ジャッジをしない
やっと苺がお求めやすいお値段になってきて、少しだけ春の足音が聞こえてきそうな予感もする今日この頃です。
今日は最近思うことを書いてみます。
子育てをしていても、カウンセリングなど相談に乗っていても思うのですが、
正解とはなんでしょう。
写真の苺を甘いね、という人もいれば
まだ甘さが足りないね、という人もいて、
美味しいという基準はさまざまですよね。
数学などには決まった答えというものがあり、正解は一つかもしれませんが、生きていく中で何を選択し、どのように進んでいくのかには正解はないように思います。
世の中にはハウツー本、これさえやれば〇〇になれる本、素敵な子育てルール、恋人が今すぐ出来る本、等こういった類の本も沢山あり、それを一つの参考にすることは悪いことではないと思いますが…全てに当てはまる事例なんてものは存在しないのです。
また、SNSの世界でもよく見かける
正しい、間違っている等のジャッジをする言葉。
自分の正解を他人に押し付けたり、他人の間違いを自分の価値観で指摘したり。
もちろん、自分の考え方をしっかり持つことは大切な事。しかし、それを他人に押し付けたりするのはナンセンス。
また、今の自分はそう思っている事も明日の自分はまた意見が変わってしまうのかもしれない。
最近、娘と一緒に考える事がありました。
周りの人達と考えが違ったり、見た目が浮いていたりすることについて。
浮いている、違っているとダメなのでしょうか?みんな一緒、平等、そういう風潮はあるのかもしれません。しかし、人を悲しませたり傷付けたりすることをしなければ、それは個性として尊重し合う事の方が素晴らしいのでは。そういう結論に至りました。
基本的に良い、悪いは自分で決める事だと思うんです。しかも、良いと思っていた事も時が経てばそう思わなくなる事もあると思います。人は死ぬまで成長し、変化し続けます。
その人生の中でその時々に自分が一番良いと思う判断が一番なんです。
自分が納得していれば、いくら失敗しようと自分の責任。失敗も経験値を上げる為に必要なのです。
明日、ひと月後、一年後が当たり前に来るかは誰にもわからない。貴重な人生の時間。
他人にジャッジする時間があるのなら、もっと自分の人生を豊かにすることを考えればいい。
こんな会話が親娘の会話です。
satamari♡