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元町映画館ものがたり

「わたしたちは日々いろいろなことに引っかかりを覚えている」『三度目の、正直』野原位監督、川村りらさんインタビュー後編

2022.03.07 02:25


『三度目の、正直』野原位監督、川村りらさんインタビュー後編は、作品の原動力となった小林勝行さんや、独特の存在感で作品に一種のミステリーさをもたらした川村知さん、そして映画で印象的だった須磨の海についてもお話を伺った。

「自分で答えを見つけてほしい」『三度目の、正直』野原位監督、川村りらさんインタビュー前編 はコチラ




■ビートたけしさんのような優しさと凶暴さを併せ持つ小林勝行(野原)

―――毅を演じた神戸在住のラッパー、小林勝行さんは、主演ドキュメンタリー『寛解の連続』を元町映画館でも2020年に上映しましたが、『ハッピーアワー』キャストたちが揃った本作で異彩を放っていました。野原さんだからできたキャスティングだと思います。

野原:僕が小林さんのMVにエキストラで参加させていただいたのが出会いでしたが、本当に素敵な方だと思っていました。オファーに快諾いただき、撮影を進めていくうちに、かつてのビートたけしさんのような、ちょっと何を考えているかわからないし、急に何かしそうな雰囲気を放っていると感じました。優しさと同時に静かな狂気も併せ持っているように見えました。小林さんを撮るのは楽しかったですね。


川村:本当に聡明な方で、本当に先の先を読んでいらっしゃる。時折会話が噛み合わなかったかな?というときがあるのですが、しばらくして随分先のことをおっしゃっていたなとわかる。やりとりが神懸かっていますね。そのカリスマ性にスタッフ一同魅せられ、小林さんがクランクアップするまではあえて控えていたのですが、クランクアップ後は皆んなが小林さんロスになったので、移動の車中で小林さんの曲をずっと聞いていました。


―――熱量の高い毅は、演じている小林さんの素の姿が映っているのかと思っていましたが、何か演出はあったのですか?

野原:小林さんは自分のなかに熱いパッションを持っている方で、そのご自身の想いと撮影意図を汲み取りながら、基本的には周りをよく見て、演じていらっしゃったと思います。


川村:脚本を全部読んだ上で、毅のキャラクターを自然に演じていた気がします。本来の小林さんがどんな方なのかはまだわからないですが、あのような毅像を作り上げてた。だから素晴らしい俳優だと思います。セリフを覚えるのは難しいとおっしゃっていましたが、筋を瞬時に掴むことができる。即興に近い感じでしたが、着地点は絶対に揺るがない。

野原:「こんな感じのセリフを言えばいいんやんな?」という感じで撮影したので、一字一句セリフを変えずにという監督とは難しいかもしれませんが、起用する監督によってはより才能が開花するはずです。小林さんが与えてくれた影響はとても大きく、彼がいなければ、どうしても『ハッピーアワー』に寄った雰囲気になっていたでしょう。


―――小林さんのライブシーンも本作の見どころです。

川村:京都メトロでライブの撮影した時は、スタッフの方が気に入ってぜひライブをしてほしいとオファーをするぐらい素晴らしかったので、機会があれば小林さんのライブを観ていただきたいし、小林さんの音楽を知ってほしいですね。


―――小林さんのラップ以外にも、本作は全編が即興的なジャズで彩られていますね。

野原:プロデューサーの高田さんがよく通っているジャズバーで時々ライブをされるミュージシャンの方に演奏していただいたものを収録したので、即興的な部分はあると思います。映像に沿う形で録音してもらったのですが、最終的には全然違うところに付けたんです。オーダーしてつけた音楽もある程度はうまくいきましたが、他のところにつけると意外とうまくハマるんです。今回ジャズになったきっかけは高田さんのつながりも大きいですが、映画に合う音楽だと思いますね。ヒップホップとジャズの棲み分けもうまくできたと思います。


川村:北野の周りもそうですが、神戸はこんなにジャズが流れる街なんだとここに住んで初めて知りました。ジャズのライブハウスもたくさんあって、街に馴染んでいますよね。また小林さんは好きなミュージシャンに長渕剛とか玉置浩二の名前も挙げられてた記憶があって、斜に構えず情熱を隠さない独特なラッパーだなとも感じてます。



■毅は相手から言葉を引き出すときにビートが必要(川村)

―――美香子と毅の運命を左右する名シーンはどのように生まれたのですか?

