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富士の高嶺から見渡せば

韓国大統領選、戦い済んで「分断“憎悪”国家」への転落

2022.03.15 16:59

ソウルの地下鉄車内で目にした大統領選挙に関する標語は『美しい選挙、幸福な大韓民国(아름다운 선거 행복한 대한민국)』だった。結果を見れば、このスローガンとは対極にある選挙だったといわざるを得ない。

「美しい選挙」とは裏腹に、スキャンダル合戦、ネガティブキャンペーンに終始し、国家の進むべき道を提示する国家観や、北朝鮮問題をはじめ対米国、対中国など外交政策をどうするのかなど国家の大計に関する議論はいっさいなかった。

各戸に配布された大統領候補の公約集のパンフレットを見ると、左派革新系の李在明氏は「輸出1兆ドル、国民所得5万ドル、株式指数5000ポイントを達成し、世界5大強国=G5時代を開く」など威勢のいい言葉だけが並ぶが、北朝鮮問題や外交問題への言及はひと言もない。核ミサイルをいつ発射するかも分からない北朝鮮を傍らに抱えて、「世界5大経済強国」の実現などあり得るはずがない。

選挙の結果、標語のような「幸福な大韓民国」は実現したか、といえば、いや、むしろその反対に、はるかに遠ざかったというしかない。韓国という国は、南北に分断しているだけでなく、東西の地域対立と保守・革新のイデオロギーでも対立する「分断憎悪国家」でもある。そして今回は、さらに世代別、男女のジェンダー別にも深い断絶があることが分かった。選挙ごとに分断を深め、四分五裂のバラバラ国家の国民にいかなる幸福があるというのか。

<不支持率50%と運命づけられた新政権の恐怖>

選挙結果で、驚きだったのは、李在明氏に票を投じた人々が約半数、47%もいたという事実だった。3月9日投票日の19時半、投票締め切り時点で発表されたKBSなど地上波テレビ3社の出口調査では、尹氏と李氏の票差は0.6%と伝えられ、開票が始まってから日が変わり深夜0時半ぐらいまでは李氏がずっと5%ほどリードしていたので、もうてっきり李在明氏が勝つものと思っていた。その後は徐々に票差が縮まり、KBSが「尹氏有力」を伝えたのは3時半すぎ、開票率95%の段階、そして当選確実となったのは開票率98%の段階で、それだけどっちに転ぶか最後まで分からないという接戦だった。

要するに、得票率で0.73ポイント、得票差わずか24万票で当選した尹錫悦氏の向こうには、それとほぼ同数の反対陣営の人々がいることになり、国家の分断状況を考えるとき、これは絶望的なほどの恐怖である。なぜならこの二つの陣営が互いに譲り合い、理解し合い、融合することなど考えられないからだ。

今回も、嶺南(ヨンナム)と呼ばれる慶尚道と、湖南(ホナム)と呼ばれる全羅道で、はっきりと票が分かれた。尹氏が大邱で75%、慶尚北道で72%の得票率だったのに対し、李氏の得票率は光州で84%、全羅南道86%、全羅北道82%だった。それぞれの地域がもはや独立国でもあるかのように、赤(尹氏)と青(李氏)にくっきり色分けされた地図が新聞各紙に掲載されていた。

韓国では、立候補者が公約を掲げたパンフレットの印刷物には、候補者の『財産状況と兵役事項』『税金納付、滞納状況および前科記録』を記載する欄がある。

兵役は、李氏は「5級・戦時軍務役 疾病・骨折後遺症」、尹氏は「丙種・戦時軍務役(疾病・不同視=左右の視力に差)」となっていて、二人とも兵役には就いていないようだ。ところで李氏の前科記録の欄には「誣告・公務員資格詐称、罰金150万w(2003・07・01)」、「道路交通法違反(飲酒運転)、罰金150万w(2004・07・28)」「公用物件損傷特殊公務執行妨害、罰金500万w(2004・08・26)」と書かれている。そしてこの誣告罪と公務執行妨害については「疎明書」として、いずれも市民活動家としての活動のなかで起きた事件などと弁解しているが、前科4犯という犯罪履歴は明確だ。

李氏が現在、刑事告発を受けている犯罪容疑や民事裁判になっている事案は、城南市長時代の都市開発に絡む横領疑惑をはじめ、数え切れないほどあって、選挙が終わると同時に、青瓦台の国民請願には、李在明氏の国外脱出を阻止する請願文が掲載され、すぐに5万人以上の賛同を集まったほどだ。

