甫Kunjerahp)峠も、カシミールのパキスタン実効支配地域にある。つまり、カシミール地方を通らずに中国からパキスタンに抜けるのは物理的に不可能なのだ。
また物流ネットワークを示す別の地図③では、途中でタジキスタンの領土をかすめ、さらにアフガニスタンを通過してパキスタンへの国境へと抜けるルートで描かれている。カシミール地方を避けるために意図的にルートを設定したのは明らかで、これではカラコルム山脈の山岳地帯の真ん中、しかもタリバンやISなどによる反政府活動が活発な国境地帯を通過することになる。経済効率や安定性が優先される物流ネットワークにおいて、こんな危険地帯をわざわざ通ることなどありえない。
② 中巴経済回廊の鉄道ルートを示す地図(『図解絲綢之路経済帯』西安地図出版社P153)
(白い部分がカシミール地方、赤い×印の点線=印パ休戦ラインで、その上半分はパキスタンの実効支配地域を示す)
③ 中央アジア主要都市を結んだ物流ルートを示す地図
(「塔吉克斯坦」=タジキスタン、「阿富汗」=アフガニスタン)
当然のことながら「一帯一路」の全体計画を示す地図④や日本の新聞が伝える概念図⑤では、中パ経済回廊のルートはカシミール地方を通る形で描かれている。中国の思惑が露骨に透けて見える②や③の地図は、小賢しいというか胡散臭いというか、中パ経済回廊の計画そのものにも、何か後ろめたさやまやかしがあるのではないかとさえ勘ぐりたくなる。
④ 「一帯一路規画全景図」の拡大図
(カシュガル(喀什)からカシミール地方をとおりイスタンブール(伊斯蘭堡)まで緑の線が繋がっている)
⑤ 日本の新聞などでの解説図
誰でも分かる小細工まで弄して、カシミール地方を通らないルートにわざわざ書き換えているのは、「一帯一路」やAIIBアジアインフラ投資銀行の推進、さらには新興5カ国BRICSの国際的枠組みを守るためにもインドの協力は不可欠であり、カシミール問題をめぐってインドの反発を招くことは絶対に避けなければならないからだ。
インドに擦り寄る中国は、インドに対して「中パ経済回廊」の名前は「中国・パキスタン・インド経済回廊」に変えても、あるいは「インダス回廊」と呼んでもいいと提案し、「一帯一路」国際フォーラムへの参加を呼びかけたという。これに対してインドは、「貿易や商業の利害のために主権を譲り渡す国などない」と反発し、「中パ経済回廊にまともな経済的意義はない。その動機は、本質的に政治的・戦略的な性質のものだ」と一蹴したとされる。
(「インドが中国一帯一路に肘鉄砲、中印の亀裂を露呈」ロイター2017年5月24日)https://jp.reuters.com/article/china-silkroad-india-idJPKBN18K098
<バロチスタン地方での反中国暴動と治安の悪化>
中パ経済回廊のもう一方の出口、グワダル港を抱えるバロチスタン地方も極めて治安状況が悪く、日本の外務省は、カシミール地方と同様、バロチスタン地方への渡航も極力避けるように呼びかけている。
もともとバロチスタン地方は、1955年まで600年間続いた独立国家であり、パキスタン併合への反発から自治権の拡大や分離独立をもとめる反政府活動が頻発している。バロチスタン地方は、面積ではパキスタン全土の4割を占めるが、人口はわずかに5%にすぎない。しかし石炭や天然ガスなどの地下資源に恵まれ、バロチスタンの人々は、その豊かな資源がパキスタンによって簒奪されていると考えている。そこに新たに「中パ経済回廊」のプロジェクトが始まり、大量の中国人労働者が中国製の建設資材とともにどっと入り込み、中国人居住区を作り、インフラ工事を始めた。地元には何の経済的な恩恵をもたらさず、中国もバロチスタンの富を一方的に収奪しているように見える。
「中パ経済回廊」への反発から、関連事業に従事する中国人やパキスタン人へのテロが頻発している。公式発表によると2014年はじめから2016年9月にかけて、パキスタン人44人が犠牲になったほか、中国人作業員も2人が殺害された。直近でも「一帯一路」国際フォーラムが開催中の2017年5月、グワダルでテロが発生し、パキスタン人作業員10人が犠牲になったほか、同じ5月、バロチスタン州クエッタでは中国人2人が誘拐・殺害されている。こうした事件を受けて、中国政府の強い要請もあり、「中パ経済回廊」の工事に従事する中国人作業員7000人の安全を確保するため、パキスタンは、その倍以上の15,000人規模の専従の治安部隊を創設し、工事現場や中国人居住区の警備にあたっている。また工事現場の周辺では中国の武装警察の車両が目撃され、警備に当たっているとも伝えられる。
