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【追悼】レコード演奏家 菅野沖彦先生

2018.10.21 18:21

2018年10月13日、私の敬愛していたレコード演奏家 菅野沖彦先生が86歳でご逝去されました。先生のご復活を待ち望んでいただけに、本当に残念です。昨年11月30日に私が菅野先生について書いた下記記事を一部加筆・修正の上、再掲させていただくと共に、謹んでご冥福をお祈りいたします。

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今回は特別編。先日、大分・佐伯のいとうさんで行われた菅野邦彦ソロピアノ・ライブ「霧木立」で、邦彦さんに少し話を伺ったお兄さん 菅野沖彦さんについてです。(邦彦さんと区別するために、沖彦さんを以降、菅野先生、と記します。)

菅野先生は録音エンジニアとしても多くのファンをお持ちですが、私にとっては「レコード演奏家」という新しい概念を提唱された飛び抜けた存在のオーディオ評論家。

「レコード演奏家」という聞き慣れない言葉は、菅野先生がこの「新レコード演奏家論」等で打ち出された概念ですが(詳細はWikipedia参照)、録音エンジニアならでは(?)の常識破りの発想。


作者の手を離れた作品は作者のものではなくなる。。。例えば、音楽であれば聴き手、絵画であれば観賞者、本であれば読者、更にクラシック音楽であれば演奏家の解釈も加わるかもしれませんが、いずれにせよ、作者の考えとは違ったところで評価されるのは言うまでもない話です。

そしてこれは、レコードでも同じことが言えるのですが、どれ程多くの方が録音側・再生側で上記と同じような大きな違いが発生していると、ご認識されておられるのでしょうか?

私は、九州ジャズ・ロード巡りで色々体験し教えていただく中で、実感出来るようになってきたのですが、録音側・再生側共に信じられないような大きな違いが存在しているのは事実です。

わかりやすいのは、再生側。同じレコードなのに再生するオーディオ・システム、音量、鳴らす部屋(ハコ)、アクセサリー等によって、音楽のイメージすら全く変わってしまいます。。。これは、何軒かのジャズ・バー/喫茶に同じ音源を持って行って聴かせてもらえば、一聴瞭然。簡単にしてとても面白い経験だと思いますので、是非一度、お試しくださいませ。笑


わかりにくく実感しにくいのが、録音側。同じ音源であっても、マイクを始めとした録音機材の選択、そのセッティング、録音、イコライジング、ミキシング、トラック・ダウン等々、この一連の作業で音が変わってしまうことは北九州・マックス・オーディオの大原社長に教えていただいたとおりなのですが、私の理解の範囲で噛み砕いて説明してみます。

まずは、菅野先生の録音から。この上の青い本「菅野レコーディングバイブル」は菅野先生の録音エンジニアとしての作品について研究された島護さんの著作ですが、付録でついている菅野先生の録音された演奏。。。これは、他の録音エンジニアと比較出来る訳ではありませんが、比較するまでもなく、その音の生々しさに驚かされることは請け負います。

次に、同じ演奏の録音でも録音エンジニアによって、音だけでなく音楽まで全く違って聴こえる事例。。。同じ録音なのに、違うマスタリングが施されたCDが発売され、そのあまりの違いに驚かされた経験をお持ちではないでしょうか?同じ音源でも「音が改善された」と聞くと何度でも買ってしまう習性を持つ(?)クラシック愛好家の方にはすぐにご納得していただけると思います。笑

更に他の事例ですが、録音時に使う「コンプレッサー」という技術をご存知でしょうか?先日、宮崎・都城のOLD EARTH(オールド・アース)のマスターにしてプロ・ドラマーの古地克成さんから教えていただいたのですが、聴きやすくなる代わりに音の鮮度等、細部が落ちていくごの仕組み。。。下記サイトで同じ音源にコンプレッサーを掛けた場合と掛けない場合の聴き比べが出来ますので、お試しください。同じ音源でも簡単に大きな違いが生まれることはご理解いただけると思います。(ただ、商業的には「一般的にどんな人がどんなシステムで聴くのか」を考え、コンプレッサーをかけるという判断が一般的とのこと。オーディオ愛好家にとってはかなり切ない話でもありますが、LPが併売される時はそちらだけコンプレッサーをかけない、という流れになりそうな雰囲気です。)

ということで、これ程までに変わる録音側と再生側ですが、録音された自分の好きなレコードの「音楽」をどのように鳴らして聴きたいのかという理想を追い求め、その手段としてオーディオ・システムや部屋、アクセサリー等に心血を注ぐ人を「レコード演奏家」と呼ばれた菅野先生。オーディオをブラッシュ・アップしていく目的を「レコードからより素晴らしい『音楽』を引き出して聴くため」と明確に打ち出された姿勢には大変感銘を受けました。

そしてそう考えると、ジャズ・バー/喫茶のオーディオ・マニアのマスターはお客さんという聴衆に自分の音楽を聴かせる「レコード演奏家」であり、その選曲も含め、気に入ったマスターの演奏を聴きに我々は通っている、と言えるかもしれません。

ちなみに、菅野先生は英国タンノイのスピーカーを高く評価されておられましたが、ある日購入した別冊ステレオサウンド「タンノイ(2008.12.31発行)」という本の中で、次の記事をご執筆されておられるのを見つけました。

「タンノイのスピーカー スターリングTWW(注)で同社の最高峰キングダムに迫る(初出:季刊ステレオサウンドNo.122 1997 Spring)」

このTWWという代まで同じスピーカーのオーナーである私にとって、こんなエキサイティングな企画はありません。

そして、「低音域の改善を図るためには高音域、高音域の改善には低音域に手を入れ、そのシーソーゲームを繰り返すことでシステム全体のレベルを上げていく」という改善の極意を語られ、「出したい音のイメージを確固と持つことの大切さ」を体現されておられるこの記事は、私のその後のシステム・グレードアップの際のバイブルとなりました。

また、菅野先生がステレオサウンド読者のお宅訪問をされておられた時の話ですが、「それぞれのレコードによって適当な音量があるので、小まめに音量を変えるべき」とのご見識を示されたことがあり、その時の教えが今の私の音量に対する考え方の基礎を成していることも間違いありません。

以上のような数々の教えにより、私は菅野先生のことを「レコード演奏家」の師匠として、敬愛している次第です。

現在は執筆活動を休止され、闘病中の菅野先生。。。早く良くなられて、「菅野邦彦 プレイズ・ザ・ 21ウルトラ・キーボード (録音エンジニア 菅野沖彦)」という作品が出来る日が来ることを心からお祈りいたしております。


(注)タンノイ Stirling/TWW

イギリスの名門タンノイのプレスティッジ・シリーズ中で最も小型なモデル。とはいっても一般的には中型のフロアータイプである。10インチ口径デュアルコンセントリック・ユニットを質の高いクラシックな格調あるエンクロージュアに納めた傑作だ。シリーズ中最もバランスのよいシステムといっていいだろう。

筆者 菅野沖彦、季刊ステレオサウンドNo.121号 1996 Winter 特集「ザ・ベストバイ コンポーネントランキング710選」より


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