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旅のチカラ、旅のカケラ

そして伝説へ…

2008.07.02 14:30


ブッダガヤーをたった1日で離れることにした。

もうインドはうんざり…、上澄みだけをサラっと味わって

さっさと次の国へ脱出したくて仕方ない。



特にここブッダガヤーは、

流暢な日本語で話しかけてくるインド人が多く、

道を歩いているとずっと後をついてくる。

胡散臭いし、面倒臭い!

「I am American(私はアメリカ人です)」と言って無視しつづけた。


9時発コルカタ行きの列車チケットを購入していたので

余裕を持って駅に向かい、ホームで列車を待つことにした。

ちなみにガヤ→コルカタは、

乗車時間8時間、料金は233ルピー(約650円)。

定刻の1時間前にガヤの駅に着き、

列車の入線を確認しようとボードに目をやる。

どうやら2番ホームのようだ。


荷物を降ろしてプラットホームの片隅で列車を待つことにした。

インドに来て以来、列車を3度利用したがすべて遅れて入線している。

定刻を過ぎても列車はやって来ない。

やはり今日も遅れているようだ…。

1時間、2時間と時間が過ぎていく。

いっこうに列車がやって来る気配はない。

3時間を過ぎたころ、いい加減待ちくたびれてきた。

そして焦りが生じてきた。


コルカタはインド第二の人口を抱える大都市である。

デリー同様、夜中に着くのだけは避けたいところ。

多くの日本人が偽タクシー、偽観光案内所に騙されているからだ。

結局4時間待って、向かいの3番ホームに列車が到着した。

アナウンスはあったようだが、当然ヒンディー語なのでわからない。

危うく気づかないまま列車を見送るところだった…(汗)

走り出した列車に飛び乗り、事なきを得た。


狭いシートに身体を横たえ、うとうとと8時間をやり過ごした。

午後9時、大都市コルカタへと列車は到着した。


ここコルカタは知性の都といわれる。

世界的に名の知れた詩人や思想家、映画監督などがこの地から輩出し、

連日、前衛劇や美術展が開催されている。

コルカタには「東インド会社」の最初の本拠地があり、

いくつかの有名な史跡はこの英国貿易会社によって建てられた。

しかし300年の歴史の中で中国、アルメニア、ユダヤなどの

異なった社会を受け入れ、それぞれが影響を残している。

人口も4500万人と膨れ上がり、まさに“混沌”の街である。


駅に降り立ち、出口へ向かうと

客引きのタクシーが群がってきた。

いつものことながら、彼らを振り払うのには労力がいる。

目を見ず、口を聞かず、

草を掻き分けるがごとく、彼らを押しのける。

駅や空港にいるタクシーはたいてい悪質なので

相手にしないのが一番。

通りへ出て、流しのタクシーを拾うか、

駅のプリペイドタクシーを利用するのが賢明だ。

無事にタクシーを拾い、ひどい渋滞の街を抜けた。


行き先はサダルストリート。アジアで1、2を争う安宿街だ。

あの沢木耕太郎氏も泊まった伝説の宿「パラゴン」がある。

いつも満室だというパラゴン。

ダメもとでフロントに聞いてみると、なんと空室があるという。

1泊120ルピー(約300円)で、設備を考えると決して安い宿ではないが、

伝説の宿というからには、十分な付加価値である。


ロビーには多くの日本人が巣食っていて、

誰もが長旅の雰囲気を醸し出している。

軽く頭を下げながら足早に彼らの横を通り過ぎ、部屋に入った。

壁にジョン・レノンの落書きがある簡素な部屋だった。

鍵をかけ、すべてを遮断するとようやく心が落ち着いた。


インドに、そして人に疲れている…。


果たしてこの状態を「楽しい旅」と胸をはれるだろうか?

頭の中は、次の国への期待で満ちていて、

言い換えれば、“逃避”なのではないだろうか??