Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

HakoniWa Labo

HakoniWa戯言Vol.2 「愉しみ」ってなんだ?

2017.11.24 06:42

第2回は「愉しみ」について考えてみる。

このブログを通じてのテーマ(命題)として掲げた

“「愉しみ」を考察する”について、まず「愉しみ」に

ついて考えてみたい。

そもそも、なぜ「愉しみ」なのか?

これは、僕自身の中でずっとくすぶっている問題意識による。

それは大学時代に一時顕在化したが、就職して以降は心の

底流へと沈み込んでいたものと思われる。

自問自答を続ける中で、その奥底へ潜んでいた問題意識に

突き当たった。

そのことに、このブログを書いてみようというキッカケがある。

その問題意識とは?

自身の好奇心や関心といったものの源泉となっているものと

思われる。

それは…

「人生の目的とはなにか?何のために人は生きるのか?」

という問いである。

ケツメイシの「オレの道 オマエの道」という曲の歌詞に

♪人生の目的 なんて死ん でから問うべき♪

という箇所があるが、僕はそうは思わない。

もちろんケツメイシは大好きなアーティストだし、この歌も

好き、一般論をしているのではなく、僕はそう思う、ということ。


人生の意義は何であったかだとか、功績や評価などは

死んでから問うべきとは思う。

しかし、目的は?、何のために生きるか?という問いは

生きている時にこそ問い続けたいし、その目線の先に

自分なりの解を持っておきたい、仮説であっても。


人生を旅に例えると、その目的(地)がないことには

どこへ行ったらいいのか、そもそもどこかへ行く必要が

あるのか?(生きると必要があるのか?いいかえれる?)

というふうに路頭に迷う危険性を感じる。

そこで、たとえ仮だとしても、目的(地)をもつことで

一歩、また一歩と前に進むことができるし、それが

前だと信じることができる。

つまり、好奇心・関心といったものの源泉、モチベーション

が生まれることになる。


そこで、自身の根源的な問いにたいする自分なりの解として

「愉しみ」であるという仮説を立て、これからそれを

立証すべく一歩一歩進んでいきたいなと思っている次第です。

また、もう少し言葉を加えると

「愉しみ」を「愉しむ」ということである。

このことをさらに、次回以降考察を発展させていきたい。