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のらくらり。

「デートが終わったら抱くからね」

2022.03.25 13:55

タイトルまんまのウィルイスいちゃこら。

ウィリアムの弟だしあれだけ格好良いおでこ氏になるんだから、ルイスにはウィリアムを翻弄して誘惑できるポテンシャルに満ちていてほしい。

そして最後は結局返り討ちにあってほしい。



ルイスが一人で過ごすことはあまりない。

生まれたときからすぐそばに唯一の家族である兄がいたし、彼さえいれば母からも父からも疎まれていたことなどどうでも良いくらいだった。

二人はいつも一緒で、ずっとそばにいるのが当たり前の生活を送っていたからこそ、就学して離れて過ごすことには最後まで慣れることがなかったものである。

ゆえにウィリアムがダラム大学就任を機に単身赴任となる可能性など選択肢すらもなく、むしろアルバートが率先して家を買っては弟達が離れ離れにならないよう尽力してくれたほどだった。

互いが職務についている最中は一緒にいることなど叶わない。

己のやるべきことをきちんとこなすだけの器があるのだから気にすることもないけれど、それ以外の時間はウィリアムとほぼ一緒に過ごすのがルイスにとっての日常である。

だがそんな日常は他の誰でもないウィリアムによって、部分的に崩されることがあった。


「ルイス、明日は11時に時計塔の下で待ち合わせよう」

「分かりました」


同じ家で生活しているというのに、ウィリアムは時折こうしてわざわざ待ち合わせをしてからルイスと出かけることがあった。

明日からの連休はアルバートが待つロンドンの邸宅に帰る予定であり、既に夕方の列車を予約している。

ルイスは昼間のうちに屋敷の管理に関わることは全て終わらせていたため、せっかくの休日に取り立ててすることは何もない。

ウィリアムもそれは同様で、急ぎの案件がない以上は休暇に仕事を持ち込むような真似はしなかった。

アルバートの元へは毎週末に帰っているけれど、彼の都合が付かずに対面できるのは夜だけということも多々あるため、その時間を有効活用しようとウィリアムが待ち合わせての外出を提案し始めたのだ。

