問題行動と待つ心
子どもの行動には理由があります。
・発達上必要な刺激や経験を求める行動
・家庭や友人などの環境の影響による行動
・子ども自らが主体的な選択を行った上での行動。
どのような行動も子どもが起こす行動には何かしらの背景があり、例え問題行動だとしても子どもを頭ごなしで責める事は良い選択とは言えません。
子どもへの指導・保育歴が浅いと、子どもが起こす問題行動の表層を見て、起きた事に対しての指導が入りがちです。
「なんでこんな事したの!同じ事をされたらどんな気持ちになるか分かる?○○ちゃんに謝りなさい!」
その行動の背景を見ず、問題を解決する経験の機会までも奪い、子どもを思考停止にする関わり方です。
子どもへの指導・保育歴が長くなると子どもの育ちや想いを組む事が出来るようになってきます。
叩いたり噛みついてしまうのはうまく自分の気持ちを人に伝える事が出来ない事が考えられる。落ち着きがなくものを投げたり壊したりするのはそういった発達上必要な感覚を求めている事が考えられる。など。
そういった学びはとても重要で、子どもの育ちを目分量的に測る為に必要です。
ただ、だからといって問題行動を「この子は今その段階だから」といって見過ごすのは正しいとは私は思えません。
「この子は今その段階だから」は指導者1人1人の主観によって成り立ちます。
「この子は今その段階だから」の見積もりが違う場合はあり得ます。
指導者には学びを反映して関わる事はとても大切ですが、子どもがどのように理解するか、自分の行動を認知するか、工夫して伝える・子どもが分かる事に期待して関わる事が必要だと考えます。
子どもの育ち上、伝わらない事もあります。
その時はその時でその子の育ちを認め、受け入れ、未来(理解できるようになる時)に期待して待つ。
ただ、ボールは投げないと何も始まりません。
問題行動があったとしても、「この子は今その段階だから」と思考停止になるのではなく、まずは伝わる工夫をするといった目の前の子の育ちと学びを繋げる作業が大切ではないでしょうか。