ZIPANG-6 TOKIO 2020【追悼】日原もとこ氏 寄稿文集12 「 “紅一匁金一匁”の由来 」 ~シルクロードから来た紅染めの魅力~(第一話)ACT.JT「鼎」より
合掌
紅花 染色
石川県 気多大社 拝殿と巫女
日本の国旗は何故日の丸?
我が国は太陽信仰を奉ずる神道の国。国旗は真っ白な地に対して、真紅の日の丸のみ。他国のそれと比較しても実にシンプルそのものですが、その赤円こそが太陽の唯一絶対的存在なのです。それに対する白地とは余計な飾りなど要らないのです。全ての存在は直視不可能な威光の前に白化し、無となるのですから。太陽の赤は朱色又は緋の色です。故に古来、巫女の装束は白衣緋袴(びゃくえひばかま)でした。
グラフィックデザイナー 亀倉雄策 氏 作「日の丸」
すなわち、国旗のポリシーと同じく神道の徳目である「浄(きよ)き明(あか)き正しき直(なお)き心」に因んで定められています。神の御前では嘘偽りのない全き心を「赤心」と云い、〝真紅〞又は〝深紅〞の色はそのことを意味しました。
表1 真紅を表す伝統色群
伝統色※1の色見本で言えば表1の如く、くすんだ色です。目にも鮮やかな真紅を求めるにはエジプト或いは中東原産の紅花が渡来するまで月日を待たねばなりません。
では、紅花渡来以前の染料とは何だったのでしょうか?
魏志倭人伝中に卑弥呼(247〜248年頃)が魏王に貢献する貢物として以下の記述があります。
ー其の4年、倭王はまた大夫の伊聲耆・掖邪狗たち8人を遣わし、
生口・倭錦・絳青縑・緜衣・帛布・丹・木拊短弓矢を獻じたー
その中の〝絳青縑〞(こうせいけん)とは一体何の意味でしょうか?
この三文字のうち、〝青〞とは古来我が国に産する蓼藍(たであい)のことと分かりますが、馴染みのない〝絳 〞(こう)とは赤色の意味だそうで、染料までは特定できません。
その当時の国産赤系染料は蘇芳(すおう)又は日本茜(あかね)と考えられていました。そして最後の、〝縑 〞(かとり)とは赤糸と青糸を用いて固く織り上げた平織絹布の意味でした。
余談ですが、山形県には〝絳〞をクレナイと読ませる蕎麦屋があり、名付け親の初代御当主が漢文通だと聞いて私は困惑したのです。
何故ならば、紅花染が渡来したのはもっと時代が下がり、少なくとも藤の木古墳(6世紀後半)や高松塚古墳(694〜710年)時代だとされていたのです。
発見された紅花花粉の痕跡では6〜8世紀とされ、私が初めて紅花ルーツ※2 の調査研究でシルクロードへ旅発つ15年前(2002)迄は、3〜4世紀に紅花染の技術が確立していたなどは、凡そ荒唐無稽な話だったからです。
当時提出した研究報告書にも卑弥呼が魏王に献じたその〝絳〞とは茜染めではないのか?と注釈しており、その後、卑弥呼の邪馬台国論争の的となる奈良県三輪山山麓の纒向古墳(3
〜4世紀)から大量の紅花染料の痕跡が発見されたから堪りません。
その事実は渡来人によって紅花が持ち込まれていた可能性と、我が祖先は日本海の公認ルート以外の海路図を使い、広範囲な交易関係が確立していたことを示すものでした。
慈恩寺 聖徳太子立像(鎌倉時代)〔山形県指定重要文化財〕
身分による色分け冠位十二階色
日本書紀によると、草木染による位階が最初に制定されたのは604年、推古天皇代に聖徳太子による〝冠位十二階〞でした。
これは冠の色分けによって臣下の序列身分を表したものです。色の序列は最初の〝徳〞の紫色を除いては古代中国の陰陽五行説を当て嵌めていることが分かりますが、官位の名称はその〝徳〞以下の五つは儒教の〝五常〞=〝仁礼信義智〞の序列であることが見て取れます(表2)。
表2 日本最初の冠位十二階色(604)
※古代中国の道教、陰陽五行説等の思想に追従
しかし、天智天皇(664)代の官位は26階に改められ,天武天皇(686)の改正では,諸王以下12階,諸臣48階となり、最高位の官服色は朱華(はねず)と定められました。
朱華とは薄紅色のことで,この改正では,従来、最高位色の紫が朱華=太陽色へと代ったのです。その理由と根拠は我が国初の冠色による身分制度を制定した聖徳太子ですが、彼が遣隋使として小野妹子を初めて隋国に派遣した際に、隋国王、煬帝(ようだい)に国書を携えさせます。
