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欲しいものは(上)

2022.02.28 14:01

化生 現行未通過❌




段々と空が白み、辺りが照らし出される頃。

チュンチュン、チーチーと其処らで小鳥たちが柔らかな羽毛を膨らませながら、朝の情報交換を楽しんでいる。

時折吹く風は緩やかで、今日の川の具合、畑の具合を窺っているよう。

少しずつ昇り始めた太陽が古ぼけたガードレールを、無機質なコンクリートの道路を、立ち並ぶ家々に申し訳程度に植えられた木々を照らし、一日という名の緞帳がゆっくりとせり上がって朝を連れてくる。


時刻は7時を少し回ったところ。

アラームをセットした携帯はまだ沈黙を続けているが、同衾者の寝返りの衣擦れや、カーテンの隙間から差し込む朝日の気配に、自然と意識が浮上し始める、そんな頃合い。

神昴はキリとした目を未だぴったりと閉じ、柔らかな白い短髪を枕にぐりと押し付けて、まだ眠い、いやしかし…とふわふわした覚醒との狭間に微睡んでいた。

起きようか、でももう少し寝ていても大丈夫…そんなどんな慈母よりも甘やかな布団の誘惑と囁き合うのはかくも心地よい。

今日は早めに起きて道場の掃除を念入りにしようかとも考えていたが、それも期限のあるものでなし。

なにも今日でなくとも…と頭に浮かべたかどうかはともかく、またゆるりと眠りの淵に落ちかけた、その時。

キシ…と、微かな足音が迫っていることに気付く。

常人であればこんな夢うつつの状態では聞き逃してしまっただろう。

音を殺し、静かに静かに、すり足気味に迫る不届き物の足音は皆無に等しい。

ただ其処に在る微かな息遣いに気付いてしまえば、もう拭いようのない気配に意識を覚醒せざるを得ず、そっと…やはり音のしないように扉が開かれた時には、咄嗟に口を開いていた。


「何奴アル」

「すっ…おああああっ!お、起きてたんでござるか!?」


振り返らぬまま誰だと声をかけると、寝そべったままである昴よりも余程大げさにその侵入者は声を裏返させ、ガタガタと床板を踏み鳴らして驚愕してみせた。

すっかりと目の覚めた身体を起こし、部屋の扉を見遣れば親しみのある声から容易く予想していた相手、幼馴染の諸星流星が一纏めにした檳榔子黒色の髪を振り乱し、動揺の為か視線を彼方此方へ彷徨わせている。

その騒がしさに昴の胸元でもぞもぞと灰色の固まり…もとい、灰鼠色の子供用スウェットを着込んだ少年が目を覚まし、うー、と小さくうめき声をあげた。

「あれ?いづみも一緒に寝てたでござる?」

目を覚ましたばかりでぼんやりとした表情の少年、いづみは寝ぐせで派手に散らばった髪もそのままに、しぱしぱと瞼を幾度も瞬かせ、同衾していた昴と、突然の訪問者である流星を交互に見た。


「そうアル。昨日の夜何でか急に部屋に現れて…途中で糸が切れたように眠ってしまったので一緒に寝たネ」


そう簡単な説明をして頭を撫でてやると、気持ちよいのか折角覚めかけていた意識が遠のくようでグラグラと頭を揺らし始める。

子供独特の柔らかい髪の毛―――但し寝ぐせで爆発している―――が、掌を擽ってくるのも心地よい。

このまま放っておけばまた寝てしまうかも…そんな予想を覆し、突然慌てて瞼を押し上げ、昴を見上げるいづみ。

この少年は物が喋れない。

全く話せないわけではないのでそう表現するのもおかしいが、言葉を必要とするところに居なかったのだろう。

此方が話していることの意味は理解しているようだが、どのようにその言葉を音に出しているのか、それが難しいらしく中々自分で言葉を尽くすことが出来なかった。

それでもここ暫くは、昴とその家族に囲まれて生活し、少しずつ年頃の少年らしく拙いながらも話せるようになってきたばかりだ。

とはいえ、こういった寝起きの時や咄嗟の時にはまだ口が回らないらしく、何事か言おうとしてぱちくりと目を瞬かせる時が良くある。

今回もそうであろうと小首を傾げるが、いづみは言葉の代わりに、不意に小さな両手をぱちぱちとあわせて拍手のような仕草をした。


「いづみ!男同士の約束でござるよ!?」


それを見ても何の事だか分らず昴は余計に首を傾げたが、部屋の入口に立ち尽くしたまま様子を伺っていた流星が急に慌てていづみの傍まで歩み寄り、そう言った事でその不思議な行動は停まる。

