季節は変わる【JERUSALEM】
ー私生活も仕事も絶好調で羨ましい限りですね。
嫌味を言われることはかなりなれているしスルーもできるはずなんだけど、今回ばかりは椿も絡んでいるから一瞬イラついた。
でもまあ、お陰様でお言葉通り私生活も仕事も僕は絶好調です。
椿との本格的な同棲に向けて、家を片付け始めている。
作業部屋として借り続けるわけだから、生活必需品全般の運び出しになると思うけれど、俺の場合、洋服が多いから、ちょっと数日はかかりそうだと思う。仕事もして、椿の相手もしてってその中での引っ越し。
椿が落ち着きを取り戻していることは本当に嬉しくて、これで世の中動くって俺たちも安心している。世の中が動かないと俺たちJERUSALEMの仕事も動かないわけだから。彼女の本気はいつも吊り橋を渡るようだからまだ安心はできない。情にほだされてこれまで何度も何度も同じ過ちを繰り返してきた。それは彼女自身の詰めの甘さだと思う。優しさと表裏一体の悲しい気性だと俺は思う。
俺が椿に再会したとき、椿は傷つきながらも相手を信じることを自分に言い聞かせていた。信じよう、信じるべきだ、信じなければいけない。あいつの一番だめなところ、困れば困るほどに物事を義務にしちゃうんだよ。
メンタルブロック解除なんて題名をつけたことに俺は彼女の成長を感じた。
彼女を阻んでいたものは誰でもなく彼女自身が自分の心をがんじがらめにしていたことだったから。
悲しんでも、苦しんでも、傷つけられても、義務感と優しさから幾度も幾度も許して受け入れて抱きしめてきたその苦労を俺は傍にいて歯痒い気持ちを持っていた。
いろんな人を巻き込んで、いろんな人の感性や考え方に触れてくれたら自分をいかに閉じ込めているかってわかるかと思ったけれど、彼女自身は何事も裏側に注目してしまう視点があるから、俺たちの目論見通りには早々に動かすことはできなかった。
椿に近づいてほしくないと思っている。義理の弟を自認している男に対して俺たちは特別な感情を持っていない。恨みもないし、ざまあみろとも思っていないし、もちろん同情もしていない。他人に対して無関心なのは当然だと思う。つまりそういうことなんだ。
でも椿が悲しんだり傷ついたことは事実だったから、もう関わってはほしくない。
椿に3年も寄り添ってもらったんだから自らの決断で辞退してほしい。それが俺の気持ちです。
椿を自由にしてあげてください。お願いします。
これ以上、椿の心を蝕んでほしくない。お願いです、椿を自由にしてあげてください。
季節はめぐりまた春が来た。でも義理の弟には今年の春こそ、季節が変わる意味を理解してほしいと思っている。
同じ春を何年繰り返してもふたりの関係が進展しなかったのだから。
長野の春には桜は咲かない。早春の信濃路に咲く花はない。それが椿と俺が同じものを見ているという意味だとわかってもらえたら嬉しい。