その内容は「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや」でした。
当然、煬帝はこの失礼な対等意識に立腹したそうです。このように聖徳太子は当時から我が国の太陽信仰に高い誇りを抱いていたのがわかります。
表3 天武天皇の六十階服色
※官位色は同名でも身分の上下で濃淡が異なる。
古代中国追従から日本独自文化への目覚め
歴代天皇が代わる都度、複雑にエスカレートした身分制度は天智天皇の官位26階や天武天皇の諸王以下12階、諸臣48階への階への身分別けは、一瞥しても覚えきれない色数と織りの組合せによる制度です。
しかし、明白な変化は、両制度ともに最高位の色が当初の〝紫〞から〝 朱 華〞(はねず )に置き替わったことですね。つまり、この意識下に天子は神の子=太陽としての位置づけがあったのではないか?と思われます。
その太陽光は正午の日差しではなく、眩しい黄金色で顕現する、あたかも天岩戸開きにも似た曙光(し ょこう)色にあった筈です。この朱華色は中国の天子の色… 黄丹(おうに)色に肖ったのでしょうか。何れにしても延喜式の指南では紅花と梔子を掛け合せて染めるようです。
つまり、ここで申し上げたいのは、日本の真赤とは、お隣りの中国、韓国が好む真の赤ではなく、必ず下地に梔子等の黄色系染料を加えた朱の色なのです。
表4 色見本の参考として
禁色(きんじき)とは
別格 天皇の正式御袍は黄櫨染(こうろぜん)と皇太子の黄丹袍(おうにのほう)
「禁色」の範囲としては、支子色、黄丹、赤色、青色、深紫、深緋、深蘇芳の7色と、地紋のある織りとをミックスした説があります。特に「禁色」の代表例は天皇のみが着用した〝黄櫨染〞と皇太子専用の〝黄丹〞でした。
ここで注目したいのが〝黄丹〞。これは紅花があって初めて生まれた染色でした。また、王族貴族階級の中でも女性に最も人気NO1色は何と言っても〝深紅〞は〝真紅〞です。
それ故に草木染の中でも、最高値の紅花が用いられたことから度々禁止令が出されました。この時代、碌に着物といえる代物さえも持てない庶民にとって、紅花などは見たこともない高嶺の花。
〝紅一匁 金一匁〞などと謳われたのは、それから何百年も後の江戸時代に入ってからのことです。
(次号へつづく)
参考文献
1.日原もとこ,松井英明、水野谷悌子, 「東アジアの中の日本文化に関する総合的な研究]第2部海外調査研究、紅花のルーツを辿る─映像アーカイブス・プロジェクト調査研究2002~2007、東北芸術工科大学、東北文化研究センター
2.新編色彩科学ハンドブック,日本色彩学会編、東京だ学出版会1998
脚注
※1) DICカラーガイド色見本帳 日本の伝統色第8版
※2)東アジアの中の日本文化に関する総合的な研究 平成14年度~平成18年度私立大学学術研究高度化推進事業『オープン・リサーチ・センター整備事業』研究成果報告書
風土・色彩文化研究所主宰
日原 もとこ
プロフィール
東北芸術工科大学名誉教授、広島県出身。女子美大卒。61 年通産省工業技術院産業工芸試験所技官。豪州国メルボルン王立工科大学政府派遣研究員。帰国後製品科学研究所主任研究官を経て92 年東北芸術工科大教授就任。専門は環境色彩学。このほか風土・色彩文化研究所を主宰、県建築サポートセンター社長、アジア文化造形学会会長、日本デザイン学会及び日本インテリア学会名誉会員。著書、訳書に色彩療法 (単行本)テオ・ギンベル(著)日原もとこ(翻訳)等
協力(敬称略)
特定非営利活動法人 ACT.JT(アクトジェイティ)
〒170-0013 東京都豊島区東池袋5-7-4 マーブル東池袋7F 電話:03-6914-0325
「鼎」制作:赤坂明子
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発行元責任者 鎹八咫烏(ZIPANG TOKIO 2020 編集局)
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