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のらくらり。

末っ子、初めてのはいはいをする

2022.03.19 12:59

転生現パロ年の差三兄弟で、兄さん兄様に育てられてすくすく成長するべびルくんがはいはいするお話。

気ままなべびルに振り回されつつも幸せな兄さん兄様、良き。



「ん〜、あ!」


声に出すことで、自分なりに勢いを付けたらしい。

生まれたときよりも随分大きくなったルイスは手と足を器用に使うことで、ついに支えがなくても一人で座れるようになった。

両手をあげてバンザイしているような姿勢で腰を据えた弟の姿に、一人の兄は感動で両手を頬にやり、一人の兄は手に余る立派なカメラを構えている。


「凄いっ、一人でおすわりできたねルイス!偉いね、可愛いっ」

「ルイス、いい表情だ。そのままこちらを向けるかい、そう、そうだよルイス」

「ん!」


大きな瞳を潤ませたとろりとしている表情で、兄達の注目を集めたルイスは誇らしげに笑っている。

そうして小さく短い手を動かしては兄であるウィリアムとアルバートの方へと目一杯に伸ばしていく。

木の葉のような手に逆らうことなくウィリアムが抱きしめてあげれば、アルバートはその様子を動画として記録することに専念していた。


「おすわり上手だね、ルイス。偉いね、兄さん嬉しいよ」

「あ〜ぅ、う!」

「あんなに小さかったのにもう座れるようになるなんて…時が経つのは早いものだな」

「ぷ、あむ!」


初めてのおすわりを披露したルイスはウィリアムに抱きしめられて満足したようだが、どうやらそれだけでは足りなかったらしい。

カメラ越しに自分を見ているアルバートに手を伸ばして上下させている。

アルバートがその手を取り軽く握ってあげてからふわふわした金髪を撫でてあげると、ようやく心の底から満足できたルイスは瞳を閉じて笑ってくれた。

くふくふと空気が溢れていくような笑い声は小さくて、しっかりと自分で床におしりを付けた安定感ある姿が赤ん坊らしさを醸していて可愛らしい。

アルバートはルイス初めてのおすわりからウィリアムによる抱擁と自分に撫でられて喜ぶルイスの顔をきちんと保存してから、持っていたカメラを横に置く。

それを合図にウィリアムは抱いていたルイスを一度離したが、小さな体は少し左右に揺れただけで、横に倒れてしまうことなくきちんとおすわりをキープするルイスに二人の兄は拍手を送るのだった。




ルイスはウィリアムにミルクを与えられ、アルバートに寝かしつけられ、兄達では足りない部分を母とナニーに育てられながら、日々すくすくと順調に成長していた。

定期検診の結果も問題なく健康という評価をもらっている。

順調に首が据わり、寝返りをして、寝返り返りも習得したルイスはついに、支えることなく自らおすわりまでこなしてみせた。

そうなると次に待つのは赤ん坊特有の行動、はいはいである。

大きな頭と大きなおしりがてちてちと前に進むようになってくると、今まで以上に目を離すことが危なくなる。

既に母とナニーの意見を取り入れたウィリアムとアルバート監修の元、ルイスが過ごす部屋は危険物どころか固い家具すらも置かれていない。

あるのは布団と足の低いソファーと柔らかな素材で作られたおもちゃ箱くらいだ。

そのおもちゃ箱の底にはアルバートが愛用しているカメラが隠されており、同時に重りとしての役目を担っているため、たとえルイスがぶつかったとしても倒れることはない。

いつルイスがはいはいしても危なくないように配慮された部屋は、モリアーティ家の理想通りなのだ。


「ルイス、僕と兄さんは学校に行ってくるからね。まだはいはいしちゃ駄目だよ」

「暗くなる前には帰ってこられるから待っていなさい。良い子で過ごすんだよ、はいはいはまだしてはいけないからね」

「う…」


すくすく成長するルイスは座った姿勢で短い腕を前にやり、足を前後に動かす仕草をすることも増えた。

腹這いになってもぞもぞする姿はとても可愛らしく、思うように前に進めないことに不満を抱いて唸る姿も可愛いのだ。

出来ることならば、自分達のどちらかがいる状態で初めてのはいはいをしてほしい。

そんな野望を抱く兄達は、出かける際には必ずルイスに牽制する言葉をかけてから出かけるようになっていた。

ルイスならばきっと言葉の意味が伝わっているはずだ。

ただ喋れないだけでルイスにも自分達同様にいつかの記憶があるに違いないと何故か確信している二人は、言い聞かせていればきっと初めてのはいはいは自分達がいる前で披露してくれると信じている。