<軍の輸送展開ルートとしても重要な経済回廊>
物流のネットワークとして建設が進められている中パ経済回廊だが、実は、一朝有事に際して、このルートを使えば軍部隊を迅速に展開し、軍の装備も大量に輸送できることが分かる。しかも、中パ経済回廊の沿線は、これまで見てきたように新疆ウイグル、カシミール地方、バロチスタン州など、どこもテロや暴動など不穏な状況が続き、治安部隊による対処が必要なところばかりだ。
香港の英字紙サウスチャイナ・モーニングポストは、2017年3月、中国海軍は陸戦隊を現行の2万人から6個旅団10万人規模に増強し、その一部をグワダル港にも駐留させる計画であると報じた。さらにグワダル港に艦船の修理ドックを造り、恒久基地化する計画もあると伝えている。グワダル港に配置された海軍陸戦隊は、有事の際には中東・アフリカを含めて、現地で活動する中国企業や中国同胞の救出作戦にあたることにもなる。さらに逆の見方をすれば、新疆ウイグルで何か不測の事態が発生すれば、中パ経済回廊のルートを利用して、西側から国内の救援に駆けつけることも可能だ。中パ経済回廊は、経済的利益を追求するだけの純粋な経済プロジェクトというよりも、中国の安全保障上の動機に突き動かされた国家戦略であることは明らかだ。
中パ経済回廊は2030年の完工を目指し、当初予定の投資額は460億米ドルとされた。しかし、この額はすでに620億ドルまで拡大し、2030年までの長期計画をめぐる中パ両国の協議の内容次第では、さらに投資額が増える可能性もあるという。
とりあえずは中国の資金に頼り、中国企業の進出に期待するしかないが、問題は、その進出のあり方だ。建設作業に従事するのは中国からやってきた大量の中国人労働者であり、しかも犯罪を犯し刑に服している囚人も含まれるといわれる。さらに建設資材や建設機械、食料や日用雑貨などすべてを中国から持ち込み、中国人だけの居住区を作り、そこで自給自足の生活を送ることになる。地元にお金が落とすことはなく、地元を潤す経済効果は何も期待できない。むしろ、安い中国製品が市場に流入し、パキスタン製品はまたたく間に駆逐され、貿易赤字は拡大し、外貨準備はすぐに底をつくだろう。パキスタンはいずれ負債だけが拡大し、借金漬けの国になるのではないか。借金が払えなければラオスやスリランカと同じように、インフラや土地の使用権を譲り渡せと要求され、中国の実質的な植民地支配が始まるだけだ。
<一帯一路の成功のためには中国の国内改革が必要>
「平和と繁栄」「共存共栄」を旗印に掲げ、ウィンウィンの関係を謳う「一帯一路」を、真に成功させるためには、何より中国自身の国内改革が必要だ。中国から一帯一路の関係国へ、一方的にモノやカネが流れる関係ではなく、ヒトや情報を含めて双方向の流れを実現させることが重要で、そのためには中国の国内市場や金融市場が国外に開放され、「一帯一路」の相手国にとっても中国への市場アクセスがより自由になることが前提となる。
中国の国営企業が独占していることが多い海外貿易や国内の流通販売ルートに、外国企業も参入できるようにする。中国が一方的に資金を融資し、相手国に負債だけを押し付けるのではなく、相手国も中国国内で債権を発行し資金を調達できるように金融市場を開放する。さらに相手国の国民も中国に来て自由に仕事を探し、ビジネスができる環境を整える必要がある。そして国外からヒトやモノが入るということは、その人に付随して異国の文化や宗教もいっしょに中国に流入するということである。ビジネス活動のためには知的財産が保護され、インターネットをはじめ世界のメディア情報にも制限なくアクセスできる環境も必要になる。
しかし現実には、「一帯一路」の中国側の起点であり、南アジアや中央アジアとの窓口となっている新疆ウイグルでは、社会全体が厳しい警戒と監視下に置かれ、日常的な検問を受け、通信や個人情報はつねに検閲にさらされている。つまり、「一帯一路」が目指す「平和と繁栄」、「共存共栄」などの理想とは、真逆な状況が続いているのだ。
また仮に、「一帯一路」を通じて中央アジアの国々との間で人の往来がもっと活発に行われるようになったとしたら、ウイグルの分離独立を主張するイスラム過激派の人たちも秘かに大量に流入してくるかもしれない。中国政府にとって、そうした状況は認めるわけにはいかないだろう。結局、新疆ウイグルでの厳しい警戒監視状況が続き、ウイグル人への迫害が続く限り、「平和と繁栄」の「一帯一路」など実現するはずはなく、夢物語に終わるしかないのではないか。