コロナ禍で世界に広がるHAIKU=俳句の魅力 黛まどかさんに聞く
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20210714a.html 【コロナ禍で世界に広がるHAIKU=俳句の魅力 黛まどかさんに聞く】より
神奈川県出身で、現代の俳句界を代表する一人、黛まどかさんが主催した「世界オンライン句会」。ことし5月にフランスやドイツなど世界5か国と結んで開かれました。コロナ禍だからこそ、⾃然を感じ命の⼤切さに思いをはせるHAIKUの魅力に、世界の人たちも共感しているというのです。
外国語で詠む俳句とは、そして五七五のことばに込める思いを、黛さんに聞きました。
(アナウンサー 内藤雄介)
世界32か国からHAIKUが続々
黛さんの呼びかけに応じて、WEBサイト「京都×俳句プロジェクト」に世界各地から寄せられた俳句の一部です。
6月末現在、世界32か国から寄せられた631句がホームページに掲載されています。アジアや欧米だけでなく、アフリカや南米からも届いています。
京都×俳句プロジェクトとは、日本の伝統文化の中心である京都から世界へHAIKUを発信しようという取り組み。コロナ禍において、世界中の俳句愛好家と「いのち」の尊さを俳句に称え合い、共に乗り越えることを目標としています。
でも、俳句って、外国語ではどう表現するのでしょうか?
寄せられた句の中から、フランス人のクリスチャン・フォールさんの作品を例に見てみましょう。
外国語の場合、575は音節で区切ります。
フランス語でありながら、しっかりと日本の俳句のルールを踏まえて作られています。
これを直訳し、黛さんが「5・7・5」にしたものがこちら。
黛さん
「春がやってきて、ふっと目を閉じたんでしょうね。そこには春の日ざしがさしていて、その日ざしが瞼(まぶた)の裏側で万華鏡のように輝いていた。コロナ禍で感じる春の喜びが描かれてますし、祈りのようなものも同時に描かれていると思います。そういった思いというのはフランスも日本も同じなんだなと思います」
コロナ禍に思う "俳句は命の詩”
こうして俳句で世界とつながる取り組みを進めている黛さん。きっかけは、コロナ禍だそうです。
「去年の春、コロナの第一波の自粛生活のなか、木が芽吹いて花が咲きました。その自然の循環のダイナミズムに改めて驚嘆して力をもらったということばを多くの人から聞きました。まさにコロナ禍だからこそ、皆さん自然とか命の尊さについていつも以上に考えさせられたのだと思います。俳句っていうのはそもそも花鳥諷詠(ふうえい)、命や花、草木、鳥や虫などそういう命を詠むもの、命の詩なんです。
そこで世界中の俳句を愛する人たちと俳句を通して命の尊さを見つめ、たたえる事で、共にことばの力でコロナウイルスの世界的流行を乗り越えていこうと思い、命をテーマにした俳句の投稿を呼びかけました」
英語版の俳句投稿フォーム タイトルは「Send HAIKU」フランス語版もあります
「どのくらい集まるのかなと思ってたんですけれど、思いもかけない国からもたくさん寄せられれました。改めて俳句がこれだけ世界じゅうで親しまれているんだなということと、それから皆さん命で何かを表現したいんだな、そして世界の人とつながっていきたいんだなっていう事を思いました。
コロナで大変な時に、人によっては俳句どころじゃないだろうと思う人もいらっしゃるかもしれませんが、やはり俳句をはじめ文化とか芸術っていうのは、生きる上で非常に大事なものなんだなっていうことを改めて思いました」
自身初の「世界オンライン句会」開催
黛さんはさらに、ホームページをきっかけにつながった世界の俳句愛好家に声をかけ、自身初となる「世界オンライン句会」を5月に開催しました。
参加したのは、フランス、イタリア、ドイツ、ベルギー、そして日本の世界5か国から9人。
キーステーションを京都・嵐山に置き、そこにいる黛さんと世界とを結びました。
着物姿の黛さん 庭の青もみじを背景に
今回は海外からの参加者はフランス語で話し、間に通訳を入れての句会となりました。参加者が投句した作品は事前に翻訳され、日本語とフランス語の両方で披露されました。
