Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

シェイクスピアシアター

中学生高校生の皆さんへ

2022.07.09 14:35


< シェイクスピアは高校生にも面白い >


翻訳者・小田島雄志先生インタビュー

(シェイクスピアシアター芸術鑑賞会パンフレットより抜粋) 



 シェイクスピアは、西洋の古典でとか、そういうくくりは外していいんだよね。ともかく舞台を見て下さい。高校生なら十分わかる。なにも難しいことをいってないんでね。ただ人間が好きじゃない人にはめちゃくちゃつまらないだろうね。やっぱり人間好きであって欲しいわけで、逆にいうと、シェイクスピアを見たら人間好きになるよ。高校生になると充分わかるだろうし、シェイクスピアをどれか1個見るなり、読むなりして、やっぱり人間っていいなと思ってもらいたいね。シェイクスピアはこういうものなんだということを解説して、だから面白いよっていわれたって面白くないんだよ。シェイクスピアの面白さって自分で見つけるもので、誰だって見つかるものだとぼくは思う。

 物語第一主義っていうか、物語がわかればわかった、それでいいっていう人は多いと思う。だけど、シェイクスピアって物語がすべてじゃないんだ。その物語をどう伝えるかっていうところが大事だ。物語だけで、わかったとか、つまらないとか、あるいは不自然だとか、それだけじゃせっかくの芝居の本当の面白さっていうのがスリ抜けちゃう。芝居の場合、セリフが一番だし、役者とか、演出家が、どうそれを伝えるかっていうことで変わってくる。そのセリフのうまさっていうのは、シェイクスピアはずば抜けていると思う。だからシェイクスピアを見るたびに好きなセリフを蓄えていくというか、増やしていくっていうかね。それがシェイクスピアの魅力の一つだと思うんだ。なにか悲しい時とか、辛い時とか、シェイクスピアのセリフを思い出して慰められたり、励まされたりする。ぼくなんかも、若い頃から、本当にそうやってシェイクスピアに助けられ、励まされてきているんだ。たとえば…って、いくつかいいたいんだけど、人から聞いたんじゃだめなんだ。自分で見つけていかなくちゃね。 


 「間違いの喜劇」は、双子で間違えられるうちに、自分でも自分がわからなくなる喜劇だが、その底にあるのは、人間 誰でも間違えることがあるっていうか、間違えちゃって気づかないっていう人間のおかしさだよね。誰でも、自分をふり返ってはっとしたことがあると思うんだ。「間違いの喜劇」ってのは、それを、そこを、極端なかたちで書いてある。たとえば、友達を誤解したっていうことはよくあることだと思うが、それで自分が間違えてたってわかった時に素直にゴメンといい、謝られた方も、間違うということは誰だってあるんだよって許すとかね。そういう人間のよさってものを思えばいいんでね。


  「夏の夜の夢」の場合は、間違いは間違いであっても、全く違って、花の汁のおかげで恋のおっかけっこになったり、妖精の女王がロバ頭の職人とラブシーンをやったりするわけだ。とんでもない間違いだよね。人間誰だって間違える。完璧な人間はいないわけで間違えるんだ。 若いころはなにも感じなかったけど、年とってから、ああいいセリフだなぁと思ったのは「神々はわれわれを人間にするためになんらかの欠点をお与えになる。」、「アントニーとクレオパトラ」にあるセリフだ。そうなんだよ。そういう完ぺきじゃない人間ってものは、間違えもするし、それで人を傷つけることもあるし、自分が傷つくこともある。そういう人間のおろかしさ、だから人間は愛すべきものだってことを、シェイクスピアは書いてると思うんだよね。 もし面白かったらハハハッと笑っていいし、「夏の夜の夢」のパックのセリフで「芝居見物と洒落ましょう。人間てなんて馬鹿でしょう。」ってあるわけで、そういう気持ちになって見てもいいんだ。人間ってバカなんだけどだからこそいとおしい、それを汲み取って欲しいね。 ハーミアとヘレナ、どっちが好きかとかでもいい。自分で判断して、人間誰でもいいところもあるし、悪いところもある。そういうような見かたができてくればいいなと思うね。(中略)


  シェイクスピアの書いた人間っていうのは、人間関係、たとえば兄弟、親子、夫婦、友達、上司と部下とか、あるいは敵味方の関係、いろんなそういった縦横の人間関係の中で生きている。その中で愛したり、憎んだりする。そういう生きている人間というものに、興味を持ってない人も、シェイクスピアを見ることで興味を持つようになって欲しいんだよ。中高生だったら友達の問題とか。いろいろ嬉しいこともあるだろうし、辛いこともあるだろうけど、そういう嬉しいこととか辛いことってのは、人間生きていくうちに誰でも味わってるんだよ。それを、シェイクスピアが、舞台が、いろいろ答えてくれると思う。 


 シェイクスピアシアターの歴史というか、ずっとそうなんだけど、もうただ飾りものなしで、あるのはセリフと肉体、それだけでもって、シェイクスピアってものを、あれだけ表現できるんだっていうところに頭が下がるね。やっぱりセリフを大事にしている劇団なんだ。大道具とか照明とかね、あるいは衣装とか、そういうもので見せるんじゃなくて、肉体とセリフだけでみせる。それで充分伝わってくる。その時 観客として何が必要かっていうと、やっぱり想像力になるわけだよ。シェイクスピアシアターの良さって、シェイクスピアの時代もそうだったと思うけど、セリフに想像力を刺激する力があるってことだね。だからただ上っ面だけ見たり聞いたりするんじゃなくて、そのセリフの持っている力っていっていいのか、それを全部まるごと感じとるっていうことが大事だよ。

小田島雄志先生インタビュー

(芸術鑑賞会パンフレットより抜粋) 





芸術鑑賞会については下記よりどうぞ。