李氏に票を入れた有権者は、当然、そうした犯罪履歴や容疑事実は知っていて、それでもなお李氏への支持を表明したことになる。ということは、候補者の人物とか能力を信じて、票を投じたわけではなく、過去から続く根深い地域対立の中で、差別され続けた恨みを晴らすために、そして市民運動や労働運動など左派陣営の活動に参加することで陣営の特殊な利益を受けることができるという利害損得、つまり、固定化された保守・革新のイデオロギー対立だけで、投票行動を決めたことになる。

<四分五裂の韓国社会>

南北で分断されている韓国が保守・革新という左・右二つの陣営でも分断されていることは、たとえば、3・1節の独立運動記念日や8・15光復節の日の市内中心部でのデモ集会の様子を見れば明らかだ。光化門から南大門まで繋がる通りの中間、徳寿宮の正門・大漢門の前の道路が遮断され、警官隊が二重三重の隊列を組み、バリケードを築き、そこから光化門側は左派革新系、南大門側は保守陣営と完全に分離させられ、両者を直接対峙させないように警備している。両者が接近しようものなら、互いに罵詈雑言、一触即発の不穏な雰囲気になる可能性があるからだ。

文在寅大統領も次期大統領の尹氏も、選挙後に最初に発したのが「国民統合」という課題だった。しかし、ネガティブキャンペーンに終始し、互いに互いを罵倒しあい、誹謗中傷しあい、憎悪をむき出しにした激しい選挙戦を戦ったあとに、いかにすれば両陣営の和解と統合が可能だというのだろうか?

中国の環球時報は「韓国歴史上最も激しい選挙、新政府の中国政策に注目」という記事で、「大統領選挙の過程で乱脈の様相と醜聞が絶えず、候補間の激しい暴露と誹謗が韓国社会を引き裂いた。これは悲惨な『イカゲーム』を連想させて世界10大経済国に対する認識を新たにさせる」と評したという。

中央日報3/11「韓国大統領選挙の結果を不快に思う中国」>

Netflixの韓国ドラマ「イカゲーム」は、格差社会、競争社会の韓国を象徴するように「負けたらお終い」のデスゲームを繰り広げる人間群像を描いているが、選挙でも格差を象徴するような結果がでた。60代以上は67%が尹氏を支持し、40代は60%が李氏を支持した。20~30代は全体ではほぼ半々に分かれたが、20代男性の58.7%が尹氏に、20代女性の58.0%が李氏にそれぞれ投票した。

20代男性を韓国語では「イデナム」という。今回の選挙ではそのイデナムの支持をいかに獲得するかが勝敗を握ると言われた。そのため、李陣営が打ち出したのが、薄毛に悩む男性を対象に薄毛治療や植毛治療にも保険適用するという政策だった。一方、尹陣営は、若い男性が目の敵にする女性家族部の廃止を公約にした。こうした政策が、ジェンダーの対立を煽り、僅差の得票差に繋がったという声もある。

<国の将来など考えたくもないという若者>

そうしたなかで、若者たちは不動産価格の高騰で自宅の購入を諦め、最低賃金の急激な上昇が原因で職場を失い、若者の失業率は10%近くに達している。そのため、結婚を諦め、子ども作るのを諦める夫婦が増えた結果、韓国女性の合計特殊出生率は去年、0.81%まで下がってしまった。しかし不思議なことに、大統領候補者たちが、少子化対策を真剣に議論し、公約に掲げたという話は聞いたことがない。

若者たちが集まり、クラブやバーが建ち並ぶソウル梨泰院(イテウォン)の裏通りでは、店の外まで溢れ出る大音響の音楽のなかで、K-POPの世界から飛び出してきたような派手なファッションと化粧の若い女性たちが街を闊歩し、あり余るほどの自由を享受している姿がある。そこから、わずか4~50キロ先の国境の向こうには、沈黙を強いられ、飢えた人々の国があることなど、もはや想像もできない世界だ。結婚もせず、子どもも作りたくない若者たちが、国の行く末を見据え、将来の北朝鮮との関係について思い悩むことなどあるはずがない。できれば隣国の存在は消してしまいたい、考えたくないと思っている。

この国の政治家たちが、北朝鮮について、とりあえず挑発がないことを最優先にして、現状維持だけを望んで思考停止に陥っているのは、若者たちと五十歩百歩で、結局、選挙ではこの国の将来は何も変えられないのだ。