それからいづみは、恰も「そうだった!」と言わんばかりに目を丸くして、流星を見上げたのだった。

「…?二人して一体何をしてるネ…約束…?」

「あー!!いや、何でもないでござる!其れより昴、今日は賀々の里の気配が強いのでござる、これならきっと見つかる…だから早く出かけるでござるよ!」

「はぁ?」

賀々の里、とは流星が辛抱強く探している忍者の真実の里のことで、どうも話によれば日本全国津々浦々を移動して存在しているらしい、何故か。

あまりに遠い場所にある時は追ったとしても間に合わないので―――流星談―――車や電車でもすぐに行ける範囲にその気配を感じる時だけ、その里探しは決行されるのだ。

こうして唐突に里探しに連れ出される͡とは今迄にも時折あったが、朝一で約束も無く…というのはそう多くない。

しかし、彼の緊張というか興奮というか、輝く目を見ると…まあ付き合ってやるか、と想いもするのだった。

「寝起きだから運転は頼むアルよ…いづみも行くアルか?」

「あ、いづみは…っ」

大きなあくびをしてから準備の為にベッドを抜け出すと、まだぐらぐらと頭を揺らして眠たそうな少年を振り返って一緒に出掛けるかと声を掛ける。

すると何故か、少年自身ではなくまず突然の侵入者であったはずの流星が否定的な声を上げるので、思わず不審に眉を顰めてしまう。

当のいづみはというと、そのやり取りに気づいてまたハッと瞼を押し上げると、暫しもごもごしてから、小さな手で拳を作り口を開く。


「いづみ……ともだち…!」

「友達?」

「あー!そうそう、今日は近所に出来た友達と遊ぶって前に聞いたでござる!ね、いづみ!そんなわけで留守は頼んだでござる、さっそく出発~!」


いづみもこの家にきて暫くの時が過ぎている、うまく言葉は話せずとも優しく、根気強い子だ。

近所に同じ年頃の友達が出来ていても可笑しくはない。

妙に早口でしゃべる幼馴染が余計に可笑しいと思わなくもないが、話の辻褄は確かにあっているように感じた。

そうこうする間にグイと手を引かれ、かろうじて着替えた外着と洗顔だけの準備で実に起床してから15分、早すぎる身支度と強制的に終えて昴は車の助手席に詰め込まれた。



*********************



どれほど車に揺られていただろう。

結局起き抜けに無理矢理連れ出された昴は多少なりとも寝ぼけていたようで、自宅からどの方向に向けて車が発進されたのか、気づいた時には分からなくなっていた。

ただ目の前に広がるのはすっかりと日が昇って明瞭に晴れ渡った青空と、その陽を受けてキラキラと輝く何処までも美しい海。

半月を地面に突き立てたような独特な形の豪奢なビルと、小高い場所に据えられた観覧車。


「横浜アル?」

「そうでござる、今日は確かにこの近辺から…おかしいなぁ?此処に来たら人ごみの所為か急に分かりにくくなってしまったでござる~」


運転しながらも大仰に手を上げ、首を振って目的の賀々の里の気配を感じられなくなってしまったと嘆く姿は、やはりどこか違和感がある。

しかしハンドルを握っているのは彼だ、行き先の決定権など昴にはない。


「恐らく敵里の妨害にござろう、人の多い所に紛れているかもしれぬし、敵情視察がてら腹ごしらえが得策のようでござるな!」


…と、まるで一週間前から考えていましたと言わんばかりに整頓された言葉を、少々機械的に話す流星は、やがて市街地の観光駐車場へと車を納める。

見回せば主要なビル群や観光地、ショッピングスポットまで大体歩いて行けそうな丁度よい場所だ。

その中でも特に近いのが青い空に映える赤いレンガが組み合わさった商業施設で、現在はイベントの最中らしく、建物前の大きな広場にはいくつもの出店が立ち並び、十分な数の食事テーブルや椅子も用意されていて、まさに祭りといった雰囲気だった。