それをウィリアムはデートと表現している。

ルイスは過去に一度だけ、同じ家にいるのに外で待ち合わせるのは非効率的ではないかと、ウィリアムにそう尋ねたことがあった。

行きたいところがあるのなら始めから一緒に行けば良いし、その方がルイスは慣れている。

大した理由もなく離れることに違和感を覚える程度には一緒にいるのだから、きっとウィリアムもルイスと同じように考えているだろうと思ったのだ。

だがウィリアムはそんなルイスを愉快そうに見ては馴染む声で、デートとは待ち合わせをするものなんだよ、と教えてくれたから、そういうものなのだとルイスは理解した。


「美味しいサンドイッチを出してくれるカフェがあると聞いたから、そこでランチを食べてこよう」

「サンドイッチ、ですか?」

「生徒達が美味しいと言っていてね。温かいサンドイッチが名物らしいよ」

「それは珍しいですね」

「ルイスが気に入ってくれると良いんだけど」


ルイスの知識のほとんどはウィリアムに教えられたものだから、デートと呼ばれる恋人同士の逢瀬についての知識に長けているわけではない。

待ち合わせないと会えないというのは厄介だな、という感想しかないけれど、世間一般の恋人の真似事をするのは何となく楽しかった。

ウィリアムが自分のためにデートプランを練ってくれるという特別がとても嬉しい。

明日はきっと良い日になるだろうと、ルイスはウィリアムとのデートに思いを馳せながらベッドのシーツを整えた。




「じゃあルイス、僕は先に出るから」


同じベッドで眠りに就き、朝に弱いウィリアムをそのまま寝かせて先に起き出したルイスは軽めの朝食を用意する。

トマトのスープとベーコンエッグにマッシュポテトを添えただけのプレートを机に運ぶ頃に寝ぼけたウィリアムがやってきて、ともに食事を済ませていく。

そうして食べ終える頃にようやく目が覚めたウィリアムは、先ほどとは違う機敏な動きで早々に支度を整えてしまった。

カジュアルだけれど華やかさなセットアップを着こなす姿はルイスの目から見ても惚れ惚れするほどに格好良い。

そんなウィリアムからは普段使っているハーブ系統の香水ではなく、デートのときにだけ使用する薔薇の甘い香りがふわりと舞っている。


「もう準備を終えたのですか。待ち合わせは11時でしたよね?」

「あぁ。ルイスは時間通りに来てくれれば良いからゆっくりおいで」


待ち合わせをするとはいえ、極力ウィリアムを待たせたくないルイスはなるべく早くに家を出るようにしている。

けれど今日はそれが叶わないらしく、既にハットまで被って準備万端のウィリアムの後を追いかけては広い玄関ホールで向かい合った。


「では、11時にまた会いましょう」

「ルイス」

「はい」

「デートが終わったら抱くからね」

「はい。……はい?」

「じゃあ、遅刻しないようにね。行ってきます」

「あ、行ってらっしゃい……。…ぇ」


開いた扉の向こうから見える晴れた空に相応しい爽やかな笑顔を見せたウィリアムは、惚けた弟に構うことなくそのまま出かけていってしまった。

置いていかれたルイスは大きな瞳を丸くして、たった今聞いたばかりのブッ飛んだ発言を頭の中で反芻する。

ルイスが持つ知識のほとんどはウィリアムから教えられたものであり、かつ実体験を通して言葉の意味を正しく理解できていた。

過保護な兄達に囲われて生きているが、一切の知識がないというほど初心でもないのだ。


「…抱く、とは」


機嫌良く出ていったウィリアムの笑顔は穏やかなもので、辺りには彼がデートのときにだけ使用する甘い香水の匂いが微かに残っている。

そもそも今日は評判のサンドイッチを食べに行くと約束しているのだから、それらを踏まえても先程の言葉は計画に関わる暗号等ではないはずだ。

ウィリアムはルイスが気付けない暗号を残すことはしない。

ルイスは色々と思考を彷徨わせた結果、真っ先に思い浮かんだ言葉の意味が正解だという確信を得る。

詰まるところ、ウィリアムはデート終わりにルイスを抱くつもりらしい。

数分間その場に佇んでいたルイスは、今日これからのことを想像しては真っ白い頬に熱がこもるのを実感する。

冷えた指先を頬に押し付けて火照りを解消しようとしたが、この冷たい手がウィリアムにバレたらきっと怒られるのだろう。

一緒にいなくて良かったと、ルイスは滅多に考えないことを想像する。

はぁ、と僅かに熱い吐息が辺りに流れていき、残る甘い香りと混ざっていった。


「……とりあえず、下着は別のものに変えてこよう」


今何をすべきか考えたルイスは真っ先に時計を見やり、約束の時間までまだ余裕はあれど油断すると遅刻してしまうギリギリの時間であることを確認する。

今日は以前ウィリアムから贈られてよく似合うと褒められた服を着ると決めていたが、下着はあまり気にしていなかったことを唐突に思い出してしまったのだ。

ウィリアムがその気になっているのなら萎えさせたくはないし、出来ればもっと求めてほしいと思う程度には、ルイスも今日の夜に期待している。

せめて下着くらいは新しいものにしてこようと、ルイスは急いでクローゼットの中を漁り出した。




「お、お待たせしました兄さん」

「時間ちょうどだね。その服、よく似合ってるよ」

「兄さんも素敵です。格好良いですね」

「ありがとう」


ウィリアムがいないからこそじっくりと選ぶことは出来たけれど、そうなると時間がギリギリになってしまう。

そもそも夜を誘えるような際どい下着を持っていないのだから選択肢自体が少ないのだが、それでもルイスがウィリアムに応える目的で選んだ下着は確かな自信を与えてくれる。

遅刻しなくて良かったと、ルイスは隣に立つウィリアムを見ては安心したように息を吐いた。


「目当てのカフェはここから少し距離があるみたいでね、せっかくだから歩こうかと思うんだけど良いかい?」

「勿論です。行きましょう、兄さん」


見目が良いだけでなく身なりも良い二人が歩いていては目立つが、駅前ということもあって簡単に人混みへと紛れてしまう。

横柄に振る舞うことをしなければ悪目立ちすることもないだろうと、二人は今までに歩いたことのない道を進んでいった。

道すがら見かける店や花について言葉を交わしていると、今が昔の延長線にあることを実感してしまう。

アルバートに拾われる前もこんなふうに二人で歩いては色々なものを見つけて報告しあったものだと、ルイスは綺麗な細工を施した調度品が置かれている店が気になるのだとウィリアムに教えていた。

