レポート:うえだ子どもシネマクラブ
2022年2月13日、うえだ子どもシネマクラブは初めてのシンポジウムを開催いたしました。
「映画館は未来をつくる学びの場の場」と題し、シネマクラブに来ている子どもたち、映画関係者、有識者の皆さまにご登壇いただき、さまざまな角度からお話ししていただきました。本レポートでは、シンポジウムでの様子をご紹介いたします。
うえだ子どもシネマクラブとは、
2020年8月からはじまったうえだ子どもシネマクラブ。当初は月に1度上映会を行っていましたが、徐々にその回数を増やし、現在(2022年3月時点)では月2回、午前と午後の2回上映を行っています。「映画を通じて、多様な世界に出会って欲しい」という思いを持って作品を剪定し、現在までに51作品を上映してきました。また平日の居場所としても週2回、子どもたちの受け入れを行なっています。
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第一部「私がここにいる理由」
第一部ではシネマクラブに参加しているあおばさん、けいじさん、みおさんたち3名が登壇。まずシネマクラブに参加したきっかけについてお聞きしました。シネマクラブではスクールソーシャルワーカーや中間支援教室を通して、活動に関するお知らせを行なっています。登壇した3名のうち2名はスクールソーシャルワーカーに勧められたことをきっかけに参加。もう1名は運営を行なっている直井に直接コンタクトを取ったことがきっかけでシネマクラブと繋がりました。
シネマクラブでの過ごし方について聞いてみると、上田映劇で上映する映画のチラシに日付スタンプを押したり、ポスターを張り替えるなど劇場のお手伝いを行なっていること、3人にはそれぞれ得意な作業があることを教えてくれました。また最近では上田映劇の特別会員で、大学で教鞭を取られている方から英語を教わっているそうです。
印象に残っている映画の話について、あおばさんは「わたしにも年の離れた弟がいるので、そこが重なった」と今泉力哉監督の『かそけきサンカヨウ』を挙げました。石川梵監督の『くじらびと』が印象に残ったというけいじさんは「鯨をとる瞬間、ああいうふうに命が繋がっているんだと感動した」と言葉では表しづらいと言いながらも話をしてくれました。また池田暁監督の『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』を挙げたみおさんは「なんで戦争してるのか、みんなわからないけど、川向こうが恐ろしいから戦っている。何も考えなくても生活できるけど『なんでだろう』って疑問に思うことが今までなくて、(この映画を通して)そういうのが大事なんだと思いました」と話していました。
最後にシネマクラブの印象について尋ねると、「学校より居心地が良くて作業にも集中できる。話す相手もいるので、感謝してもしきれない場所だと思います」とけいじさん。あおばさんは「(シネマクラブに)来てる人たちは、学校とかに理由があって行けてない人たちだから相談しやすい。引きこもってしまうより来た方がいい」と話していました。みおさんは「以前、けいじさんが『ここに来て、安心できるなぁ』と話していて、それに自分も共感しました。学校や家庭にはずっと付き合っていく、そして一言で関係が変わってしまうプレッシャーがあります。でもここは、ほどよい距離感でいろんな話ができて楽しいです」とそれ想いを共有してくれました。
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第二部「私と映画の物語」
第二部では、上田映劇理事で映画監督の鶴岡慧子監督(『まく子』)や、以前シネマクラブにご参加いただいた諏訪敦彦監督(『風の電話』)からそれぞれビデオメッセージをいただきました。また三島有紀子監督(『しあわせのパン』)にはオンラインでご登壇いただき、さまざまなお話をお伺いしました。
まず鶴岡監督からは「知らない人の間でひとりになって、暗闇の中で自分と映画だけで対峙して過ごせる。そこでは何かを取り繕ったりせず、素直な状態になれる。そこが映画館に行くのが好きな理由」と映画館で映画を見ることについてや「誰かの人生の幅を広げられるような作品を作れたらと思っています」など作り手としての想いもお話いただきました。
諏訪監督からは、広島のサロンシネマで鑑賞した『ナッシュビル』(ロバート・アルトマン・1975年)についてや、まるで『ニュー・シネマ・パラダイス』(ジュゼッペ・トルナトーレ・1989年)のような映写技師の方との交流についてお話いただきました。最後に「うえだ子どもシネマクラブの活動はすごく大事だなと思っています。学校に行けなくても映画を見においでよと、行ける場所があり、そこに誰かがいる。ひとりになれるけど孤独ではない。またぜひお伺いしたいです」と応援メッセージもいただきました。
オンラインでご登壇いただいた三島監督には「子どもの頃、映画館が居場所で、毎日ランドセルを背負って通っていました」と映画館との関わりについてお話いただき、また「ハッピーエンドやわかりやすい結末が人を楽にするとは限らない。生きづらさを感じてる人たちに見てもらえるような映画を作っている」と映画作りへの想いもお聞きしました。最後に「もしつらいことやもやもやすることがあったら、現実逃避としてどこかに出かけましょう。その中の選択肢の一つとして映画館があるなら良いと思います」というメッセージもいただきました。
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第三部:「新しい学びの場としての映画館の可能性」