「いや~こんなところでまさか肉フェスなる祭典が催されているとは~偶然でござったなあ!」

「…そうアルな」


流星の様子が可笑しいと、うすうす感づいては居たのだが、車を降りてから鼻腔を擽る馨しい匂いに抗うことは不可能に思えた。

あちこちので店から響く、じゅーじゅーと鉄板に肉を焼く音、ソースが垂らされ上がる煙と肉と混ざり合うスパイシーな香り、でかでかと掲げられた「日本最大の肉の祭典!最終日」というなんとも希少感があって行かざるを得ない精神状態に陥らせる幟。

どれもこれもがあらゆる疑問符を吹き飛ばすに十分な威力を持っていた。

手前の店で牛肉串を買って頬張りながら店々の間を歩く。

一口で食べられるように絶妙に切り分けられた牛肉は赤身が多いようでしつこくなく、黒コショウが効いていてビールに合いそう…だが、車で来ている為白米が何杯食えるかという話題にすり替えておく。

衝動買いしてしまった3倍盛肉まんを3つ抱えたまま、折よく空いた席を見つけて荷物を置いてからあれやこれやと互いに買い込んできて暫し、若い男二人の買い食いだ。

あっという間にテーブルは肉料理で埋め尽くされた。

鶏モモ肉を贅沢にもそのまま蒸しあげピリリと辛みの聞いたゴマソースを垂らしたもの、甘い脂身を纏った豚バラ肉で数々の野菜を巻き甘じょっぱいたれに漬け込んで焼いたもの、肉汁滴らんばかりの牛ローストビーフをこれでもかと積み上げた丼、鴨肉のローストに爽やかなオレンジソースを垂らしシャキシャキのザワークラフトと挟みこんだトルティーヤ…

視覚にも嗅覚にも訴えかける垂涎の品々に、今か今かと口の中いっぱいを唾液が滲みだす。


「「いただきます!」」


二人同時に手を合わせ、各々に目の前の食事に齧り付いた。


「この鶏肉全然ぱさぱさしてないでござる!」

「捲っても捲ってもローストビーフが出てくるアル…」


どれもこれも大きなイベントに出店するだけはある、考えつくされたバランスの至高のメニューだ。

口の中はすぐさま肉の旨味で満たされ、辺りの賑やかさも相まって、次々と口に運ぶ手が止まらない。

食べながらも、さっきこんなものがあった、これの別の味もあったなど、新たな情報も交わしつつ…幾度テーブルと出店を往復しただろう。

満腹、と腹を撫でおろした頃には朝といった穏やかな日差しであったはずの空も、真昼らしく真上から二人と熱気あふれる会場を照らしていた。


「朝からたらふく肉を食べて満足アル…が、流星今日はどういう…」


椅子の背もたれにぎしと体重を預け、空を仰ぎ見る。

明るく開けた空と、少しだけ海の匂いがする風、ちょっとした非日常的な空間が爽やかだ。

昴の柔らかい白髪が風に揺られて軽く踊り、精悍な目元は穏やかに緩められて其処に在る。

すらりとした体躯も相まって、彼の席近くを通る女性陣から心なしか熱い視線が注がれているような。

それに気づくような昴ではないが、対面した席に座った流星には分かる。


「むむっ、賀々里の気配を感じるでござる!彼方の方向へ参ろう!!」


遠出ではあったが満足いく食事を得られ、特に奇妙なことがあるわけでもなかったが、朝から流星の様子が

おかしいことは確かだ。

目の前の美味しそうな肉たちについ、それを追求し忘れていたが、食欲も落ち着き、頃合いかと顔を上げる。

だが肝心の流星はというと、その気配を察したのか急に席を立ち、てきぱきとテーブルの上を片付けて出発の準備をし始める。

そうでなくともこれ以上暇そうに座っていたら、いつ女性に声を掛けられてしまうか分からない、と此方は口にするのも癪なのでしないが、早く早くと急かして席を立たせされた。

彼方に、と指さすのは車を停める前から大層目立って目に入っていた、大観覧車がある方だ。

詳しくはないが観覧者があるのだから遊園地のようなものがあるのではと予想できる。

ただ遊びたいだけなのでは…と、いよいよ眉を潜めたのだが、流星はそんな昴の様子には気づいていないようでさあ出発!と嬉しそうに笑った。



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