帰りに寄ってみようかと提案されて思わず二度頷くと、おかしそうに笑うウィリアムに思わず胸が高鳴った。


「…美味しいです」

「本当だ。温かいサンドイッチってこういうものだったんだね」

「溶けたチーズがチキンに絡んで美味しい…ふむ、なるほど」


のんびりと散策しながら目当てのカフェに着いた二人は、それぞれサーモンとチキンのサンドイッチを頼むことにした。

温かいサンドイッチとは何だろうかと不思議に思っていたルイスは、パンの部分を焼くことで中の具材にも軽く熱を通すことの意味を思い知る。

溶けやすい種類のチーズなのだろうが、舌に残る風味がとても美味しかった。

あまり難しくはないようだし、これなら家でも作れるだろう。

チーズを入れればそれなりに味もまとまるし、大抵の肉や魚はチーズに合う。

キュウリなど焼いても美味しくならないだろう具材に注意すれば問題なく美味しく調理できるだろうと、ルイスはそのうち練習すると心に決めて喉を動かす。


「ふふ」


そんな弟を見て、ウィリアムはゆったりと微笑んでいた。

ルイスが喜んでくれて良かった、と声に出す姿に思わずルイスの目元は赤く染まってしまう。

気になっていた店にルイスとともに来たかったのだと言われてしまえば、どうしようもないくらいに胸が熱くなるのだ。

新しいものを一緒に経験したいのだと言われて嬉しくならないはずもないし、一緒にいることが当たり前の生活をしてきたはずなのに、どうしてだかデートとなると特別感に溢れているように思う。

いつも一緒のはずなのにデートとは胸が忙しいものだと、ルイスは他人事のように考えていた。


「ここ、付いてるよ」


そう言ってウィリアムはルイスの唇に指を伸ばし、ほんの僅かに付いていたチーズの糸を拭い取る。

目立つものでもなければ次の一口を食べた瞬間になくなってしまう程度の小さなそれを、わざわざ拭い取っては自らの口に運ぶ行為。

何となしに艶めいていて、薄い唇から赤く覗いた舌が刺激的だった。


「あ、の…」

「ん?どうしたの?」

「……その、今夜は」

「あぁ、さっき言った通りだよ」


デートが終わったら抱くって、言ったよね。

にっこりと笑うウィリアムの瞳の奥にはっきりした欲が滲んでいた。

その瞳を間近で見たルイスは呆けたように目を見開いたかと思えば唇を噛み締めてしまう。

理解していたし今更恥ずかしがるような関係でもないはずなのに、朝からそれを宣言されてしまうとこんなにも精神を乱されてしまうらしい。

普段は決してそんな気配を滲ませることのない清廉なはずの兄から漂う劣情が、いやに体に響いてくるのだ。

ルイスは気を落ち着かせるためにひとつふたつ深呼吸をして、新しい下着を履いてきて良かったと思うのだった。




「(…兄さん、僕を抱くのか…)」


ランチを終えて軽く街を散策してからは予定通りの列車に乗った。

ルイスは列車に揺られながら窓の外を眺めるけれど、隣にいるウィリアムが気になって景色を楽しむどころではない。

もう何度も抱かれているはずなのに、どうしてこんなにも落ち着かない気持ちになるのだろうか。


「……」


考えるまでもなく、宣告されて抱かれたことがないのが原因なのは明白だった。

そうなることを予想していないわけではないけれど、少なくともルイスは夜にウィリアムからの誘いを受けるまでは抱かれることを意識していない。

成り行き任せと言っては聞こえが悪いだろうが、実際それに近いものがある。

勿論ルイスとて若いのだからどうしても体を繋げたくなることはあるけれど、それも「シたいかもしれない」という程度だし、朝からずっとそのことばかりに意識を取られることもないのだ。

そうだというのに今日は頭の隅にずっとウィリアムの言葉が住み着いていて、何をするにも意識してしまって落ち着かない。

したくないわけではないけれど、張り切っているというのもはしたないように思う。

その割にはしっかり下着を選んできたという今朝の行動を棚に上げ、ルイスはもやもやした思考のまま流れる景色を睨みつけていた。


「ルイス」

「ぅあ、はい!何でしょう兄さん!」

「そんなに睨みつけていても列車は早くに到着したりはしないよ。癖になってしまうと困るから、ここに皺は寄せないでくれるかい」

「あ、…はい」


ウィリアムは窓に反射したルイスの顰め面に苦笑しながら、声をかけて振り向いたその顔に似つかわしくない眉間に指をやる。

せっかく綺麗で可愛い顔なのに、余計な皺があるのは邪魔でしかない。

ただでさえウィリアムとの血の繋がりを感じさせない目的で表情を無くして険しい顔つきをすることが多いというのに、無表情だけでなく怒り顔が習慣付いてしまっては困るのだ。