野原:車でいきなりビートをかけて夫がしゃべりだし、妻も…という形なのですが、どうやってシナリオが生まれたか覚えています?


川村:毅が車の中でビートをかけはじめたら、美香子の怒りは絶頂に達するだろうという狙いはありました。それとラッパーの毅が、相手から言葉を引き出すときにビートが必要だとも思ったんです。どうやってそのシーンが誕生したのか詳細は明確には思い出せませんが、私たちの中で美香子と毅にはそういうノリがあった。


野原:最終的に2人がぶつかり合わなければいけない状況になったとき、毅にはビートが必要だったんだと思います。ここは色々な感じ方を持つ部分でもありますが、映画チア部の方は笑いましたと言ってくれました。個人的にはあの場面を観客がもっと笑ってもらっていいのにと感じていたので納得できましたが、意外とみなさん真面目に観てくださるんですよね。毅と美香子の車内シーン以外にも、すっと通り過ぎてしまわれるケースが多いのですが、女性の方が言葉に引っかかりを覚えてくださることもあります。

例えば、春が宗一朗に里親の相談をしに行ったとき、「春みたいな普通の女性が…」というセリフがあるのですが、「普通」という言葉に多くの女性が引っかかりを覚えていたようでした。コメントをいただいた漫画作家の山本美希さんも「『普通の女性』とはなんだろう?」と問題提起をされていますが、春のように幼少期に過酷な体験をした人が今“普通”に見えることをどう捉えるか。一番大切なパートナーすら彼女の心の奥にある過酷な過去を知るよしもなく、春自身も言えなかった。その辛さがありますよね。男性でその言葉に引っかかりを覚えたという人は、まだ聞いたことがありません。


川村:「普通だと!?」と思いますよね。わたしたちは日々いろいろなことに引っかかりを覚えていますから。


野原:みなさん、本当にいろいろ細かい点に注目してくださるので、もっと多くの女性の観客に観ていただきたいですね。ただ今は男性の観客の方が多いです。高崎の映画館では、以前は女性客の方が多かったけれど、コロナ禍で女性が家を出にくくなったのか、比率が逆転してしまったとお聞きしました。女性に観ていただきたいのに、今、女性が出にくい状況になっているのではないかと。


―――本当に、この映画を題材にしながら、観た後自分の体験や気になった点を語り合うような場があればいいですね。

野原:そうですね。自分の考えを聞いてもらうと同時に、そこから他の人の意見が出てきてお互いに共有できるのが望ましいですね。


川村:確かに、毅のことがむっちゃかっこいいという女性もいらっしゃいますし。真っ直ぐで優しいところがいいと。



■『三度目の、正直』で演技を続ける決意をした川村知

―――あとはもう一人のキーパーソン、春が見つけて生人(なると)と名付ける記憶喪失の青年を演じた川村知さんですが、芝生の中で倒れている小鳥を見つけるかのような登場シーンが印象的でした。

野原:とてもフィクショナルな存在感で、何を考えているかわからない表情をしています。それがとてもいい。知さんに関しては細かい演出はしませんでしたが、夜のビルの建築現場で、生人と父親が向かい合って話すシーンで、リハーサルのとき知さんが時々窓の外に目をやるという、シナリオにはない動きを自分で振り付けていたんです。僕にはそういう考えはなかったけれど、確かに久しぶりに会う父親らしき人に対して、ずっと直視して向かい合うのは難しいかもしれないと思い採用させてもらいました。だから、知さんに実際やってもらい、助けられることも多かったですね。後は、何度も同じことを繰り返してできるのが、本当に素晴らしいです。演じるときは何も考えていないそうで、本当にただただ演じていると言っていました。


川村:濱口さんも『ハッピーアワー』のときにすごいと褒めてくださったのですが、なぜそうなるのか、リズム感からなのか、若さからなのかとブツブツ呟き、最後に「知くんはりらさんよりスピリチュアルなのかもしれませんね」と一人納得して去っていかれたことを覚えています(笑)。


―――自分で振り付けるというお話を聞くと、演技に関して、以前よりも興味を持つようになったのでしょうか?