ちょっと見にくいですが、京都の会場に掲げられた句の一覧です。
「若葉」と「噴水」という兼題(テーマ)ごとに、参加者が1句ずつ詠んでいます。参加者同士で気に入った句について感想を言い合った後、黛さんから選評がありました。
海外からの参加者の作品をご紹介します。
ベルギーから参加のディデリックさんの句です。
「蔦(つた)若葉 雨のやさしく 降ってをり」
フランス語の後の数字は音節の数を表していて、これは「6・6・6」で詠まれています。直訳からイメージを膨らませて、黛さんが日本の「5・7・5」にしました。
ディデリックさん
「蔦は、私たちの文化では喪の象徴でもあり、葬儀の時に取り入れられたりします。そういった背景から、“もののあわれ”、人生がすぎていくことのはかなさが感じられます。それを雨が優しく包みこんでいる。誰かが亡くなって悲しみの涙を流すけれども、そこからまた新しいものが産まれてくるというイメージで詠みました」
黛さん
「繊細な句だと思いました。ツタの柔らかい若葉に、雨が優しく降っている。“若葉”と“柔らかい雨”の間に呼応があって、若葉をいつくしむ、命をいつくしむように雨が降っている、そんな句だと思いました。直訳から『草の根より、若葉が産まれる』というところは『蔦若葉』という一言で表現し、より柔らかさを出すために後半をゆったりと使って表現させてもらいました」
フランスから参加のモニークさんの作品。
「青蜥蜴(とかげ)しんと泉を まもるかに」
こちらも、黛さんが日本の「5・7・5」にしました。
兼題の「噴水」に相当するフランス語“フォンテーヌ”は、「泉」の意味も含まれるということで、モニークさんは、泉をイメージして読んだ句となりました。
モニークさん
「トカゲは、人間が栄えるよりも前の時代から生きている動物ですよね。いま、人間が使う化学肥料や農薬で水質が悪化してきています。トカゲが人間に「気をつけなさい」と言っている。自然を守っている番人のような気持ちで詠みました」
黛さん
「とても清らかな水がこんこんと湧き出している泉と、そこに青トカゲという、とても神秘的な雰囲気が感じられて良い句だと思いました」
俳句を、ことばの力を信じたい
句会は2時間近く開かれ、終始和やかな雰囲気でした。
最も人気を集めた作品には日本の参加者の句が選ばれ、作者は海外の方にも受け入れられたことをとても喜んでいました。
日本の参加者からは、「俳句は日本語のものだけじゃないことを知った」「俳句の新たな可能性を感じた」という声が聞かれました。
最後は参加者全員で手を振って
初の世界オンライン句会を終えた黛さんは、その感想をこう語りました。
黛さん
「松尾芭蕉は俳句を夏炉冬扇(かろとうせん)といいました。暑い夏に囲炉裏はいりませんし、寒い冬に扇は必要ありません。つまり、実用では役にたたないもののことです。今でいう不要不急の最たるものかもしれません。
でも、新型コロナ第一波のおり、ドイツの文化相はこう言い切りました。『アーティストはいま、生命維持に必要不可欠な存在です』。芭蕉の夏炉冬扇も、まさに実用の何物にも代えがたい、無用の用を示唆する矜持のことばだったのではないでしょうか。
俳句は、ワクチンや薬のように直接的な効果はありませんが、私は詩を、俳句を、ことばの力をそして言霊(ことだま)を信じています。
今後も世界オンライン句会を重ねていき、コロナ収束後にはみなさんに京都にぜひ来ていただいて、あるいはこちらから皆さんの国を訪ねて、対面で句座を囲みたいと願っています」
取材後記
今回の取材は、すべてオンラインで行いました。でも、画面の向こうから語りかける黛さんと、海外の人たちの俳句に寄せる思いはしっかりと伝わってきました。
また、海外の方の口から「ビワコ」や「バショー」ということばが出てくることは、日本人としてとても誇らしい気持ちになりました。
日本人の参加者の中に、「国境を超えて、自然を愛でる気持ちというのは同じなんだ」と感想を持った方がいたのですが、私もまったく同感で、日本の文化を改めて大切にしたいという気持ちになりました。
なにより、ことばの力を信じたいという黛さんの思いに、アナウンサーとして強く共感しました。