HakoniWa戯言Vol.3「愉しみ」ってなんだ?その2
前回はこのブログのテーマたる「愉しみ」について
なぜ、愉しみをテーマに据えるか?について書いてみた。
今回は、その「愉しみ」自体にを当てていく。
・「愉しみ」とは何か?
・「愉しみ」を「愉しむ」とはどういうことか?
まずは
・「愉しみ」とは何か?
結論的に端的に表現すると
「成長を伴う楽しみ」と定義したいと思う。
「人生の目的」とはどうあるべきか?
と考えた時、なんのために人は日々奮闘しているのか?
お金のためか?それも一理ある、しかしそれは、目的
ではなく、手段ではないかと思う。
お金は手段であり、目的ではないはずである。
では、それはなんの手段か?
自らが食べていくため、家族をたべさせるため
そして、「楽しみ」のためではないかと考えた。
ただ、その「楽しみ」の中にも様々なものがある。
先に上げた、家族を養い、子や孫の誕生やその成長を見ること。
これは紛れもなく至上の「楽しみ」の一つで、ヒトという
種の存続という本能に立脚した根源的なものだろうと思う。
これはこれで完結している。
そのような種としての楽しみとともに、人は個人としての
楽しみを百人百様で様々に各々が楽しんでいることと思う。
例えば、ウィークデーの憂さ晴らしお酒を飲む人もいるだろう(汗)
または、健康のためにしているジョギングを楽しみとしている
方もいるだろう、預金通帳の残高が増えていくのを眺めるのが
楽しみだとういう人は、安心のためなのかも知れない。
そんなか、「人生の目的」として「愉しみ」を定義すべく
その本質は何か?と問うと、先に上げた、種の存続のような
本能的、根源的な「楽しみ」と同等のものがあるのでは
なかろうか?と考えたところ・・・
それはやはり、一人間、個人としての「成長」では
ないかと考えたわけです。
「愉しみ」≒「成長を伴う楽しみ」≒「人生の目的」
という仮定を提案して、いろいろ考察のアラはあると
思いますが、今回はこの辺まで。