第三部では教育と芸術についてそれぞれの有識者を交えたフリーディスカッションを行いました。アイダオ、上田映劇、侍学園の3つの団体の理事長である長岡秀貴が進行役を努め、長野県文化振興コーディネーターの野村政之さん、長野大学社会福祉学部教授の早坂淳さんにそれぞれのフィールドから見た「うえだ子どもシネマクラブ」についてお話いただきました。
学校でなければ人は育たないのか
まず長岡から「学校でなければ人は育たないのか」という問いが提示されました。野村さんは「文化芸術は学校に合わせるのではなく、隣にあるという距離感で、子どもたちが文化芸術そのものに触れる機会として提供することが必要」と指摘。多様性という言葉が一般的になりつつある現状について「線引きした座標では測り得ない人間のポテンシャルを、社会の中で実現していかなければいけないという認識をみんなが持ち始めた。今の時代では障害があると言われてきたかもしれない人たちが芸術表現を高め、素晴らしい作品を作ってきたことを多くの人が知っている。多様性を受け止めるためにも教育だけでなく文化芸術の持つ幅も必要」とお話いただきました。また「世の中から貼り付けられ、期待される役割とは、別の形で着直すという場がとても大事」とし、学校だけでは社会関係をトライアンドエラーする場が少ないことについても指摘しました。
早坂さんは「(第一部の)3人に感謝したい。彼らはここが教室になるか、その可能性を見せてくれました」と第一部に登壇した3人の話からシネマクラブが教室になっていると指摘。そして日本と海外の学校教育の違いについてもご紹介いただきました。日本の学校教育は世界的に見ても子どもたちが学校で過ごす時間が圧倒的に長いのに対し、州によって異なりますがドイツの多くの学校は午前中のみ、午後の時間は靴職人の工房やサッカークラブなど子どもたちが好きな場所で過ごすそうです。またドイツの場合、経済的に裕福など家庭の事情によって機会が変わってしまうが、日本ではどの家に生まれても教育機会は公教育が保障してくれる仕組みになっているというお話もお聞きしました。その上で早坂さんは「ドイツの子たちは実に多様に自らの手で自分の人生を幼い頃から掴みに行っている。これはこれからの時代を生きていく上で、子どもに身につけさせたい能力の筆頭に上げたいなと思っています」と締めました。
映画館の役割について
「映画館の役割について」という問いに対して、野村さんは「人や人が表現したもの、他者とのふれあいが文化芸術の一番の核にあるもの。それはつまり学びのきっかけになる」とし、「映画館は一人で成り立ってない。人とコミュニケーションを取りたくない時があっても、映画を観ることで自分にはないものを吸収することができる。人と会わなくてもいい場所だけど、隣とか後ろに人がいて同じものを見てる」と個人個人に寄っている現状だからこそ、映画館を活用してほしいとおっしゃっていました。
早坂さんは「映画館の役割は3つある。1つ目は文化芸術だからこその居場所としての意義。2つ目はわたしたちを縛ってる時間や場所から離脱する有効な手段であること、『今』と『ここ』から抜け出して世界と繋がる事の大事さ。これは映画館だからこそできる。3つ目は、今とここから抜け出した後、自分に戻った時の話。映画館では同じ作品を違う価値観や観点の人が同時に見ている。共に世界に繋がるというある種の共感性は映画館でなければダメ。同じ空間で見ることの意味がすごくあると感じました」とお話いただきました。
最後に長岡は「大人が責任を持ってこういう場所を作って行かなければと思いました。この地域なら幸せになれる、あるいは生きやすいというのを映劇を中心に作っていけたらと考えています。子どもたちに早く社会に出なさいと言うのではなく、どうやって子どもたちを社会に近づけていくか。その仕組みづくりを行なっていきます」とし、締めの言葉としました。
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参加者の声
最後にご参加いただいた皆様の声を少しご紹介いたします。
●「うえだ子どもシネマクラブの居心地のよさが垣間見えた気がします」
●「『家と学校が全て』という子どもたちが、映画館で『今、ここ』から抜け出して世界と仲間とつながりながら、自分のものさしを持って幸せに生きていける、そんなすてきな未来が見えた気がしました」
●「子どもたちがそれぞれが自分の言葉で話していて、どんな思いでシネマクラブの活動に参加しているのかが伝わってきました。安心できる場を作っていただいていて、本当にありがたいことだなと思いました」
など多くの声をアンケートを通していただきました。
おわりに
第一部ではシネマクラブに参加している3名の子ども・若者たち、第二部では三島有紀子監督、諏訪敦彦監督、鶴岡慧子監督など名だたる映画監督たち、第三部では野村政之さん、早坂淳さんという実に多くの方にご登壇いただき、さまざまな角度から「うえだ子どもシネマクラブ」についてお話いただきました。特に早坂さんの「ここは教室になっている」という言葉に励まされ、今後も子どもたちの居場所の一つになれるよう努めていきたいと思いました。またうえだ子どもシネマクラブでは、引き続き、映画館と学びの場、子どもたちの居場所ということについての議論を地域だけでなく全国でも深めていきたいです。
今回はうえだ子どもシネマクラブ初めてのシンポジウムゆえに、不慣れで至らない点もありました。特に配信でご参加いただいた皆様にはご不便をおかけしたかと思います。今後の課題とし、来年度のシンポジウムに向けて改善していきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
テキスト:やぎかなこ