終らぬ恋
度肝を抜かれた。この美しさはただごとではない。 洗練された端整な顔立ちの美男子。クールな感じがカッコよくて心底しびれた。正面から見ても、右から見ても左から見ても本当に美しい。
今の世の中というのは、ややカジュアルな美男子が主流になっている。が、私の使う美男子というのは、はるかにハードルが高い。ゴージャスな光り輝くような美形で顔のありようがまるで違うと思っていただきたい。
言うまでもないが、長身でスタイルもいい。腰の位置なんてAちゃんの鼻のところまであるではないか。シャツにパンツというシンプルなファッションであったが、それがものすごく贅沢にみえるのは服の下の並々ならぬ美しいボディのせいであろう。
どうして顔がキレイな人はスタイルもいいのか。顔がいいか、スタイルがいいか、どっちかにしてほしい。どっちもいいって、あまりにも天の配剤ということに関して不公平ではなかろうか。
「初めまして」Kさんは仕上がっている顔を私たち一人ずつに近づけてきた。
Kさんの声と姿は甘くやさしくその場にいた私たちを魅了した。
「初めまして」惚けた顔になる私。美形に目がないAちゃんなんて魂が抜けそうな顔をしている。
JもKさんに見劣りしない誉れ高い美男子である。見慣れている私でさえ、会うたびに「おおっ」とため息が出るぐらいカッコいい。学校一、会社一のイケメンレベルではとてもかなわない。Jの前ではぼやけて見える。しかしKさんは遜色するどころか、Jとのかけ合わせ効果によって、目もくらむほどの華美を放っている。惚れ惚れするような美をこれでもかと見せつけてくれる細胞から特別製のツーショットである。
私は感慨にふける。世の中のキレイなものを集めてギュッと固めたらこうなるのね、、、。
それほど人に自慢できることでもないが、私にはある特殊能力がある。それはどういうことかと言うと、まぶたを少し開けて薄目にすると、意中の人以外その場にいるすべての人たちを消せるのだ。
こんなロマンティックな雰囲気に酔うのは何年ぶりだろうか。素敵な空間にKさんと二人っきり(のつもり)。Kさんが私の前で笑い、お酒を飲むなんてまるで夢みたい。もう幸せ過ぎて涙が出そう。
私は薄目のままグラスを持とうする。上手く出来ない。そりゃあ、そうだ。Kさんの前である。緊張して上手くグラスをつかめないのである。その時、Kさんが手を添えてささやくように声をかけてくれた。女心の機微にこれほど深く鋭くふれる振る舞いがあるだろうか。すっかり頭がぽうーっとなってしまう私である。
とてつもない美男子二人を前にして、置物のように固まる私たちをほぐそうと、Kさんは心をくだいてくれた。お笑い芸人のような早口で面白いことを言って、取りも直さず人の心を掴み、場をどっとわかせた。宴席はものすごい盛り上がりとなった。
なんと二のセンをきりりと守りつつ、絶妙な三のセンをもった″おもしろハンサム″という離れわざをやってのけたのである。Aちゃんもすっかりリラックスしてはじけるように笑っていた。本当にいい人だ。
Aちゃんが「Kさんはお休みの日は何をして過ごしているんですか」と尋ねたところ、「本が好きだから、本を読んでいるよ」という答えであった。
本当かなぁと私は思った。私の目はKさんを射抜くかのように鋭くなっている。
そりゃ、そうでしょう。本にのめり込むには暗い部分が必要である。まずひとりにならなくてならない。ひとりになるためには、あまりモテる容姿であってはならないのである。おそらく子供の頃から美しい外見を持ち、ちやほやされていただろうKさんがそんな時間を持てていただろうか。現在にしてもかなり忙しいに違いないし、素敵なKさんなら、花に吸い寄せられる蝶のように人々がKさんによってきて、他に楽しいことがいっぱいあるはずだ。日本でいちばん″ぼっち″が似合わなくて、必要ない人ではなかろうか。
私は次第に興奮してきて、すっかりいい気になったところがある。
なんとかライバルを追い抜き、Kさんにお近づきになれないものだろうか、ととんでもない考えにとらわれた。そんなわけで「今度、またこの四人でお食事に行きましょうね」とヨダレを流さんばかりにしきりに言ったのであるが、ものすごく失礼なことをしたと気づいたのは次の日の朝のことであった。
「こんなに素敵な女性たちと過ごせて最高だったよ」というKさんの言葉で美と笑いに溢れた宴席は締めくくられた。この言葉は私をどれほど支えてくれたであろうか。私とAちゃんは美男子二人の姿が見えなくなるまで釘付けになった。
「余韻が凄すぎて今日は安らかに眠る自信がないです」などとカフェでお茶をしながら、二人でいろいろお喋りする。
「ところでKさん、見るからに恵美子さんのタイプですよね」
「やだー、わかる?」と身をよじるまあまあなおばさん。
「わかりますよ、だっていつもの地声より、ずいぶん声のトーンが高くなっていましたよ。Kさんも結構いい感じじゃないですか。明日は朝早いって言いながら、ずうっと遅くまでいらしたじゃないですか」人をのせるのがバツグンにうまいAちゃん。
すっかりときめいてしまった私ではないか。
「今日もJさん素敵だったなあ、でも私には高嶺の花ですから」と美女らしからぬ情けないことを言うAちゃん。
「何言ってるの、ぶつかってみないとわからないじゃないの。憧れから、ものすごい恋に発展することだってあるのよ」とえらそうなことを言う私。
こういうことにお節介な私は「またおばちゃんが一席設けたる!」野太い声で叫び、Aちゃんの手をギュッと握った。
昼顔する勇気はないが、Kさんと再会する日までには、せめて″旬顔になる″ということを私は自分に課した。
さっそく次の日、デパートの化粧品売り場をうんと自惚れて妄想を抱きながら奔走した。
あ、どうしよう。私ってストーカーになる要素をいっぱい持っているみたいだ。