ルイスの全ては自分のものなのだから。

ウィリアムはそう考えながら指先でルイスの眉間をほぐすように揉んでいく。

困ったように上目で見るルイスの表情がとても可愛らしいのと同じくらいに、堪らなく愛おしくなってしまった。


「…何か僕に言いたいことでもあるのかい?」

「……いえ、別に…そういうわけでは」

「本当に?」

「…ぅ」


周りにいる乗客がまばらなのを良いことに、ウィリアムは覗き込むようにルイスの方へと顔を寄せる。

余裕めいている微笑みはいつもと変わらないのに、朝の宣言と瞳の奥に見える欲がルイスをはっきり煽るのだ。

きっとそれを知っていて尚、この兄はルイスを翻弄するのだから手に負えない。

自分は朝の一言でこんなにも心を揺さぶられているのに、原因である彼はただただ愉快そうに笑っているのは不公平ではないだろうか。

ルイスはうっすら染まった頬を自覚しつつも冷ますことはせず、形の良い唇とツンと尖らせては小さな音で声を出す。


「…デートはもう終わりましたよ。いつ、僕を抱いてくれるのですか?」

「え?」

「もしや家に帰るまでがデート、ですか?僕はてっきり、この列車に乗るまでがデートかと思っていました。今は兄様の元へ帰る途中ですし、デートではありませんから」

「ルイス」


兄譲りの度胸の良さと口の上手さを存分に活かしながら、ルイスはドキドキと高鳴る心臓を無視してウィリアムを誘惑する。

彼が通路に背を向けて己と顔を合わせているのを良いことに、顔を寄せては頬に吐息を吹きかけるように囁いていく。


「ねぇ兄さん。どこまでがデートで、いつ僕を抱いてくれるのですか?」

「…言ってくれるじゃないか、ルイス」


綺麗な顔を雄らしく歪ませたウィリアムの表情変化をすぐ近くで見たルイスは、背筋がぞくりとするほどの快感を覚えた。

あんなにも落ち着かない気持ちにさせた言葉だったのに、受け入れた今ではこんなにも体が喜んでいる。

すぐ隣にいるこの人が、自分を支配しては途切れることのない快感とたくさんの愛をくれる人なのだ。

一日ずっと落ち着かない気持ちにさせられた分だけ、しっかりとこの身を愛してほしい。

その気にさせられた責任を取ってもらうつもりではあるが、普段は欲を感じさせないウィリアムが求めているだろう己をきちんと差し出す覚悟くらいある。

ルイスはギラついた瞳を見せるウィリアムに一瞬だけたじろいだけれど、元の原因は彼が作ったようなものなのだから、これくらいの誘惑は許してほしいと言葉を続けた。


「抱いてくれるんでしょう?」


欲しいのなら、どうぞたくさん召し上がれ。


「……ここが列車ということを、こんなにも後悔することはこの先一生ないだろうね」

「ふふ。兄さんにとって、家に帰るまでが"デート"なんですね。それは残念です」


甘ったるい瞳の中に欲をチラつかせているルイスを見たウィリアムは軽く唇を引き攣らせて、舌を打つ代わりに大きな大きなため息を吐いていく。

そうしていつまでも先手を取らせるわけにはいかないと、ウィリアムはルイスの手を握っては指を絡め、染まる頬に唇を寄せたままその振動で反撃する。


「家に着いたら覚悟しておいで」


ぴくんと跳ねた体を好ましく思いながら、ロンドンに着くまでもうしばらくの旅を楽しむべく繋いだ手を引き寄せる。

まずは指先から愛でていこうと考えたウィリアムにより、ルイスの指は冷たいどころか熱くなるほどに撫でられなぞられ揉まれていくのだった。




(いけない子だね、ルイス。どこでそんな誘い言葉を覚えたんだい?)

(気になりますか?)

(あぁ、とても)

(では、ご自分の行動を振り返ってみてはいかがでしょう。僕に何かを教えられるのは一人しかいませんよ)

(へぇ、それなら良いんだけれど)

(どうぞご安心ください。心配されるようなことは何もありませんから)