「…ぅ〜…」


幼いルイスはだいすきな兄達が日中には構ってくれないことを理解しているようで、代わりに母とナニーが入れ替わりでそばにいては構ってくれることを知っている。

この四人以外には立派な人見知りを発揮するのだから、母とナニーがそばにいることはルイスにとってストレスにはならない(ちなみに仕事で家を不在にしがちな父に対してルイスは立派に人見知りを発揮しており、落ち込む父に構うことなくウィリアムとアルバートはますますルイスを愛でている)

安全が約束された温かで柔らかな空間。

最愛の兄のどちらもいない上、そんな刺激のない世界がルイスにとっては退屈だったのだろう。

ルイスは手遊びをしてくれたナニーが部屋を出ていくとき、布団に寝かされた体を起き上がらせておすわりの姿勢になった。

そしてナニーが後ろ手に扉を閉める瞬間を見計らい、安全が約束された空間を抜け出したのだ。

ウィリアムとアルバートが切望したルイス初めてのはいはいの瞬間は誰の目に留まることもなく、しかも初めてだというのに、ルイスはしっかりした手と足の力で長い距離を進み出した。

ナニーが向かった先とは逆方向を選んだのは、見つかっては怒られるだろうという賢さ由来の本能だろう。


「〜♪」


てちてちてち。

ルイスは兄達に抱っこされる景色とは違う目線で見る風景に満足していた。

モリアーティ家の使用人が日々清潔を保っている屋敷の中は目に見える塵すらない。

けれど赤ん坊が這いずり回るには衛生的に不安が残るのは確かだというのに、ルイスにそんなことは関係なかった。

いつも過ごす柔らかな絨毯とは違う、少しひんやりしたフローリングの床。

靴音が響かないようしなやかな素材を使っているのが幸いしたのか、もしくはルイスが着ている服が厚手でもこもこしていたせいなのか、はいはいしても膝に痛みがないのは救いだった。