川村:『ハッピーアワー』で演じる喜びを知り、『三度目の、正直』で改めて演じることは自分にとっていいことだと思ったらしく、今後続けられるなら、演技を続けていきたいと言っていましたね。でも一方で、小さい頃から一切弱音を吐かない子どもだったので、演じることで自分をセラピーする部分があるのかと、ちょっと心配にもなりますが。


―――とはいえ、親子共演をしてくれる息子は滅多にいませんよ。普通は嫌がられますから(笑)

野原:すごく仲が良い親子ですよ。


川村:二回りしか歳も違わないし、ひとりっ子なので、ちょっときょうだいのような関係性だったかもしれませんね。面白いのが、この映画のストーリーに関しては「大人って大変」ぐらいの感想なのですが、自分の演技に関しては実にシビアなんです。自分の演技が許せないというぐらい。



■脚本で、自然とト書きに「海」と書いていた(川村)

―――この作品でとても印象的なのは須磨の海のシーンです。こんなにきれいな映し出された映画はなかなかないと思いますし、春にとっても映画にとっても大きな意味を持つと思いますが、「須磨の海」への想いを聞かせていただけますか。

川村:大阪に住んでいた学生時代は、気合を入れて行く海岸というイメージでしたが、神戸に住むようになると、いつもここにいてくれる身近な海であり、自分にとって大きな存在になりました。自分を包み込んでくれるものという感じがずっとあったので、映画の脚本を書いていると、自然とト書きに海と書いていましたね。夜の顔と昼の顔は全然違うので怖さもありますが、広さといい、三宮からの近さといい、とてもバランスがいい。今も大好きな場所です。ただ、須磨海浜公園が再開発されるので、この映画で見る景色とは変わってしまいますね。


野原:僕は神戸に来るまでこの海岸を知らなかったけれど、住んでいる場所からすぐ近くに海があるという体験は初めてで、何かしら嫌なことがあっても浄化されるものがある気がします。「あっちには海がある」と。東京で東京湾を見て「海がある」と感じ入ることはなかったですが、神戸は海があり、山がある。特に須磨海岸は本当にいいところで、遠くに大阪や四国の方が見えるし、波が穏やか。それは神戸の海の特徴ですね。


―――最後にこれからご覧になるみなさんにメッセージをお願いします。

野原:いろいろ不安なことも多いご時世ですが、映画館で他の人がいる状況で一緒に見るというのが、とてもいい体験になると思うので、ぜひ観ていただければと思います。


川村:前半がワッと過ぎていく印象を持たれる方が多いのですが、濱口さんは「むしろ映画であることを拒絶しているところが素晴らしい」と褒めてくださって。ただ一般受けしにくいのかもしれませんが(笑)


野原:映画なので物語を進めるためにシーンを重ねられていくけれど、それを拒絶するように「映画と闘っている」と。


■分かりづらさも含めて誠実に映画にしようと闘っている作品(川村)

―――面白い編集だなと思って観ていたのですが、これも野原流ですね。

野原:なんども試しては削ぎ落としていますが、僕流があるのかまだ掴みきれていないので、今後何本もやっていけたらそれもわかると思います。今回は何かしら切ない部分も多いですが、ワンシーンであまり伸ばしたくないし、観客に悲しみを訴えかけたり、感動を押し付けたくないと思い、淡々と進めるようにしています。


川村:編集のテンポが早いのか、一度観てわからなくても、二度観てわかったというお客様もいらっしゃるので、何度でも観ていただきたいですね。『三度目の、正直』ですし。混沌とした何層もに分かれている今の世界で、そのあり方をパッと掴んで映像で見せることはほぼ不可能だと思うんです。分かりづらさも含めて誠実に映画にしようと闘っている作品なので、それを観ていただき、少しでも「そうかも」と思っていただけたら嬉しいです。

(江口由美)


『三度目の、正直』(2021年 日本 112分)

監督・脚本・編集:野原位

脚本:川村りら

出演:川村りら、小林勝行、出村弘美、川村知、田辺泰信、謝花喜天、福永祥子、影吉紗都、三浦博之

元町映画館より3月12日(土)から3週間公開、シネ・ヌーヴォは4月2日より、出町座は4月8日より公開  

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