をみなへし
万葉の花とみどり_をみなへし 女郎花 姫部四 佳人部為 オミナエシ
わが里に今咲く花のをみなえし 堪えぬ心になお恋にけり
作者不詳 巻十 2279
『読み』わがさとにいまさくはなのおみなえし たえぬこころになおこいにけり
『歌意』わが里ではをみなえしの花が今盛りであるが、あなたを恋しく思うその気持ちはもう堪えられないほどです。
秋の七草として
オミナエシは、山上憶良の詠んだ秋の七草のひとつとしてよく知られています。ススキの穂に混じって草原に揺れるその姿は、秋の気配をしみじみと感じさせてくれるものです。草丈約1m、細い茎の先に黄色い小花が群がって付き、夏から十月中頃まで花を楽しむことができます。全草に独特の強い香を持つことから茶の湯の世界では禁花とされてきましたが、観賞用にはうってつけの色と形状で華道の方では定番の花となっています。かつては日本全国各地の草原で見られた花ですが、最近はすっかり影をひそめ、特に関東平野では少し奥まった野でないとなかなか目にすることができなくなっています。
女郎花
漢字表記は、女を意味する「をみな」と、粟飯の略が合わさって「をみなめし」となり、さらに訛って「をみなえし」に転化していったとする説が有力です。女郎花とは、いかにも艶めかしい表記ですが、枕の草子や源氏物語など、女性にかかわる歌や物語によく登場することでも知られています。他の秋の七種のいくつかと同様、個体数の減少は歯止めがきかない状況にあり、その名を聞いてどのような植物なのかわかる人の割合も、確実に減っていくことでしょう。
なお、白い花をつけるオトコエシ(男郎花)という仲間もあるのですが、こちらは草木全体がしっかりしていて、女郎花と対象的です。秋風にゆらゆらとその身をなびかせる「をみなえし」の方を女性に見立てたのは実に意を得たものに思えます。
ことさらに衣は摺らじ女郎花 咲く野の萩ににほひて居らむ
作者不詳 巻十 2107
「衣は摺らじ」から、をみなえしが染色に使われていたことがはっきり読みとれます。
をみなえし咲きたる野辺を行きめぐり 君を思ひ出たもともり来ぬ 大伴池主 巻十 2279
越中の守として着任した家持へ、部下の池主が親近の情を表して宴の際に詠んだ歌とされています。
管理者『妬持』の声
画像は、ある公営公園の秋の野草園のコーナーで一面「秋の野に咲く花」状態を撮影したものです。草原一面黄色い花の風にそよぐ姿は実に圧巻ですが、そういった風景がそれほど珍しくない時代があったらしいとは解説に述べたとおりです。しかし、いろいろな万葉植物を育てて感じることですが、植物そのものは生育力が旺盛で、むしろ絶えゆく種とは思えないほどです。なのに確実に個体数が減っているという事実から、植物そのものの力が弱まったというより、草原全体を含む生育環境、生態系自体が何か大きな変化にさらされているのだと考えざるを得ないわけです。