てち、と小さな手を前に出してゆっくり足を動かしながらルイスは広い屋敷を探検する。

体の小さいルイスならばいくら動き回っても十分すぎる屋敷の中はまるで迷路のようだ。

ウィリアムもアルバートもいない中で初めての景色を見るのは楽しいようで、ルイスは怖がることなくひたすらに前へと進んでいく。


「え、…る、ルイス坊っちゃま!?」

「…う?」


初めてのはいはいと初めての探検という名の逃亡を楽しんでいたルイスだが、聞き慣れない声で自分の名前を呼ぶ声が聞こえて手を止める。

振り返ってみれば、そこにはモリアーティ家で採用している衣服を着た年若い使用人の女性がいた。

心底驚いているという顔を隠さない彼女を下から見上げて視線を交わしたルイスだが、すぐに「知らない人」だと興味を無くしたのだろう。

再び前を向き小さな手足をてちてちと動かしていった。


「えっ、待って待ってお待ちくださいルイス坊っちゃま!どうしてここにいらっしゃるのですか!」

「う"〜」

「あぁぁ唸らないでくださいまし!いけません、このようなところで一人でいるなんて!奥様と長は知っているのですか!?」

「ぅ、や!ぶー!」

「ちょ、ルイス坊っちゃまはいつからはいはいなんてするようになったのですか!?アルバート様とウィリアム様はご存知なので!?」

「やー!」


はいはいで逃亡していたルイスを見つけた彼女は、何度かルイスが寝ているときの見守りとしてそばにいたことがある。

だがそれはあくまで使用人のまとめ役かつナニーを兼任している老女の代わりでしかない。

起きているルイスとはあまり関わったことはないのだが、少なくとも、彼女の元にはルイスがはいはいするという情報は入ってきていないのだ。

首が据わったときも寝返りをしたときもおすわりをしたときも、長男と次男の要望でそれはもう盛大なる祝いの席を儲けている。

そんな二人がルイス初めてのはいはいを祝わないはずがない。

何より、今朝も長男と次男がルイスに向けて自分達がいないときに初めてのはいはいをしないよう言い聞かせているのを扉越しに聞いていたのだ。

これはもしかしなくても、最悪にまずい状態である。

それを瞬時に理解できる処理能力を持っているはずの彼女はそれでもこの状況に混乱しているらしく、生後半年程度のルイスに何故か状況説明を求めていた。


「待って、ルイス坊っちゃまっ!」

「やー、の!」


彼女は慌ててルイスを抱き上げようとするが、ルイスはそれが気に食わなかったらしい。

知らない人が近くにいる恐怖と、せっかくの探検を邪魔される不快感。

伸ばされた手に思い切り首を振って拒否をすれば、どう扱って良いのか思い悩む経験の浅い彼女の手はピタリと止まってしまった。

それ幸いとばかりにルイスは手足を進め、行き止まりになる廊下の先から何やら声が聞こえてくる右側へと向かっていく。

電灯ではない明るい気配がするのと、慣れた音と声がそこから聞こえてくる気がする。

この先にはきっと自分の助けになる人がいるはずだと、ルイスは疲れを気にせず力強くはいはいを続けていった。

そうして見たのは最愛の兄達である。


「「…え」」


帰宅が重なったウィリアムとアルバートは、玄関を少し歩いたところで小さな塊が廊下に落ちているのを見つけた。

落ちている、のではなく動いている。

思わず固まって足を止めれば、その塊は弾けるほどの笑顔を向けてくれた。


「に!にーぃ!」

「「……えっ!?」」


てちてちてち。

小さな手足で懸命にこちらへ来る塊が自分達の弟だと、ウィリアムとアルバートはようやく認識した。

広い屋敷の中でルイスがいるはずの部屋は出入りが激しい玄関から離れた、静かで日当たりの良い場所に位置している。

逸る気持ちを抱えていると、ウィリアムでさえ玄関からそこへ向かうのが億劫になる程度には距離があるのだ。

今日もその距離を超えてルイスの元へ帰るつもりだったのに、何故か兄達の帰る場所であるルイスはその兄達を迎えに出て来ていた。


「「ルイス!?」」

「あ〜、う!に!に!」

「あぁぁあアルバート様、ウィリアム様っ!」


廊下ではいはいをしている弟の元へ慌てて駆け寄れば、ルイスは嬉しそうにその場に止まって二人を見上げていた。

どうやらとても機嫌が良さそうである。

驚愕という表情を隠さないままルイスを見下ろし、つい習慣のように手を伸ばしたアルバートはそのままルイスを抱き上げた。

そうして後ろからルイスを追いかけてきたらしい使用人の彼女に視線だけで説明を求めていく。


「申し訳ございませんっ、廊下を見たらルイス坊っちゃまがお一人でいたところを見つけまして…おそらくはご自分で部屋を抜け出したと思うのですが」

「ルイス、お前は…」

「ルイス…」


彼女にもルイスが廊下にいた詳しい状況は分からないようだが、聞かなくても大体の予想は付いてしまう。

大方、ナニーの隙を付いて部屋を抜け出したのだろう。

普通の赤子でもそのくらいはするし、ましてやルイスならばその程度のことをするのに雑作もないはずだ。

あの部屋に比べたら衛生的でない床の上にいたというのは頂けないが、それでも結局は屋敷の中なのだから、最低限の安全は確保されているはずだ。

だから、問題は部屋を抜け出したことではない。


「ルイス、君…はいはい出来るようになったのかい!?」

「まさかこのタイミングで!?」

「あー、ぅ?」


近くにいるのに遠くから聞こえる、お気を確かにアルバート様ウィリアム様、という声を聞き流し、ウィリアムはアルバートの腕に抱かれているルイスを見る。

アルバートもルイスの手を取り、小さなそこについている埃くずを払いながら実感する。

実際にはいはいしている姿を見たのだから疑いようもないが、その手にごみが付いていることは先程の光景が幻ではなかったという証拠だ。

ゆっくりではあったが間違いない仕草で自分達の元へ向かおうとするルイスはとても可愛らしかった。

まさかルイスの出迎えでこの屋敷に帰宅する日常がこんなにも早く帰ってくるなど、予想外もいいところである。

嬉しいことは確かかつ間違いないというのに、やりきれない後悔ばかりがウィリアムとアルバートの胸を占めていた。

結果として崩れ落ちる膝に逆らうことなく、二人はその場に蹲ってしまう。


「あれほど僕達がいない場所ではいはいしないでねって言い聞かせていたのに!」

「おめでとうルイス!だがもう少しタイミングを考慮してほしかった…!くっ、まさかこんなことになるなんて…!」


ウィリアムはルイスの手を握りしめては呻き、アルバートはルイスを抱きしめながら絞り出すように声を出した。

話の中心にいるルイスは兄達の様子がおかしいことには気付いているようだが、あまり気にはしていないらしい。

自分を追いかけてきた彼女をチラリと見てはぷいとアルバートの胸に顔を埋め、大きなあくびをしてはむにゃむにゃと口を動かしたかと思えば目を閉じてしまった。

その姿は赤ん坊らしく気ままそのものである。

ルイス、とアルバートが呼び掛ければそれが子守唄に聞こえたらしく、気ままな赤ん坊たる末っ子は本格的に眠ってしまった。


「あのアルバート様、ルイス坊っちゃまは廊下をはいはいされていました。十分な清掃をしているつもりではありますが、今の坊っちゃまはあまりお綺麗な状態ではありません。私がお預かりしましょうか」

「いや構わない。だが着替えはさせておきたいから、用意をお願い出来るだろうか」

「畏まりました。合わせて温かいタオルもお持ちします」

「お願いします」


アルバートの性分を考慮した上での発言は、そういえばそうかというくらいの認識を与えるだけだった。

確かにあまり綺麗ではない場所を這っていたルイスは汚れているのだろうが、アルバートがルイスを抱き上げることに何の抵抗もなかったのは事実だ。

気にすることでもないと、アルバートはそのままルイスを抱いて部屋へと向かうべく歩みを進める。

ウィリアムは二人分の荷物を持って兄の後ろを追いかけて行った。


「…はぁ…あれだけ言い聞かせていたから大丈夫だと思っていたのですが」

「ウィリアムは喋れないだけでこの頃には意識がはっきりしていたのかい?」

「ぼんやりとですが、ある程度は」


軽く手足を拭いて着替えを済ませている間もルイスは無防備に眠っており、今は柔らかな布団の上に寝かされている。

ウィリアムとアルバートはその左右に陣取って、すぴすぴと寝息を立てるルイスを見下ろしていた。


「僕達が声をかけたときの反応も良いし、何よりよく懐いてくれている。…覚えているはずだと、思ったのですが」

「もしかすると、ルイスは何も覚えていないのかもしれないな。いや、そう判断するのも尚早だ。無邪気に私達を出迎えたい気持ちが先だった可能性だってある」

「どうなんでしょうか。…ねぇルイス、君は僕のことを覚えているのかな?」


ウィリアムはルイスの額に指をやり、掛かっていた髪の毛をくるくると巻きつけては遊んでいる。

その表情はひたすら慈愛だけに満ちていて、アルバートにはウィリアムの真意が掴みきれないままだった。


「忘れていてほしいのかい?」

「分かりません…僕と兄さんが覚えているからルイスも覚えているはずだと、無意識にそう思い込んでいました。ルイスが何も覚えていない可能性を考えてすらいなかった」

「ウィリアムらしくないな。あらゆるパターンを想定するのが君だろうに」

「あはは、そうですね」


今度はルイスのふっくらした頬に指をやり、ぷに、とした感触を楽しみながらはにかむような笑みを見せた。

アルバートも同じようにウィリアムが触っていた方とは反対側のルイスの頬に指をやり、ぷにぷにとした二人揃って楽しんでいく。

しばらく眠るルイスの頬に触れて癒されていたウィリアムは、慈愛の瞳をアルバートへと移動させては歌うように言葉を紡ぐ。


「ルイスが覚えているのなら、あのとき感じさせてしまった寂しさも悲しさも怒りも全部消えてしまうくらいに愛してあげたい。ルイスが何も覚えていないのなら、まだ空っぽな心の中を僕と兄さんだけで埋めてしまえるくらいに愛してあげたい。することは何も変わりません。僕がルイスを想う気持ちは変わらないし、今度こそずっと一緒にいます」

「…そうだね。ウィリアムのいう通り、ルイスが覚えていようといまいと私達は何も変わらない。今度こそ、三人でジェームズ・モリアーティになるんだからな」

「はい」

「ん、む…ふぅ」


すやぴぴ、と聞こえる寝息を愛しく思いながら、ウィリアムとアルバートはルイスへと視線を戻して思いを交わす。

現状、ルイスは何も覚えていないのだろう。

だがナニーの隙を付いて脱走するほどには賢くて、使用人に追いかけられても逃げるだけの度胸がある。

大人しい外見にそぐわず案外大胆なルイスらしいと、今日あっただろう出来事を空想しては笑ってしまった。


「それはそれとして、初めてのはいはいをあんな形で目にするのは誤算でした」

「立ち上がる瞬間こそは絶対見逃さないようにしなければならないな」


ウィリアムとアルバートが心底悔しく思っていることなど知らないまま、ルイスは初めてのはいはいによる疲れを解消するべく気持ち良さそうに眠るのだった。




(ルイス坊っちゃまが廊下にいた!?どうして!?)

(おそらくは長が出た隙に扉から逃げ出したのかと…)

(まさかそんな…まだはいはい出来なかったはずでしょう)

(坊っちゃまは立派なはいはいを披露なさっていましたよ…アルバート様とウィリアム様が初めての瞬間に立ち会えず後悔なさっておりました)

(なんてこと…旦那様と奥様にもお伝えしなければなりませんが、あのお二人が気落ちする姿が目に浮かぶようだわ…)

(あんなにも落ち込んだ様子のアルバート様とウィリアム様は初めて見ました…せめて私が録画していれば良かったのですが)

(そうね…今後同じことがないよう注意はしますが、万一のことを考えて全使用人にルイス坊っちゃまを撮影する端末を用意すべきね。奥様に相談してくるわ)

(お願いします、長。私、もうあんなお顔のアルバート様とウィリアム様を見たくありません。お二人にはいつも笑顔でルイス坊っちゃまと接していてほしいのです)

(そうね、全員がそう思っているはずよ。私達が配慮できる部分はしなければならないわね)